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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
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第五十五話 当たり前の応酬(8/8)

「4回の表、バニーズの攻撃。8番キャッチャー、伊達(だて)。背番号10」

(さて、僕も偉そうなこと言ったんだから結果を出していかないとね)


 9番打者だから、今はネクストで待機。

 去年の一軍の試合はホームゲーム。サンジョーフィールドは二軍の試合でもたまに使うとこだったけど、ここファイブスターフィールドは初めて。球速が1km/h違えば打つタイミングも微妙に変わってくるように、グラウンドが違えばネクストから打席までの距離感も微妙に変わってくる。

 つまり、『当たり前』と『いつも通り』は違うってこと。『いつも通り』を『当たり前』に変えるには、やっぱり少なからず工夫が必要……ってことだよね?


「ファール!」


 伊達さんはやっぱりキャッチャー陣の中だとスイングの力強さが抜きん出てる。タイミングを合わせるのも上手い。30代後半でもまだまだ主力なのも(うなず)ける。


「アウト!」

「セカンドライナー!ワンナウト!」

「ああっ、真ッ正面……!」

「ついてねぇ……」


 あたしは根っからの後ろ向き人間。他人も、そして自分さえも疑ってナンボだと思ってる。100%信じられるのなんてあたしの可愛さだけ。

 だからこの状況でああいうのを見ると、『ああいうアンラッキーなことも積み重なって、結局ホームランどころかヒット1本も打てないまま終わるんじゃないか』みたいなことも少し考えてしまう。そうやって何にでも悪い捉え方をしなきゃ、あたしは(じゅん)(ゆい)どころかあたしさえも守れなかったから。前の誕生日みたいなことなんて、別に初めてでも特別非日常だったわけでもなかったんだからね。逆に常日頃から前向きでいたら、あたしはきっと綺麗なままじゃいられなかった。


「9番ショート、月出里(すだち)。背番号52」


「ちょうちょー!そろそろプロ初ヒット頼むでー!」

「二軍の時みたいに無双したれー!」

(あい)!落ち着いてけ!!」

「逢ちゃんファイト!」


 そんなあたしだから、『投手と打者の勝負』ってのに夢中になれるのかもしれないね。周りとか気にせず、ただ投手と勝負することだけ考えてれば良いんだから。そんな後ろ向きなことばかり考えてる余裕なんてなくなっちゃうから。


「ストライーク!」


 戸松(とまつ)さんの球種は確認できてる限りでも相当な量。ストレート、カットボール、ツーシーム、ナックルカーブ、スライダー、フォーク、それと今日はまだ見てないけどチェンジアップも投げるみたい。他にもあるかもだけど、とりあえず便利そうな球種は投げれるようにしとけ感がすごい。

 ただ、確かに制球はアバウトなとこがあるけど、それでもストライクをきちんと狙えるか、そもそも実戦で使える程度の威力があるかはちゃんとクリアできてるわけだから、純粋にこの数の多さは面倒。


「ファール!」


「よしよし!追い込んだぞ!!」

「その調子だ戸松!」


 だけど合わせられる。


「ファール!」

「ボール!」

「ファール!」

(くそッ……しつけぇ!)


 ストレートの時を基準にして、変化球の時はどのくらい待てば良いのかがある程度掴めるから、体重移動のタイミングはそれで良い。あとはどう曲がろうが最後のスイングで当てるところまではいける。体重とグリップをギリギリまで残す大切さがよくわかる。


「……ボール!」

(余裕で見送られた……!?)


 スイングに余裕ができれば、ストライクかボールか見極める余裕もできる。もちろんミットに収まるまでは油断できないけど、投球動作のより早い段階である程度のアタリがつけられれば、考えなくちゃいけない可能性は狭められる。それだけ、投球の軌道そのものに集中できるようになる。


「ファール!」


「ええぞええぞ!」

「それでこそちょうちょや!」

「気にすんな戸松!」

「当てられてもカス当たりじゃ意味ないわ!」


 今は球数稼げる打者が評価されるとは聞くけど、別にそんなのを狙ってるわけじゃない。テレビゲームの野球みたいに初球打ちでポンポンホームランにできたらそれにこしたことはない。リアルじゃずっとスイングしてたらどんどん疲れるし、芯を喰えないと手も痛いしね。

 単に"あたしの中のあたし"と噛み合わないだけ。打つ瞬間に頭に浮かぶ『打てた』イメージを完璧になぞりきれないだけ。その分で、結果としてこうやってチームのために粘ってるように見えてるだけ。

 そもそもそんなのに頼らなきゃここにいられない時点で、あたしはまだまだだってわかってる。振旗(ふりはた)コーチが言ってた通りってね。


(コイツで……!)


 スライダー……かな?


「……!?ライト!」

「!!落ちろ!落ちろ!」

「落ち……!?」

「ッ……!」


 あたしとしたことがなんてことないフライ、ライトのギリギリ捕球範囲外。飛んだ方向が良かっただけ。でもそのおかげで、打球をどうにかノーバンキャッチしようという勢いではワンバンした打球を綺麗には捕球できず、軽くお手玉。


「セカンド行ったぞ!」

「急げ!急げ!」




「セェェェェェフ!!!!!」

「「「「「いやったあああああ!!!」」」」」

「ちょうちょのプロ初ヒットじゃあああああ!!!」


「二塁セーフ!月出里(すだち)、プロ2年目での初安打はツーベース!」

「隙を逃しませんでしたね。脚の速さ自体も大したものですが、良い判断でした」


「良いぞ逢!」

「ナイバッチ!」


 うーん、何か今年は変にラッキーな長打が多い。どうせ長打を打つならスラッガーらしく、見栄え良くフェン直とか外野の間を弾丸ライナーで抜くとかそんな感じにしたいんだけどね。リリース前にスライダーをちゃんと読めたのにこの程度じゃやっぱりまだまだ。


「月出里!月出里!月出里!月出里!」

「やるねぇ、可愛い子ちゃん」

「どうも……」


 観客やベンチだけじゃなく、二塁のカバーに入った黄金丸(こがねまる)さんからも祝福。ならきっと、テレビの前の家族やすみちゃんもそうだよね?この球場のどこかにいるはずの卯花(うのはな)さんも。

 振り返ってバックスクリーンを見てみると、またしてもあたしの姿。可愛く笑ってる。きっとこの姿も向こうに届いてる。

 なら今はこのくらいの『当たり前』でも良い。後ろ向きに考える理由が1つ減って、あたしを信じる根拠が1つ増えたんだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 月出里の守備初期菊池に似てますね。
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