第六十七話 精一杯の結末(3/7)
******視点:月出里逢******
ほんとに来ちゃった、こんな場面。延長10回にツーアウト一二塁。待ち望んではいたんだけど、いざこういう場面になるとやっぱり胸の中にズシンとくるものがある。
「ちょうちょ!稼ぎ時やぞ!」
「相沢からレギュラー奪りたいんなら打てや!」
「ぶひぃぃぃっ!逢たん、僕のとこまで飛ばして!」
「■■ー!そんなチビ、サクッと抑えろ!」
「代打送らねがっだこど、後悔させだれ!」
「ここ抑えて裏でサヨナラじゃ!」
あたしの実力がどうこうとか以前に、この流れなんだから打って当然みたいな空気をひしひしと感じる。でも逆に、向こうからも抑えて当然みたいな雰囲気を感じるという不思議な状況。あたしも小さい頃、テレビで若王子さんがチャンスの場面で出るたびに『打つに決まってる』みたいなことを考えてた。あの人、ホームラン王だけじゃなく打点王でも常連で、特に満塁の時は嘘みたいに打つからね。
でも実際はさっき伊達さんも言ってた通り。『当たり前』ははたから見たら『当たり前』に見えるだけ。自分も対戦する相手も『当たり前』を奪い合ってるようなものなんだから、そりゃ難しいに決まってる。
「ふぅーっ……」
一息ついて、雑念を吐き出す。残すのはベンチとネクストでシミュレーションした感覚だけで良い。目の前のことが結局全て。それでもやっぱり今テレビの前にいるであろうすみちゃんとか家族とかの姿がチラついたりもするけど、誰かを想うだけでバッティングが良くなるのなら誰も苦労しない。
掌に意識を集中させて、バットの握り方がいつもと違わないか最終確認してから打席に入る。
「プレイ!」
何となくだけど、あたしはどちらかと言うと終盤の方が狙い通りに打ててる気がする。単に身体のエンジンがかからないとかそんなんじゃなく、感覚の問題。だから、さっきの伊達さんの打席で投手が代わっちゃったけど、特に心配事とかはない。同じ右の戸松さんの球を思い出して、それと比べてどれくらいなのかってのが何となく掴めるから。
「!!?」
「いった……!?」
「ファール!」
「三塁線、切れましたファール!」
「あー、惜しい……」
「ちょっとタイミング早かったなぁ……」
こんな感じでね。でもタイミングが早いっていうよりは、多分ヘッドの返りが早かったんだと思う。それに体重移動とか、ポイントが微妙にずれたとか、やっぱり思ったより上手くいかなかったとこが他にも色々とある。一旦打席を外して、手首を残した状態で胸の前にグリップを差し出すような動きをして身体に言い聞かせてから、再び打席に戻る。
「ボール!」
「ボール!」
「ボール!」
「ストライク入りません、■■!これでスリーワン!」
「これはちょっとまずいですね。大きく外れてるってほどでもないですが……」
「タイム!」
「キャッチャー■■、ここで一呼吸置きます……」
やっぱりこういう場面で出てくるピッチャーなだけあって、球自体は結構来てると思う。でもほんのわずかな重みみたいなのが、微妙に制球を狂わせてるんだと思う。ピッチングなんてほとんどやったことがないから感覚でしかものを言えないけど、それでも上手くいってないのはお互い様なのはわかる。
(ここで歩かせて満塁だけはどうしても避けたい。続くのは立ち回りが狡猾な赤猫さんと、単純に今日当たってる徳田だからな……一応、今日は完璧な当たりみたいなのはない相手。三振が奪れりゃそれがベストだが、無理なら転がさせてやれば良い)
流石に次は入れてくるはず。でも今日はたまにやるホームラン狙いはしない。去年の最終戦もそれで痛い目に遭ってるからね。柳監督に言われた通り、ここは選んだ時点で悔いの残らない選択をする。
ツーアウトで二塁は相模さん。よっぽどの真ッ正面でもない限り、シングルで点が取れる。今はそれで十分。
(ツーストライクまでいけばやりようはある……通れ!)
!!きた……カーブ!
「これは、捉えて……センターどうだ!?」
「いける!いける!」
「チャラ男!ホームまで突っ込め!!」
「飛び込んで……捕ったァァァァァ!!!!!」
「アウトオオオオオオオッッッ!!!!!」
……!?ッ……
「「「「「キャアアアアアアア!!!!!」」」」」
「明煌様ー!!!」
「よく捕った!」
「さすが俊足!」
狙いの変化球、欲張らずにとりあえず外野に落とせたらって気持ちだったのに……
「いやぁ、月出里は惜しかったですねぇ……」
「直前の伊達を真似するような、お手本のようなセンター返しだったんですけどねぇ。あれはもう捕った騒速を褒めるしかないですよ」
「スリーアウト!10回の表、バニーズは2度の勝ち越しのチャンスを活かせず!3-3、同点のままエペタムズの攻撃に移ります!」
……ほんとあたし、プロに入ってからこういうとこでいいとこなしのままだね。今までを考えたらプロとして守備とか盗塁とかで期待されてるだけでもありがたい話だけど、やっぱりあたしは打ってゲームを決められるスラッガーでありたい。『打者と投手の勝負』で誰よりも勝てる存在でありたい。




