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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
338/1156

第五十五話 当たり前の応酬(3/8)

「ボール!」

「ボール!」

(くそッ、入らねぇ……!)


 紅白戦やオープン戦なんかも見てきたけど、やっぱり十握(とつか)くんはかなり球を選ぶタイプみたいだね。


「ファール!」

(一応ワンストライク……だか、当ててきたか。ならこれで……!)

(ストレート……いや!)

「……ボール!」

「おおっ、よう見極めた!」

「4球目ハーフスイング止まってボール!スリーワン!」

「今のはフォークですかね?」


 しかし、『選ぶタイプ』と言っても決して消極的なわけではない。フォロースルーの大きさでスイングが大味に見えてしまうけど、実際はポイントまでの動きが本当にコンパクトで無駄がないから、速い球にも振り遅れにくいし、変化球もより長く見極められる。スイングを止める余裕も作れる。そして純粋な目の良さがあるから、難しい球を堂々と見送れる。

 バッティングというのはある程度野球を知ってる人間が(はた)から見てれば『追い込まれるまでは狙い球を絞ってしっかり振って、追い込まれたらどんな球にも対応できるように』と考えるものだし、実際それができれば理想的なのも事実。

 だけどそんなのは相手バッテリーだって理解してるし、打者というのはやはりどうしてもツーストライクに追い込まれたくないもの。特に選球眼に自信のない打者なら尚更早いカウントで前に飛ばしたくなるもの。追い込まれて当てるのに専念することで、フォームが崩れて戦略的に損失が出る恐れもあるからね。

 だからこそ、そういう理想を本当に実現できる打者というのは強い。打率至上主義が薄れて、出塁率や長打率、投手の球数消費といった打席での働きの質をより細かく分析されるようになった現代なら尚更ね。


(やっぱり立ち上がりだからバタついてるのかな?満塁である以上、流石にストライクに入れざるを得ないこの状況、打てそうな球はきっと来る。焦ることなんてない。難しいのは見送れば良いだけ)


 十握くんは単純に技術もさることながら、あの落ち着きぶりもすごい。状況をよく理解してるからこそなんだろうね。プロとしては初打席であっても、きっと今までに良質な経験をしっかり積んで、その上で反省もしてきて今があるんだろう。


(どうにか打ち損じろ……!)

(カッター……!でも、この球なら!!)

「!!ライト!」


「……落ちましたヒット!」

「っしゃあああああ!!!」

「三塁ランナーホームイン、そして二塁ランナーも……」

(間に合うか……!?)

(いただきや!)

「セェェェェェフ!」

「ホームイン!バニーズ、2点先制!十握、プロ初打席で2019年チーム初打点!」

「しっかり振り抜いて外野まで運びましたね。この場面でルーキーならホームランでも狙ってポカするなんてこともあり得ましたが、欲張らずに役割をこなしましたね。最高の働きですよ」

「十握!十握!十握!十握!」

「なんちゃってイギリス人もナイスラン!」


 だからこの結果には何の不思議もないね。

 声援に応えて、一塁ベース上でいつも通りの表情……だけどどこか誇らしげにヘルメットを掲げて応える。

 ……さて、僕もネクストに向かわなきゃね。念の為にレガースとか細々としたのだけ付けてたけど、外してネクストへ。


「7番サード、キャロット。背番号59」

(くそッ……!)

「……ボール!フォアボール!」

「選んで選んでフォアボール!再び満塁です!」

「ナイスねばねば!」

「やるやんけ新外国人!」

(ここはスダチサーンみたいに選ぶが勝ちデース!)


 ウチの打線が初回からこんなに温まるとは珍しい。


「8番キャッチャー、伊達(だて)。背番号10」

「伊達ー!今年こそまた3割打ってやー!」

「まだまだ正捕手はお前やー!」


 ありがたいことを言ってくれる。こうなったからには、僕も十握くんには負けてられないね。

 最近は若い子達が頑張ってるし、僕自身も彼らの成長を望んでる。勝てるバニーズを作るために。だけどまだ選手である以上、僕も同じ立場。去年からすっかり介護されっぱなしの老いぼれだけど、神輿にはまだなるつもりはない。


「…………」


 ネクストには次に打つ月出里(すだち)くんの姿。相変わらず素振りどころか身体も動かさずにじっとマウンドと打席を中心に観察してる。あれだけフィジカルに恵まれてるのに、ああいう準備の仕方とかは繊細だよね。


(頼む、通ってくれ……!)


 8番打者相手にタダで得点をやるわけにはいかないだろう?ならあえて初球から……ッ!?


「ショート!」

「ショート黄金丸(こがねまる)捕ってセカンドへトス!」

「……アウト!」


 打ち損じた……


「あっちゃあ……」

「伊達、何を力んでるんや(その目は優しかった)」

「スリーアウトチェンジ!しかし1回の表のバニーズ、ゴールデンルーキー・十握のタイムリーで2点を先制!」


 ……初球ストレートを張ってて、それが来たから振った。決して無理に当てにいったとかじゃない。単純にミスショット。イメージと実際のスイングが噛み合わなかった。事象自体は野球を長くやってれば『よくある話』の一言で片付く。

 けど問題はその原因。


「……!」


 少し腰をさすりながらベンチへ。別に傷んだわけじゃない。ただ、ほんの少しの違和感。自転車を漕いでる時にタイヤが小石を踏んだ程度の、ほんの少しのつっかえのようなもの。そういうのをスイングの瞬間に感知して、そっちにわずかに意識が傾いてスイングの感覚が微妙に狂った。そんな感じ。


「ドンマイドンマイ!」

「狙いは悪くなかった!」

「ど、どうも……」


 そんなことを言ってくれるのは、かつて選手として先輩で今はコーチの人くらい。


「……伊達よ」

「監督?」

「やれるか?」

「!?え、ええ……大丈夫です」


 やるよ、当然。以前に月出里くんが言ってたように『吐いた唾を呑むつもりはない』ってね。


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