第六十七話 精一杯の結末(4/7)
******視点:相模畔******
「良いぞ!良いぞ!騒速!!」
「黄金丸!裏の攻撃も頼むぞ!!」
表の向こうの好守の熱がまだ冷めやらぬ中、裏の守備が始まる。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、早乙女に代わりまして、カリウス。ピッチャー、カリウス。背番号47」
「お、守護神が先に出るんか」
カリウスは右だけどどっちかと言うと左に強いタイプだし、何よりこの流れだからな……
「また、レフトの松村はライトへ、ライトの十握はレフトに入ります。4番ライト、松村。背番号4。6番レフト、十握。背番号34」
9回の裏から金剛さんと代わってた松村、ここでライトに移るのか。まぁ守備は多分十握より松村の方が上手いだろうが、このタイミングか……
(カリウスはカットボールを打たせる都合で打球が右方向に行きやすいからのう。さっきの回の早乙女は逆)
もっと確実にいくなら十握を森本さんと代えるべきなんだろうが、立ち上がりの四球以外は4タコだった金剛さんと違って、十握は今日一番当たってるっぽいからな……1点だけでも欲しいこの状況で打順がもう1回回ってくるかもと考えたら、代えるに代えられねぇか。
「また、先ほどの攻撃で代走で入りました相模はそのままサードへ入ります。7番サード、相模。背番号69」
「あれ?相模って外野ちゃうんか?」
「今年からサードもやるみたいやで」
脇役働きは去年から変わらずだが、去年の今頃じゃ本当に走らせてもらうだけだったと思えば十分な進歩。サードを守れるようになったからこそ代走として優先して使ってもらえるようになれたとも言える。
まぁこれでも"有川を温存するためのカード"と言われれば否定できねぇけど。
「月出里」
「?」
「一軍で本番は初めてだからな。フォローは頼むぜ?」
「……はい!」
全く情けねぇ話だ。ま、内野としては俺の方が後輩なのは事実だしな。遠慮なく頼らせてもらうさ。
「10回の裏、エペタムズの攻撃。9番ショート、黄金丸。背番号9」
さっき同点に追いつかれた9番からの打順……割と満遍なく打ってるウチと違って、向こうは当たってる奴とそうじゃない奴がはっきりしてる。この回さえ乗り切れれば勝てる見込みはある……はず。
「ファール!」
「ライト線切れました!しかしこの打席でも粘ります!」
カリウスのいつものキレッキレのカットボール……だが、特別打ち損じてる感じでもない。単純に調子が良いんだろうな。
(畜生!良い加減詰まらせやがれ!)
(……!甘く入る!!)
まずい……!
「これはサードの頭上……越えました!」
「フェア!」
「レフト線ぎわに落ちますフェア!」
流石にあの高さじゃ世界中どんなサードでも捕れっこねぇと信じたいが……
「!!打った黄金丸そのまま二塁へ!レフト送球……」
「セーフ!」
「セーフ!間に合いましたセーフ!ツーベース!!」
「ナイス判断だべ魅零!」
「でも先頭しょや?ちょっと無謀だった気がするべ……」
(ウフフフフ……ちゃあんと計算内よォ)
(あのレフトの十握、バッティングはともかく守備はあんまり良くないのはデータでちゃんと把握してたんだから。ボクだって何の根拠もなしに突っ込んだりしないよ)
迷いがなかったな……俺みたいな走り屋からすりゃバックやキャッチャーの肩、ピッチャーのクイックのタイムの把握はやって当然だが、レギュラーでそれをされちゃ肩身が狭いったらねぇ。
「1番サード、■■。背番号■■」
1点あれば勝ちの場面でノーアウト二塁、そうなると当然……
「バント!ピッチャーが捕りますが……」
「サードは良い!ファーストだ!」
「アウト!」
「一塁アウト!しかしセカンドランナーは三塁へ!送りバント成功!」
「向こうも当然警戒する中でもきっちり決めてきましたね。今日は一応1本打ってますが、こういうところのアピールができれば競争でも生き残れていくでしょうね」
カリウスはカットボール駆使するだけあって単純なゴロをその場で捕ったりするのは上手いんだが、バント処理はあまり得意じゃない。やっぱバントの少ない向こうの投手はそうなりがちなのか。まぁファーストピッチャーの間の良い感じのところに転がしたから、カリウスじゃなくても多分成功してただろうけどな。
「2番センター、騒速。背番号7」
「明煌様ー!」
「転がしでも犠牲フライでも良いべ!とにかく前に飛ばせ!!」
こうなっちまったもんはしょうがねぇよな。さっきのウチが作ったのと同じような状況。こういう時ってスクイズもあるんだよな?逆にそういうのが来てくれりゃ俺も……
(監督、ここは……)
(じゃな……)
「おっと、ここで柳監督が出てきて……敬遠です!申告敬遠!騒速は一塁へ!」
ってことはゲッツー狙いか……?
「3番指名打者、草薙。背番号8」
草薙は左でバットコントロールも良いから、徳田の守備を信じてってところ……!?
「……!!!また申告敬遠!柳監督、草薙に対しても歩かせます!!」
「あー、なるほど。一番当たってる草薙は避けて……」
大胆なことをする……まぁ1点入ろうが2点入ろうが同じだし、ゲッツー狙いなら尚更満塁の方が良いか……
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。サード、相模に代わりまして、有川。7番サード、有川。背番号0」
……!?
「ここでサードも代えます柳監督!」
「相模さん……」
申し訳なさそうにサードの方へ向かってきた有川。
「……悪い、後は頼むな」
「は、はい!」
……有川までモヤらせることはねぇよな。
「ええ……ここで相模代えるんかいな……」
「それやったら代走の時点で有川使ったら良かったのに……」
「半端にチャンスを与えて可哀想」
「さっきのツーベースも相模全然悪くないやろ……」
ベンチに戻るまでの観客の声がせめてもの救い……だな。二軍で『クビ候補』だの『アヘ単』だの『ミーハー枠』だの言われてた頃と比べりゃ遥かにマシ。そう思うしかねぇ。
「すまんのう、相模。ようやってくれた」
「監督……」
去年から一軍で使ってくれるようになったのは感謝してるけど、ちょっと今は……
「言っておくが、お前をこの回サードに送り出したのは有川の温存のためではないぞ?」
……!
「有川は肩があまり強くない。特にショートサードだとどうしてもその辺が目立つ。その点お前は地肩は確実に有川以上。単純にランナーなしの状況ならむしろお前の方がアウトを取れる可能性が高い。が、この状況はホーム最優先ではあるが、それでも判断力が問われる場面。場合によってはランナーを刺せる可能性もあるからのう。まぁつまり、優劣よりも適材適所じゃ。明日以降も期待しておるからな?」
「……あざっす」
そう言ってくれるなら、多少は諦めがつく……いや、諦めるんじゃなくて割り切らねぇとな。
『適材適所』ってことは、サードの仕事だけ取っても勝ってるというわけでもないってこと。今年最初の紅白戦で判断ミスをして、その名誉挽回も果たせてねぇ。そこを懸念されるのはしょうがないこと。サードは確かに球に触る機会が内野で一番少ないポジションではあるが、そんなのは言い訳にならねぇ。突き詰めていけば、結局『俺が本気で取り組むのが遅かった』に行き着いちまうんだからな。
「ちくしょう……」
今はどうしても心の中じゃなく、口から出したかった。聞こえないように、涙ぐんでも良いように、下を向いて小さく。
たとえ今は脇役が精一杯だとしても、せめて途中からでも試合に出れた以上は勝つ瞬間……いや、試合が終わる瞬間までグラウンドにいたい。負けの責任をあんまりおっ被せられない気楽さのために、勝つ喜びを半端なものにはしたくない。勝ち負けをできるだけ自分の精一杯の結末にしたい。せっかく一軍の選手になれたんだから、そのくらいは欲張りたい。
「畔」
「……!」
登板を終えた千代里がいつの間にか隣に。
「そう言えるんなら次があるよ、絶対」
「お前みたいにか?」
「あーしにできたんだから、畔もだよ」
そう思うしかねぇよな……




