第五十三話 ひずみ(7/9)
******視点:早乙女千代里******
「んじゃ、そろそろ球場行くか」
「おう」
寮の食堂で朝食を済ませて自主練開始。あーしも畔も、つい去年くらいまで練習日すら最低限も練習しなかったのに、今やオフの日でもこの調子。ちょっとくらいは身体を動かしとかないと経験値がリセットされるんじゃないかってね。
「……ん?」
「どしたの畔?」
「あれ……」
「え……?」
畔が指差した方では、意外すぎる面々がどこかへ向かってるとこ。鞠と月出里と……オーナーちゃん?いや、まぁ鞠と月出里はここ住みだからわかるけど……
「何でオーナーがここに……?」
「いや、というか何なのあのパーティ構成?」
「だよな。特に月出里の顔がやけに怖ぇし……何かあったのかもな」
オーナーちゃんが先頭に立って、それに鞠が俯き気味に付いていってて、最後尾で月出里が鞠の後ろ姿を思いっきり睨みつけながら歩いてる。
「っていうかあの様子だと、鞠が何かやらかしたんじゃない?」
「……まぁ鞠なら何かやっても……な」
「うん……まぁそうだケド……」
鞠は確かに色々と黒いとこはあるケド、そこまで酷いことはしない……と信じたい。一応、入団して以来ずっと友達だった奴なんだし。確かに財前さんもそう信じてたのに結局とんでもないやらかしをしちゃったケド、鞠までってことはないよね……?
「……ちょっと付いていってみる?」
「そうだな……鞠のやらかしだったら、ひょっとしたら俺らも関わりがあるかもな」
「それが一番怖いんだよねぇ……」
一応、あーしは犯罪になるようなことをした覚えはない。畔もあーしが知る限りではそういうことをする奴じゃない。どっちも寮の門限だの何だの、球団の決まりみたいな細々としたのは確かに何度か破ったことはあるケド。
……絶交だとしても、友達だった頃を考えたら悪く思いたくないし、不幸を願うようなこともしたくない。たとえ縁が切れても、その中で可能な限り幸せにはなってほしい。
ケドやっぱ、それならそれであーしらにも火の粉をふりかけてほしくない。薄情だと思われるかもしれないケド、あーしらはあーしらでこれからは真面目にやろうって決めたんだからね。
******視点:三条菫子******
大人しく事務所までついてきた桜井鞠。来るまでに逢にジロジロ見られてたのになかなかどうして、肝が据わってるわね。それを純粋にプレーに生かしてほしかったものだわ。せっかく能力があったのに。
……ま、本当に過去形にするかはこれからの話し合い次第だけどね。
「それでは三河さん、進行をお願いします」
「かしこまりました」
ウチの球団顧問弁護士の三河司さん。見た目からしてデキる女って感じの人。この緊急事態だからどうにか来てもらった。去年は大したトラブルもなかったのに、今年に入ってからは財前明の一件と言い、世話になりっぱなしだわ。
「さて、桜井選手。本日こちらにご足労いただきましたのは、本日早朝に発生した、同球団所属の月出里逢選手が暴漢に襲撃されたという事案についての聴取のためです。本日の聴取の内容は今後の事実関係の確認のため全て録音・録画させていただきますがよろしいでしょうか?」
「……はい」
「ありがとうございます。ではまず、あちらの方々に見覚えはございますか?」
「…………」
球団スタッフに囲まれてる上に逢に睨まれて部屋の隅で生まれたてのバンビちゃん決め込んでるチンピラ連中。容認を促すような目配せをしてるけど、肝心の下手人はいまだに沈黙を続けて首を縦に振らない。
「否、ということでよろしいですね?」
「はい」
「承知いたしました。では次に、こちらの資料をご確認ください」
配布されたのは数枚の書類。バンビーズのスマホに入ってたCODEのチャット内容の一部をプリントアウトしたもの。
「まだ完全には精査できておりませんが、あちらの方々のCODEの履歴を確認したところ、貴殿とのチャットと通話の形跡が確認できました。これについて何か弁明はございますか?」
「……脅されてたんです」
「と、おっしゃいますと?」
「私、前々からあの人達に付き纏われてて……それで、代わりを差し出せって……この球団、綺麗な子が多いから、それで本当に申し訳ないですけど月出里さんを……」
「チャットの内容は軽く一読するだけでも親しげな様子が伺えますが?」
「そういうふうにアリバイを作れって、そっちでも脅されてて……」
賢しいわね、この状況でよくこんな芝居を打てる。そんなことするメリットがバンビーズにはないけど、これだけじゃ証拠にならないのも事実。
「なるほど……では、こちらの動画についてはいかがでしょうか?」
「え……?」
事務所のプロジェクターから、再生された動画が投影される。これもバンビーズのスマホに入ってたもの。
さっき確認したのも含めて観るのは2回目だけど、まぁ観るに耐えない内容。カラオケボックスらしきところで、泥酔したのか昏倒する綺麗な女性に数人の男が群がり……つまりそういうことをして、傍にはその様子を嘲笑う桜井鞠の姿。筋骨隆々で比較的容姿の整った首魁らしき色黒の男と密に絡みながら。2回目で気づいたけど、女性の左薬指には指輪が嵌められてた。
「…………」
さすがにこれは青ざめて見つめるしかないわよね。
「こちらの内容もまたたとえ脅迫されてのアリバイ作りの一環であったとしても、法的にも社会通念にも著しく反する行為です。ですが当職は球団顧問弁護士という立場上、所属選手の名誉を守ることも職務としております。ですからこちらの動画内での言動が本当に自らの本意で無かったことであるとするのなら、貴殿の名誉と当職の職務のため、それを証明するに足る説明と証拠を要求したく存じます」
同じ女としてはらわたが煮えくり返るようなものだからか、三河さんの語気がどこか荒々しい。堅苦しい言葉を無理やり並べることで自分を落ち着かせてるような、そんな印象。
ま、どのみちバンビーズのスマホから粗方のデータを抜いたから見つけ出すのは時間の問題だったけど、三河さんの交渉に加えて逢にビビってくれたおかげで決定的な証拠がすぐに抑えられて助かったわ。
「……すみません」
「その謝罪はいずれに対してでしょうか?」
「その人達に頼んで、月出里さんに危害を加えようとしました。入団して丸4年経ってもなかなか一軍に上がれないのに、後輩選手が開幕一軍の有力候補になって、その、魔が差して……」
「あちらの方々とかねてより交流があり、球団内での競争相手に対して妨害のために襲撃を指示した。そう認識して間違いございませんか?」
「はい……すみません……」
しおらしくしてるけど、チャット履歴からしても選手としての保身だけとは考えられない。けどまぁ本心はどうあれ、言質は取れたわね。
「三条オーナー、以降の方策についてですが……」
「はい、それは後日にしましょう。まだまだ調査する必要がありますし、球団の運営方針にも関わりますからね。ただ、桜井選手。貴女にはひとまず正式な処分が決定するまでは寮での謹慎に加えて練習への参加も禁止とさせていただきます。自室から出る際には必ずスタッフ1名以上を同伴させますので、その都度寮長と連絡を取ること。よろしいですね?」
「はい……」
「では、ひとまず今回の桜井選手への聴取はこれにて終了とさせていただきます。桜井選手、自室へお戻りになって結構です」
「はい……」
録音と録画を終了。桜井鞠は静かに立って、出入り口へ向かう。けど……
「……ちょっと待ちなさい」
「?」
「これはあくまで独り言だけど……逢に何か言うことはないの?」
「……いえ」
「そう、ならとっとと出て行きなさい……これも独り言だから」
言われた通り、桜井鞠はスタッフ1人と一緒に黙って出ていった。
やっぱりそうよね。まぁ良いわ。直接の謝罪があろうがなかろうが、どのみち処分の内容が変わるわけでもなし。
……こうでも言っておけば、月出里逢の好感が買える。うん、きっとそう。そんな打算だから答えなんかどうでも良い。どうせ女の嫌な部分をとことん煮詰めたような奴なんだから、謝罪があっても本心じゃないのは見え透いてる。だからどうでも良い。どうでも良い、どうでも良い、どうでも良い……
「……三条オーナー」
「……!すみません、ちょっと白昼夢を……」
「大丈夫ですか?この後、あちらの方々との示談を取りまとめますが……」
「は、はい。大丈夫です……」
「すみちゃん、本当に大丈夫?」
「うん、平気よ」
……そうよ。どうでも良いのよ。私は私の目的が果たせれば……




