第五十五話 当たり前の応酬(7/8)
「4番ファースト、黒毛屋。背番号6」
「ツーアウト一塁三塁、シングルで同点、長打なら逆転。この大一番で打席に立つのは、ご存知今年も不動の4番、黒毛屋要!」
「要さーん!一発ぶちかましたれー!!」
「今年も打点荒稼ぎじゃあ!!!」
「っしゃあ!打つぞオラァ!!」
話に聞いてた通り、ここ一番では自分を鼓舞するように一喝してから打席に入る。
苗字は黒毛だけどパツキン。そして背が高くて筋肉質。その辺は千尋さんと同じだけど、目の大きい童顔の女の人じゃなく、目の細いイカつめの男の人。あたしはあの程度の見た目でビビることはないけど、まぁ普通の人から見たら相当威圧感のある風貌だと思う。
「ストラーイク!」
「1球目フォーク空振り!」
「この豪快なスイング、狙ってますねぇ……」
選手としても千尋さんとよく似てる。低打率の右の長距離砲で、ファーストの守備も堅実。大きく違うのは、30本塁打や打点王なんかの実績を積んで一流の選手として認められてること。
(だからこそ、思いっきりがある。実績があるってことは、たとえ上手くいかなくても『こういう時もある』って言い張れる根拠があるってことだからね。だから黒毛屋くんは、少なくとも追い込まれるまでは中途半端に当てるようなことはしない。そして選球眼が特別優れてるわけでもないのにここまで割り切れる度胸が、ここ一番での勝負強さに繋がってるんだろうね)
(ストレートを張ってるところで空振りを奪れる。俺みたいなフォークピッチャーにとっちゃまさに面目躍如なんだが……)
「ボール!」
「2球目ボール!フォークが続きましたが今度は見送りました」
「……ボール!」
「外直球、外れました!」
(一応、塁にはまだ余裕があるから思い切って全部スプリッターも選択肢にはあったけど、三塁にランナーがいるし、エースを目指す氷室くんの気持ちを汲み取ってあげたいところ……ではあるけど……)
(確かに投手としては思い描いた通りに投げれた球を上手くチョコンと打たれるのも嫌だが、それ以上にこうやって思いっきり振ってくる方が嫌だな。どうしても最悪の可能性が頭をよぎっちまう……)
(へっ……ビビってるなオラ)
「ふーっ……」
緊張感が走るバッテリーと打席を尻目に、いったん一息つく。いつも通りいつも通り……
今打席に立ってる人と、今こうやって守備に就いてるあたしは当然他人同士。野球に対する考え方とか、今までの生い立ちとか、そんな色んなとこが何もかも違う。もちろん、バッティングに関してもそう。
だけど、バッティングってのは要するに棒で球を打ち返す作業。やること自体は単純。単純だからこそ、それを実際にやるまでのことを見てれば、その結果が何となく予想がつく。言葉では説明が難しいけど、例えば右打者で踏み出しが遅かったら右寄りの方向に行くかなとか。
そういう『何となく』をできるだけ色々と見つけられれば、それだけ一歩目が早くなって、打球にも追いつきやすくなる。実際に未来予知みたいに打球が前に飛ぶより先に足を踏み出せなくても、下半身への体重の掛け方一つで『捕れない打球』を『捕れる打球』に変えられる。別に有名人じゃなかったけど、それでも野球を始めてからほぼずっと内野をやってきたあたしなりの経験則。
でも、少し離れた他人のやることだから、ただ見てるだけじゃ見つけられる『何となく』ってのはそんなに多くない。投手が投げてから打者が振り始めるまでの時間なんてたかが知れてるんだし、結局投手がどういう球を投げるかで打者の動きだって変わってくるんだし。
だからあたしは、できるだけギリギリまで没入する。本来あたしが介入する余地なんて打ってからじゃないとないはずの『投手と打者の勝負』に。まぁ要するに、いつも通りのイメージ。今こうやって打席に立ってたら、あたしだったらどうするかとかね。
(……やべ……!)
(頂きだオラァ!!!)
「アウトォォォォォ!!!!!」
「は……!?」
そうすればこの通り、ってね。
そう言わんばかりに、振り返った氷室さんにボールの収まったグローブを見せつけて笑ってみせる。
「と、捕りました!月出里、ビッグプレー!!」
「「「「「うおおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」
「嘘だろ……!?」
「めっちゃ跳んだぞ、あのチビ……」
「何でアレが長打どころかシングルにもならんねん……?」
少し低めの弾道、だけど間違いなく左中間を抜いてた強烈な当たり。ショートがあたしじゃなかったらね。あたしじゃなかったら。
「今のプレーもう一度観てみましょう!」
「一歩目が完璧ですねぇ……ショート定位置から二遊間寄りの斜め上空。跳ぶタイミングもドンピシャですが、ものすごい跳躍力ですね……よく届きましたねこれ」
「スリーアウト!チェンジ!」
流石に綺麗に二本脚で着地はできなくて一旦受け身を取った形になったから、ユニフォームとかに付いた汚れを軽くはたきながらベンチへ引き上げていく。
「サンキューな月出里!」
「氷室さんもナイピーです!」
「アタシが捕りたかったのになぁ……」
「いや、セカンドからじゃ流石に無理だっただろアレは……」
純粋に喜ぶ氷室さんと、拗ねる火織さんともタッチを交わしながら。確かに氷室さんはすごいイケメンだけどタイプじゃないし、それ抜きでも横取りなんてしませんよってね。
「月出里くん」
「伊達さん……」
「まず1つ目の成功、だね。おめでとう」
「……はい!ありがとうございます!」
そして、伊達さんとも。さっきの伊達さんのフォローがなかったら、きっと切り替えきれなかった。
「おっ、月出里くん。アレ見てごらん」
「……!」
伊達さんが指差した方向はバックスクリーン。縦に二分割されてて、片方は草薙さん、もう片方はあたし。多分このイニングで活躍した選手をカメラが抜いてるのかな?
こんなとこに映されてるってことは、きっとここにいる何万って人があたしのクッソ可愛い姿を今観てるはず。
「あたし、プロになったんですね」
「そういうことだね」
ちょっとうるっとしちゃった。でも、まだ早いよね。
「3回の裏、攻撃終了。しかしエペタムズ、この回は草薙のタイムリーで1点を返しております。1-2、バニーズのリードです」
次の4回は確実にあたしに打順が回るんだから。やっぱり贅沢を言えば頬紅さんとか猪戸くんみたいにいきなり一発打って打つ方で最初の成功にしたかったから、せめてさっきの守備以上のことをしてみせたい。




