第五十六話 背負う資格(2/4)
******視点:月出里逢******
「アウトォォォ!!!」
「追いつきました!赤猫、好プレー!」
「やっぱり脚が速いと範囲も広いですねぇ」
「スリーアウトチェンジ!」
「これでスリーアウト!エペタムズ、5回の裏も三者凡退。1-3、依然バニーズのリードです!」
「ええでええで閑たそ!」
「ウチのセンターライン、閑たそにちょうちょにかおりんって、可愛いくて上手いのばっかやん」
「キャッチャーが坊主頭のおっさんなんですがそれは……」
「一番実績のある選手だから(震え声)」
お互いにバックも頑張ってるけど、それでも再び投手戦に突入した感じ。4回の裏から5回の裏まで、どっちも全く出塁なし。
「……あ」
5回裏のグラウンド整備の時間を埋めるべく、ヴォーパルくんのお出まし。今日はビジターであくまで主役は向こうのマスコットだから顔見せ程度だけど……
「ヴァーパルくーん!」
「おかーさん、ヴォーパルくんだよ!」
「うーん、中身美少女っていう噂は本当なんやろうか……?」
球団の人気に反して、ヴォーパルくんは12球団のマスコットの中でも屈指の人気者だからね。やっぱり元が可愛い動物なのは強い。エペタムズ側の応援席もその姿に沸いてる。
向こうのスケジュールに合わせて早めにベンチに戻ると、選手達に向かって手を振ったり軽くスキンシップを取ったり。
「プロ初ヒット、おめでとう」
「……え?」
ヴォーパルくんがあたしのそばを通った時に、どこかから声が聞こえてきた。空耳かな?どこかで聞いたことのある声なんだけど……
「逢」
「はわっ!?」
そんなことを考えてると、今度は聞き慣れた声。真後ろに神楽ちゃん。
「次の回、打順回ってくるだろ?準備しなくて良いのか?」
「あ、そうだったね……」
前の打席と同じで、この回も伊達さんが先頭で次があたし。まだグラウンドの方がイベントで賑やかだけど、そろそろ……
「ありがと」
「ん、頑張れよ」
さっきまで浮き足立ってたあたしと違って、神楽ちゃんは周りがよく見えてる。やっぱり大舞台に慣れてる人は違うね。そこはどうしてもまだまだ神楽ちゃんには勝てる気がしない。
……神楽ちゃんがこうなんだから、すみちゃんだって、あたしと出会わなければもしかしたら……なんて、今更考えても取り返しのつくことじゃないよね。せめて、あの人の分まで……
「6回の表、バニーズの攻撃。8番キャッチャー、伊達。背番号10」
(今日は中軸よりもチャンスメーカー連中に良いようにされてるからな……締めていかねぇと)
戸松さんは元々完投能力のある人。確かに細かい制球はないけど、四球は初回に3つも出してからは1つもなし。多分まだ余力は残ってるはず。
「伊達は今シーズンでプロ18年目。キャッチャーですが通算打率は.267、通算本塁打は96本。シーズン打率3割も2度マークし、"打てるキャッチャー"として打線にも大きく貢献してきました」
「良い選手ですよねぇ。決してチームの戦況が良くない中でも辛抱強く柱として支えてくれた本物のベテランですよ。去年最下位を脱出できたんですし、今年は一花咲かせたいんじゃないでしょうか?」
「……ッ!」
「打ってレフトの前……落ちましたヒット!伊達、今シーズンも打ちました!」
「ええぞおっさん!」
「この回も点取っていこうや!」
(前の二打席も内容は悪くなかったけど、やっぱり結果が出るのと出ないのとじゃ大きく違うね)
あたしは一応、若王子さん絡みでプロ野球はどっちかと言うとリプの方をずっと観てたから、伊達さんのバッティングもテレビ越しで何度も観てきた。やっぱり良いバッターだよね。あたしもあんな感じで地に脚がつくのはいつになることか。
「9番ショート、月出里。背番号52」
ベンチの指示を確認。送りは……流石にないよね。昔はともかく、今の怪我持ちでトシの伊達さんじゃ送ってもシングルじゃまず戻れないからね。
「続け続けー!」
「たまにはどでかいの頼むでちょうちょ!」
ッ……!
「引っ掛けた!サード方向……」
やば……
「セカンド送球!」
「アウト!」
「続いて一塁は……」
「セーフ!」
「セーフ!一塁はセーフ!ゲッツーにはなりませんでした!一塁ランナー入れ替わりです!」
「うーん、三振全然せんのも考えもんやなぁ……」
「いくら脚速くても右やからヒヤヒヤするな」
そこはあたしも反論できない。だから高校とか去年の途中まではずっと9番で繋ぎ役ばかりだったんだからね。打球をもっと上げられるようになれば……
「1番センター、赤猫。背番号53」
だけど、今はその頃と比べたらずっとマシ。打つ方でこうやってちょっとくらいは期待してもらえるし……
「一塁ランナースタート!」
「ストライク!バッターアウト!」
「空振り三振!二塁は……」
「セーフ!」
「セーフ!スタート切った月出里は盗塁成功!三振ゲッツーも免れました!」
「去年もデビュー戦で決めてましたが、ほんと迷いがないですねぇ……」
「実家のような安心感」
「マジで盗塁に関しては何も言うことないな、ちょうちょ」
(全く、あたしのことは扇風機にしておいて……!)
こういう役目には期待されっぱなしだからね。
「ストライク!バッターアウト!」
流石の火織さんも二打席連続でタイムリーはならず。
「スリーアウトチェンジ!」
「すみません、伊達さん……」
「なぁに、良い休憩になったよ。それよりナイススチールだったよ!」
「あ、ありがとうございます……」
盗塁なんて基本、後がどうにかしないと意味がないものだけど、そう言ってくれるならまだ助かるね。
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