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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
334/1160

第五十四話 幸先(3/4)

 3月28日、開幕戦前日。


 開幕一軍の公示はもう少し後だけど、当然内部ではもう発表済。特に怪我とかもなかったから、あたしは約束通り開幕一軍。

 そして今年もバニーズはビジターとして開幕戦に臨む。しかも去年は南の端っこの球団が相手だったのに、今年は北の端っこの球団が相手。


「……よし」


 午前中の練習を終えてお昼も済ませたから、今は遠征に向けて部屋で荷物の最終チェック。ぶっちゃけバットとかの野球道具はいつもと違っても重ささえ合ってればそこまで違和感がない方だし、そもそもこんな大きな物忘れるわけないけど、化粧水とかが変わるのはすごく気持ち悪いからね。北海道を馬鹿にしてるわけじゃなくて、単純にどこに行っても同じ物を買い足せる保証はないから慎重に。


「こんなもんかな?」


 明日の試合に際して、心の準備はできてる。むしろ今日の飛行機の方がよっぽど心配なくらい。さっさとワープとか発明されたら良いのに。人間、翼なんてないんだからわざわざ危険を冒して空なんて飛ばなくて良いじゃんってね。


「あ、月出里(すだち)さん」


 部屋のドアを開けると、約束通り卯花(うのはな)さんが待ってた。


「お待たせ、って……」

「?どうしました?」

「卯花さんももしかして北海道行くんですか?」


 流石に野球道具一式も持ってるあたしと比べたら軽装だけど、卯花さんの手にも大きめのキャリーケース。そして季節の割には少し暖かめの格好。


「はい。おれも向こうで仕事があるんで」

「そうなんですか……」


 付き添うにしても空港までかなって思ってたけど……うーん、ほんと何の仕事してるんだろ?

 この数日の間、かなりの時間一緒に過ごしてきたけど、他に球団スタッフらしい仕事をしてるとこをあんまり見なかったんだよね。一応、前の二軍戦ではあたしの見守りついでに試合前の片付けとか手伝ってたけど、去年そんなことしてるの全然見なかったし。その代わりにあたしを合法的にストーキングし続けてお給料もらえるとか、世の中の大半の男の人が怒り狂いそうなものだと思うけど……


「……卯花さん」

「はい」

「卯花さんって、窓際族……とかじゃないですよね?」

「うぇっ!?い、いや……そういうのじゃないですけど……」


 なら良いか。せっかくの有力候補なんだから、こんなところで足切りになってもらっちゃ困る。

 あたし自身でいずれ何億ってくらい稼ぐつもりだから相手の稼ぎに関してはそこまで優先度を高くするつもりはないけど、あのクソ野郎のこともあるから、ある程度の将来性はなきゃね。いくら顔がストライクゾーンど真ん中でもヒモを養う気は全くない。むしろこんな可愛いあたしをもらえるんだから1人で養ってみせろって言いたいくらい。

 ……あたしだって、お父さんみたいになる可能性もあるんだし。


「あんた達、最近ずっと一緒ねぇ」

「あ、八縞(やしま)さん」


 寮の正面口近くに振旗(ふりはた)コーチの姿。


「お疲れ様です」

「ん、お疲れ。それと、開幕一軍おめでと」

「ありがとうございます。コーチのおかげですね」

天野(あまの)にも言ったと思うけど、そういうのは一軍で活躍してからにしなさい」

「大丈夫ですよ。確かにまだホームランは全然打ててませんけど、今のままでやれるとこまでやってみせます」

「……ま、自信があるのは悪いことじゃないわ。でも、過信は禁物よ?」

「わかってますよ」

「私は今年も二軍コーチだけど、菫子(すみれこ)……オーナーとの約束はまだ果たせたとは思ってないから、また何かあったら遠慮なく連絡なさいね」

「……ありがとうございます」


 確かに、コーチにはお世話になった。今のあたしがあるのも間違いなくコーチのおかげ。

 でも、あたしが目指すところは誰も辿り着いてないとこ。そうじゃなきゃ、きっとすみちゃんは満足してくれないし、あたしだって満足させられた気になれない。だからいつか必ず、誰にも頼れない時が来るはずなんだから、今からだって出来る限りのことは自分で解決できるようになりたい。コーチが気を遣ってくれるのはありがたいけど、そういう時が来ないようにさせてもらうよ。


 コーチの見送りを受けながら、2人で寮の正門の方へ向かう。


「そう言えば卯花さん、コーチとすみちゃ……オーナーとはどういう関係なんですか?さっき"八縞さん"って……」

「ああ、うん。親戚同士ですよ。おれのおばあちゃんもオーナーのおばあちゃんも両方とも八縞さんのお姉さんっていう、そんな感じの関係です」

「それでみんな髪の毛ピンク色なんですね」

「え、そっち……?まぁそういうことですけど……」


 でも確か、それくらい血縁が離れてたらすみちゃんとも……


「球団スタッフやってるのもオーナーから頼まれたからとかですか?」

「そうなりますね。やりたかった仕事でもあるんですけど、オーナーというか三条(さんじょう)家にお世話になってる身ですから、その恩返しも兼ねて。オーナーとは同い年で小さい頃から顔馴染みだったし、ちょっとでも助けになればって……」


 だから前も親しげに……そうなるとまずいね。もしそうだとしたら、流石にすみちゃんから奪うのはちょっと……

 ……ま、すみちゃんが卯花さんをどう思ってるのかとかは全然わからないし、もしそうだったらスッパリ諦めるって割り切っとけば良いか。まだまだ『遊んでるだけ』ってスタンスでいたいし。


「おっ、来たか」

「お待たせ」


 寮の正門には、待ち合わせ通り神楽(かぐら)ちゃんと……それと佳子(よしこ)ちゃんと雨田(あまた)くんもいる。


「見送りに来てくれたの?」

「うん。せっかくだからね」

(あい)ー、今日も男前を付き添わせてるなー。ん?」

「うぇっ!?」

「良いでしょ?」

「開き直りおって……程々にしとけよ?最近『選手が球団スタッフにセクハラしてる』みたいな噂が立ってるんだからな」

「い、いや、月出里さんはそこまでのことは……」

「卯花さんも遠慮なく言ってやって良いんすよ?まぁあっしらも逢がこんなに男に食いつくタイプだとは知らなかったけどな。なぁ佳子?」

「うーん、わたしはノーマルなのはそんなに……」

「何言ってんだよお前……」


 少しの間、言葉を交わして……


「あ、そろそろバスの時間だね」

「んじゃ、そろそろ行くか」


 開幕一軍に選ばれたあたしと神楽ちゃんは、いったんその辺に置いてた荷物を手にする。


夏樹(なつき)

「ん?」

「あれだけ生意気な口を叩いてたのに、先を越されたね」

「……(わら)ってほしいのか?」

「いや、祝福させてほしい」

「ありがとな」

「負けっぱなしでいるつもりはないけどね。ボクだって今年中には這い上がってみせるさ」

「ならそん時は祝ってやるよ。副業でも巫女さんからだからご利益は抜群だぜ?」

「ああ、期待してる」


 ……あたしのこと、あんまりどうこう言えないよね、神楽ちゃん。


「逢ちゃん、神楽ちゃん、頑張ってね!」

「おう!」

「行ってくるね」


 手を振る佳子ちゃんと雨田くんを背に、あたしと神楽ちゃん、卯花さんは歩みを進めた。


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