第五十四話 幸先(1/4)
******視点:月出里逢******
3月26日早朝、寮の自室。
いつも通り早起きして、朝ごはんを食べに食堂へ行くべく着替えたりで準備。
昨日はあの後、すみちゃんから誕生日プレゼントをもらって夕飯は一緒に外に食べに行って、天王寺駅でお別れ。忙しい中でもちゃんとあたしに構ってくれて、誕生日として最低限の体裁は保てた。ただ、2人きりってわけじゃなく、すみちゃんのボディガードと球団スタッフの人に陰で見守ってもらいながら。あんなことがあったんだからしょうがないよね。祝ってもらえるだけでもありがたい。
何せ今は大事な時期。すみちゃんもそうだけど、あんまり他の人に祝ってもらえる状況じゃない。まぁ普段塩対応決め込んでるあたしがこんな時だけ構ってもらいたがるなんて都合の良い話だけど、それでもつくづくあたしの誕生日は間が悪い。
佳子ちゃんは開幕一軍も一応まだ可能性が残ってるし、シーズン中にも十分チャンスはあると思う。神楽ちゃんに至っては左のリリーフが足りてないからかなりの高確率。
そしてかく言うあたしは今日二軍戦でショートのスタメン。もちろん、開幕一軍の話が消えたとかじゃない。
あの"見下げ果てた先輩"が謹慎だからベンチを尻で磨くことすらできないのは正直メシウマだけど、そのせいでまともな二遊間が二軍で足りなくなってしまったから、せっかくだからってことであたしが調整がてら出ることになった。でも開幕まであたしがずっと出るわけじゃなく、明日は火織さんとか、あと理世さんもしばらくキャッチャーメインだけど内野守備の実戦感覚を残すために出るかもって話。明後日は開幕前日で、今年の開幕戦は函館でやるから一軍組は流石に出ない予定。
8:30の全体アップまで時間は十分あるから、朝ごはんを食べ終わったらいつも通り早出して身体を温める。でも昨日の今日だから外で走るのは流石に億劫。試合日でもあるし、今日は普通に最初から球場入りするつもり。まだ球場には行かないけど、最近ネット通販で定期買いを始めた良さげなシリカ水のペットボトルを何本か、部屋の隅の段ボールから取り出してバッグに入れておく。
「……よし」
洗面台の鏡で身だしなみを最終チェック。うん、クッソ可愛い。あんまり見つめてると見惚れて時間を無駄にしちゃうから、可及的速やかに。鍵とかスマホとか最低限の物だけ持って、食堂へ向かうべくドアを開ける。
「はわっ!?」
「お、おはようございます」
「あ、はい。おはようございます……」
びっくりした。ドアを開けるといきなりそこにえっらい綺麗な男の人。ラッキースケベさん……卯花優輝さんがそこにいた。
「どうしたんですか?こんな朝早くから」
「え、えっと……月出里さん、いつも朝早いって聞いたから……」
「あ、いやそっちじゃなくて、どうしてここに……?」
「すみちゃ……オーナーから月出里さんをできるだけ1人にするなって言われて……」
「……あ。昨日言ってたスタッフさんを付き添わせるっていう……」
「はい。おれは開幕までは余裕がありますから、基本的におれが一緒にいます」
ははーん。なるほどなるほど、そういうこと……
「……トイレとか更衣室とかも?」
「うぇっ!?い、いや、そういう時は流石に別の人に……」
「付き添いたくないんですか?」
「いいいいいや、そういうことじゃなくて……!」
わざと少し距離を詰めて上目遣い。ささやくように尋ねると、案の定顔を真っ赤にして必死に否定。うーん、本当に期待通りの反応をしてくれるね。
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寮の食堂は早出する選手のことも考えてかなり早くから開けてるけど、いつも大体あたしが一番乗り。そして食べるものもメインは固定。玄米粥とサラダとヨーグルト、飲み物は白湯。後は肉や魚や卵、旬のフルーツとか、何となく身体に良さそうなものを気分に合わせて。
「…………」
取り皿に料理を取って、いつもの隅っこのテーブルに向かって、椅子に座っていただきますまで、律儀にあたしを追ってる。今はあたしの向かいに座って、一生懸命こっちを見つめてる。ペットは飼ったことないけど、室内飼いの犬ってこんな感じなのかな?付き添ってもらえるのはありがたい話だし、良い男なら目の保養になって優越感にも浸れるから尚更だけど、流石にこうずっとだと目のやり場とかに困る。
「卯花さんはもう食べたんですか?」
とりあえず当たり障りのない質問で紛らわす。
「あ、いや、まだ……」
「じゃあ卯花さんも取りに行ったらどうです?」
「いえ、選手寮の食堂ですし……」
「別に大丈夫だと思いますよ?」
「まぁでも後でも……」
と言ってる最中に、卯花さんのお腹が鳴った。
「ぷっ」
「す、すみません……」
「せっかくだから一緒に食べましょうよ」
「そうですね……そうさせてもらいます」
「それじゃ、あーん……」
今しがたプチトマトを口に運んだフォークでまた1つ刺して、卯花さんの方に向ける。
「ええええっと!取りに行ってきます!!」
やっぱいじり甲斐があるねこの人。面白っ。
「お、お待たせしました……」
単に少食なのか、選手寮だからって遠慮してるのか、あたしを見守るのを優先したいのか、取り皿の上の料理は控えめ。
「……そう言えばホワイトデーのお返し、この前部屋の方に届けてくれましたよね?」
「あ、はい。寮長さんに預けたんですけど……」
「お礼、言えてませんでしたね。ありがとうございます」
「いえ、おれもバレンタインにもらいましたし……」
あの缶入りのクッキー、ちゃんと卯花さん本人からだったんだね。こっちからはコンビニのチョコだったのに、明らかにデパ地下とかで買ったようなやつ。市販品でも念の為手をつけてなかったんだけど、それなら安心だね。後で少し食べよう。
「あ、そうだ。卯花さん、連絡先交換しておきましょうか」
「うぇっ!?良いんですか……?」
「こういうことになったんですから、何かあった時にお互い連絡取れた方が良いですよね?」
「そう……ですね。確かに。そうしましょうか」
机から身を乗り出して、QRコードをスキャン。自然な形で連絡先を交換できたね。
そしてこうやって近づいたからついでに……
「あ、ケチャップ付いてますよ」
「え、ほんとですか?」
「じっとしててくださいね」
「え……?」
頬に付いてるケチャップを指で拭って、卯花さんのことを見つめながらわざとらしくゆっくり舐め上げる。
「ななななな……!!!」
「どうしたんですか?」
「い、いや、えっと……!」
ほんのかすかに残ったケチャップの色が目立たなくなるくらい顔を真っ赤にして、思わず席を立って距離を取る卯花さん。
「……あたしのこと守ってくれるんですよね?だったら、いつもみたいに逃げちゃダメですよ?」
その言葉に観念して、ゆっくり首を縦に振る。
いやーほんと面白い。やっぱり美少女に生まれたからには良い男を弄んでナンボだよね。昨日のことは当然ムカつくけど、そのおかげでこういう機会が巡ってきたのなら儲けもの。
純は肉親だから結構踏み込んだことしないといじれないんだけど、この程度のことでもこの反応ならやりようはいくらでもある。開幕までって話だけど、それまでは存分に楽しませてもらうよ。ケケケケケ……
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