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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
339/1153

第五十五話 当たり前の応酬(4/8)

******視点:月出里逢(すだちあい)******


 あたしも打ちたかったけど、まぁ仕方ない。気持ちを切り替えて、守備に集中。


「1回の裏、エペタムズの攻撃。1番サード、■■。背番号■■」

「バニーズの今シーズンの開幕投手はプロ5年目の氷室篤斗(ひむろあつと)


 個人的に推してる氷室さんが投げるんだしね。別に異性としてとかじゃなく、純粋に選手として。


「キャアアアアア!!!」

氷室(ひむろ)くーん!」

「もう文句なしのエースよ!」


「■■さん、函館の地でも氷室の声援がすごいですねぇ」

「嚆矢園のスターで、去年は1年間ローテを守って文句なしにチームを支えましたからね。他の投手との兼ね合いとか戦略的なところも絡んでるんでしょうが、これだけの大役をもらったんですから、今年はますますの飛躍を期待したいところですね」


 ただでさえ普段ホームでもパンサーズにお客さん持ってかれてて、しかも今日は北海道だってのに、その割にお客さんが入ってるのは、開幕戦なのに加えて氷室さんが投げるのも大きいんだろうね。

 でも氷室さんが抜擢されたのは、ウチの先発の三本柱は実績はともかく実力だけなら目立った差がないって証拠でもあるはず。異性にキャーキャー言われるのはプライベートならあたしとしても望むところだけど、野球は別。純粋に頑張ったもん勝ち。それを実証するためにも、氷室さんには今年、名実共に文句なしのエースを目指してほしい。

 あたしもこんなに多くの人の前でプレーするなんて今まで滅多になかったけど、落ち着いて落ち着いて……


「ストライク!バッターアウト!」

「外!空振り三振!148km/h速球!」

(さすがはあっくん!)


 氷室さんは決め球のスプリッター自体の威力はもちろん、いざとなったら150超えのまっすぐで力勝負とかもできるけど、やっぱり持ち味は決め時にキッチリ投げ込めるとこ。だからあれだけ三振を稼げる。あたしの今年の初三振も氷室さん相手だったけど、あれなら納得がいく。


「引っ掛けた!ファースト、ベースカバーを制してそのまま……」

「アウト!」

「ツーアウト!」

「落ち着いてますね。去年はほぼ冬島(ふゆしま)とバッテリーを組んでましたが、その辺の懸念も心配ないですかね?」


 騒速(そはや)さんも危なげなく打ち取った。あの手の投手だとあたし達内野が暇になるのはよくある話……


「打ってこれは三遊間……」


 ……!そんなこと考えてたら!


「いや、ショート追いついた!」

「おおっ!さすがちょうちょ!」


 !?やば……


「ああっと送球逸れた!」

「回れ回れ!」

「セーフ!」

「二塁セーフ!記録はショート月出里(すだち)のエラー!」

「おいおい、何やっとんねん……」

「慌てんでも良かったやろ……」


 やっちゃった……


「ドンマイドンマイ!」


 すみません……


(気にするな)


 詫びるあたしを制するような氷室さんの仕草。本当に申し訳ない。


「ストライク!バッターアウト!」

「三振!最後は伝家の宝刀フォーク!」

「味方のミスでも動じませんでしたね。さすがです」

「スリーアウトチェンジ!」


 あの三振は単にベストなピッチングをしただけで、あたしに対する不信の表れ……ではないと思いたい。


「ありがとうございます」

「おう、気にすんなよ」


 念の為に、ベンチに戻る時も氷室さんに一言。


「何で氷室くんのバックの女は使えない奴ばっかなのよ……」

「これでとりあえずパーフェクトはナシね」

「プロスペクトだか何だか知らないけ調子こいてんじゃないわよブス」


 色んな声に紛れて不明瞭だけど、クッソ可愛く生まれ育った経験で内容は簡単に補完できる。あたしも火織(かおり)さんと同じような存在として認識されちゃったっぽい。

 こういう女はどこにでもいるもの。こんなの慣れたもの。『男は狼、女は怨霊』、そのくらいに割り切ってる。それでも中学の頃とか思い出して正直腹立たしいけど、これに関しては完全にあたしの落ち度だからね……


「……これで借り1つナシね」

「はい……」

「なーんて冗談冗談!切り替えていこう!」

「……ありがとうございます」


 グラウンドの方でもちょっと睨まれてたけど、ベンチに戻ってから当の火織さんからも一言。多分半分は本気だと思う。借りって多分去年の紅白戦の時にフォローしたやつだよね?まぁ貸したつもりもないし……


「2回の表、バニーズの攻撃。9番ショート、月出里(すだち)。背番号52」


 言葉で言い訳する気もないしね。信頼は結果で取り戻す。お父さん達とすみちゃん、卯花(うのはな)さんも観てくれるって約束してくれたんだから。


「2回の表。バニーズの先頭打者はプロ2年目、まだ19歳の月出里逢(すだちあい)。昨年のシーズン最終戦でプロ初出場を果たし、今シーズンは相沢(あいざわ)に代わってショートの開幕スタメンを任されました期待の若手内野手です!」

「いやぁ、本当に綺麗な子ですねぇ。高卒でドラ6、それで今は開幕スタメン、まさにシンデレラですね。先程のミスは通過儀礼なものだと思って切り替えていってほしいですね」


「ちょうちょー!お散歩でええんやでー!」

「ポジらせてくれやー!」

「ちょうちょ!彼氏持ち疑惑は嘘やんな!?」


(こいつはやたら目が良い上に走ってくるぞ。無駄球はできるだけ使わないでカウント取っていくぞ!)

(うっす!)


 さっきのイニングみたいなピッチングだったらいくらでも付け入る隙はあると思うけど……


「ストライーク!」


 どっちみち入ってた変化球。ストレート狙いだったから無理せず空振った。


「ファール!」

「ボール!」

「ファール!」


「ええでええで戸松(とまつ)!」

「それでええんや!ゴリ押してけ!」


 やっぱり上手くはいかないよね。曲がりなりにも去年のエース格。立ち上がりのバタバタを修正してきて、あからさまなボール球が来なくなった。


(そろそろ決めるぜ!)


 ッ……!


「サード!」


 詰まった……でもその分……!


(させるかよ!)

「!?サード、ベアハンドで捕って……」

「アウトおおおおおっ!!!」

「一塁送球間に合いました!■■ファインプレー!」

「良い動きしてますねぇ。グコランも安定してましたが、若い分の思いっきりがあって良いですね」


「しゃあああっ!」

「良いぞ良いぞ!」


 ……内野安打にできなかったのは向こうが上手かったから。それはまぁしょうがない。でも、打ち損じちゃった。

 球種が多くて初見じゃイメージが噛み合いづらいのも多分あったと思う。でもそれ以上に、何というか、いつものスイングの感覚を絞り出せなかった。


「ドンマイドンマイ!」

「惜しかった惜しかった!」


 初めての開幕戦の、ただの一打席。みんなそこまであたしを責めたりしない。だけどやっぱり悔しい。ベンチに戻ってヘルメットは外してもバットは手放せない。もちろんこんな狭いとこで素振りなんてしたら危なくて迷惑だから、感覚を取り戻すためにグリップの動きを目の前で確かめる程度。

 ……氷室さんは去年、火織さんのミスで崩れたとこもあるのに、今はああやってあたしのフォローまでできるようになった。なのにあたしは……悔しい。ほんと悔しい。

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