第五十六話 背負う資格(3/4)
******視点:柳道風******
「アウトォォォォォ!!!」
「あーっ、惜しい……」
「届かなかったかぁ……」
戸松は6回で降りたが、スコアが動かぬまま8回の表。先頭の十握は代わった左投手相手にもこの当たり。フェンスぎわまで届くライトフライ。前の打席は三振じゃったが、全体的に内容は上々。
今日の外野はどちらかと言えば攻撃を重視したが、今のところは上手くいっとるのう。まぁ後々守備を固めるつもりじゃが……
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
「エアチョウゲ」
「捉えてはいるんやけどなぁ……」
キャロットがシングルで出たが、月出里の高速ショートゴロで結局四凡。ま、最低限の得点は稼いどるんじゃからこれはこれで良い。問題は……
「氷室、良いんじゃな?」
「はい、任せて下さい」
「……夏樹達を準備させておくが、気を悪くするなよ?」
「もちろんです」
氷室は去年の段階で完投は経験済。完封はまだじゃが、まぁどのみち今日はもう無理。じゃが、球数的にはギリギリ完投は狙えるのう。
……ゲーム序盤からハイペースで三振を稼いでたのが、中盤に入ってからあまり稼げてないのが懸念点じゃが……
「おっと、氷室は8回も投げるみたいですね!」
「開幕投手を任された以上、いけるとこまではいきたいですよね。百々(どど)からエースの座を奪うためにも」
「氷室くーん!あと2回投げきってー!」
「エースなら完投やぞ氷室!」
昔は投手には先発とそれ以外に明確な序列があって、『上の序列にある先発は完投するのが当然、それ以外の投手は単なる補欠』という風潮があった。しかし今の時代は打者のレベルが全体的に上がって下位打線で手を抜くこともままならんようになって、完封や何かしらの記録がかかってるような状況でもなければ完投しないのが当たり前になってしまった。
それ自体は悪いことではない。あくまで最優先はチームの勝利なんじゃからの。1人の投手が最後まで投げ切ろうが複数の投手が役割分担しようが1勝は1勝。むしろ打者の慣れなどを考えれば、よほど先発とリリーフに格差がない限りは継投した方が確実。
今となっては完投は傑出した先発投手のステータスのようなもの。名誉なことに変わりはないが、『義務感』から『功名心』へと、目指す理由が変わったと考えるべきじゃな。
もちろん、続投を許したのは氷室個人の感情だけを優先したとか、今日来た氷室の追っかけの女子達を満足させるためではない。開幕戦で気持ちよく成功体験を積ませることができればチームの戦略的にも有益。リスクは確かにあるがリターンも大きい。まだまだ戦力的にはヴァルチャーズやビリオンズには敵わん以上、優勝を目指すなら早い段階で勢いを付けておきたい。
……つまり、先のないワシにとっても1つの賭け、と言うことじゃな。
「エペタムズ、選手の交代をお知らせします。8番キャッチャー、■■に代わりまして、■■。背番号■■。8回の裏、エペタムズの攻撃。8番代打、■■。背番号■■」
(キャッチャーを下ろして代打攻勢。当然の選択だね。氷室くん、あと少し、踏ん張っていこう!)
(はい!)
エペタムズは確かに"良い選手になり得る選手"は多い。
「セカンド!」
「アウト!」
「よっしゃ!先頭切った!!」
が、"良い選手になってからが長い選手"というのがなかなかおらん。元気良く積極的に打ってアピールはレギュラーを目指す若手にとっては褒められるべき姿勢じゃが、今の氷室にとっては楽な相手じゃな。
(途中から三振があまり奪れてない……そんなことくらい俺自身がよくわかってる。だからこそ、今年磨いたツーシームが活きるってもんだ)
「あっくーん!その調子その調子!アタシの前にどんどん打たせたら良いよー!」
じゃが、問題はここから。
「9番ショート、黄金丸。背番号9」
「魅零ー!もういっぺんかましたれー!」
元々それほど打力のない黄金丸じゃが、今日は打撃の内容が良い。実際にツーベースも打ってるしの。上位の前のここを上手く乗り切れるか……
(くそ……ッ!)
(ままだだだよ!)
「ファール!」
「良いぞ!粘ってけ粘ってけ!」
黄金丸の本領発揮じゃの。あの選球眼とカット技術。
「ボール!フォアボール!」
「よっしゃ!ナイセンナイセン!」
「繋いでけよ上位打線!」
序盤より球威が落ちた氷室じゃと強引に突破はできんかったか。




