第六十七話 精一杯の結末(6/7)
******視点:月出里逢******
プロ初ヒットも打った。盗塁もできた。守備もやらかしはしたけど挽回もした。少なくとも明らかな戦犯になったはずはない。だけどやっぱりこの展開は堪える。
ホームランに憧れてるからこそ、逆にあんなふうに打たれると余計に悔しくなる。あたしにだって同じようなチャンスが最後の打席であったけど、勝つために確率を取って妥協した。ショートの替えがきかないからじゃなく、あたしなんだから選ばれたんだって証明したかった。なのに結果は不運でうまくいかなくて、向こうは完全に1点だけで済むところでこれ。自分のためにもチームのためにもならない結末。本当、やりきれない……
「「「「「…………」」」」」
ベンチに引き上げても、ロッカーで帰る支度をしてる時も、バスの中でも、やっぱり空気は重いまま。
ホテルの部屋に戻って、シャワーを浴びて、スマホの着信を捌く。
『初ヒットおめでとう。ナイスバッティングだったわよ』
『結果は出したんだ。胸を張って明日に切り替えていけ』
『あ、おみやげ白い■人でよろしく。あとできればカニも』
こういう言葉が届くのは救い。紫バb……お母さんのだってきっと、お母さんなりの気遣い。
「……っと」
備え付けの電気ケトルがお湯を沸かし終えた。コップに半分くらい注いで、そこに常温の水を加えて白湯の完成。
……そういえばこの部屋、出てすぐのとこにラウンジがあったっけ?大きい窓から夜景がよく見える……せっかくだからちょっと出てみようかな?
「へぇ……」
函館の夜景って実際には山の上から見るものみたいだけど、ホテルから見ても十分綺麗。持ち出したコップを傾けながら、夜空や街の灯りだけじゃなく、何でもない看板なんかも見渡す。ラッキー■エロ……?何のお店なんだろ……?
こうやって白湯とか温かいもので心を落ち着かせながら風景を見て物思いに耽るのも、脳のケアに良いみたい。これもすみちゃんの受け売り。食べ歩きは個人経営のお店ならではのオリジナリティを堪能できるだけじゃなく、そういうお店が多いちょっとレトロな街並みを眺められるのも気分転換に良いって言ってたよね?今は東京の真っ只中に戻って勉強もお仕事も大忙しなんだろうけど、いつかはそういうデートもしてみたい。
「……あ」
「あ、どうも……」
ラッキー■エロがどうとかって考えてたら、ラッキースケベさん……卯花さんの登場。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です……」
何の因果なのか、この人と鉢合わせする時は大抵二人きり。そのせいなのか、ソファに空きがあるのにわざわざ突っ立ったまま、同じようにペットボトルを傾けながら夜景を眺めてる。
誰もが振り向くクッソ可愛いあたしだから、他人の視線は慣れっこ。だから、逆に意識してこっちを見ないようにしてるのもわかる。
「卯花さん」
「……うぇっ!?」
誰もいないからって三人がけのソファの真ん中を陣取ってたけど、右端に寄ってさっきまで座ってたところを軽く叩いて、座るように促す。
「あ、ありがとうございます……」
一応座ったけど、左端。人一人分の距離。まぁそれならそれで良い。あたしとしてはいつも通りいじりたかっただけだし。
……むしろそういう少女漫画みたいな、男女の素敵な巡り合わせや偶然で運命を感じつつのお付き合いは絶対嫌だしね。あのクソ野郎のことを思い出すから。そんなのに今更、憧れられるわけがない。
「今日、何してたんですか?」
「え?」
「試合中」
「あ、えっと……本業です」
「見ててくれました?」
「はい、ちゃんとずっと見てましたよ。今日は惜しかったですね」
「チームとしてはそうかもですけど、あたしとしては完敗です」
「……明日がありますよ」
「そうですね……」
「…………」
「…………」
「何飲んでるんですか?」
「白湯です」
「朝も飲んでましたよね?」
「美容のためです」
「月出里さん、可愛いですからね」
「……当然です」
温かい内に飲まなきゃいけないのに、ペースを落として一口を少なくして間を保たせる。こんな一時を惜しんでるわけじゃないはずなのに、もしあのまま隣に座ってたらどんなことになってたんだろうとか、そんなことを考えてしまう。試合中みたいに、ちびちびと飲む水が喉や身体の中を通っていく感覚に集中して気を紛らわせる。
顔が少し熱いのも、きっとまだ白湯が温度を保ってるから。何気に初めて『可愛い』って言ってもらえたからじゃない。そんなわけない。そんなはずはない。
「……!」
気がつくと、空いてる左手をソファの真ん中まで投げ出してた。何を期待してるんだか。やっぱり意識してこっちを見ないようにしてるのか、卯花さんは気づいてないっぽい。だからコップに両手を添えて可愛い子ぶるようにさりげなく引っ込める。
本当はまだ他人とか巡り合わせみたいなのを信じたい……とかじゃない。男の人をいじるのが本能みたいになってるだけ。そういうことにしておこう。強がりじゃない。強がりなんかじゃない。
「……じゃ、おれ戻りますね」
「あ……はい!」
「おやすみなさい」
「はい、また明日……」
急に残りを一気に飲んで、卯花さんは部屋の方に戻っていった。
……変な感情抜きでも、『初ヒットおめでとう』くらい言ってほしかった。窓ガラスに映るあたしの顔は残念そうにしてても可愛いけど、そのくらいの期待は応えてほしかった。そしたらもうちょっとサービスしてあげたのに。
あたしももう人肌ほどもない白湯を飲み切って、部屋へ戻る。
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******視点:卯花優輝******
部屋に入って、閉めた扉にもたれかかる。
「はぁ……」
気にしないふりをどうにか貫いたつもりだったけど、やっぱり部屋が近づくにつれて早足になってしまった。
また二人きりだったなぁ……わざとじゃないのに。『気持ち悪い』とか思われてないよね……?
あのすみちゃんが負けを認めるくらいのスラッガーなんだから、メジャーリーガーみたいなゴリゴリのマッチョマンを想像してたのに、実際はあんな可愛い子で……
最近一緒に行動することが多いから、一人の時でもポケット越しに位置を整えるようになった。熱くなったそれを除けると、下着が少し濡れてて、一転して下腹部にヒヤリとした感触。
ただでさえ下着姿見たり、着ぐるみ越しでも密着したり、それで体臭がモロに鼻に入ってきたりしたのに、最近は気があるのか単にからかってるだけなのかわからないけど何かそういう素振りもしてきたり。おれだって男なんだから、そんなの反応するなって言われても無茶が過ぎる。ハニトラがどうとかとすみちゃんで女の子には慣れてる方だと思うけど、流石にあれだけの子にあれだけのことされたら無理。
「……あ」
そう言えば、初ヒットのこと祝えてなかった。いや、着ぐるみの時につい喋っちゃって済ませた気になってた。今から戻って……いや、そういうのって『今の立場利用して』みたいなこと思われるかな?
「どうしよ……あ、そうだった」
メッセージ送れば良いんだった……そうまでして会いたいとか思っちゃってるのかな、おれって。
……いや、この際だから気になってることは認める。下着姿見て余計にってのも、恥ずかしいけど事実だし。だけど、この話はそこでおしまい。これから先、華やかに生きていくべきあの子にまで、おれん家のことを背負わせるわけにはいかない。もし子供なんてできたらその子にまできっと……
おれにできるのは、すみちゃんに頼まれたことだけ。それですみちゃんとあの子の力になれればそれで良い。三条家にこれ以上迷惑はかけられない。兄さん達を忌々しく思うからこそ、同じように好き勝手に生きるわけにはいかない。
「……!うう……」
そんなこと考えてる矢先に返信。
『ありがとうございます。明日からもお互い頑張りましょうね。おやすみなさい』
当たり障りのないメッセージだけど、パジャマ姿の自撮りが添付されてる。流出対策なのか首から下だけだけど、首元と胸元が妙に緩くて紐みたいなのが見えてる。何でこんなことばかり……
「……ごめん」
もう初めてじゃないから今更だけどそう言って、ベッドで横になって、投げ出したスマホのその画像を眺めながら、余計に熱くなったそれを握る。『あくまで変な気を起こさないように』、『きっと他のファンの人とかもそうしてる』、そんなふうに自分に言い聞かせながら、あるはずのない未来を思い描いて、握る手でその感触を再現する。
……あの左手に触れてたら、きっともっと正確に……
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