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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
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第五十三話 ひずみ(5/9)

 帰りに二軍球場に寄って少し練習してから、寮に戻った。

 通話相手を選択した状態のスマホを目の前に置いて、ベッドの上で一呼吸。目を瞑って、話し始めを軽くシミュレート。気持ちが落ち着いたから、スマホを手に取って……


「はわっ!?」


 びっくりした。発信ボタンを押そうと思った途端に着信。しかも相手はまさかの通話しようと思ってた相手、すみちゃん。


「……もしもし」

「あ、(あい)。急にごめんね」

「ううん……どうしたの?」


 まさかの事態で考えてた話の広げ方ができず、本当に当たり障りのない会話のキャッチボール。


「貴女、明日25日って誕生日よね?」

「え?そうだけど……覚えててくれてたの?」

「当たり前でしょ?友達なんだから」

「……!あ、ありがとう……」

「それでまぁあとちょっとしたら東京に戻らなきゃだし、貴女も明日オフでしょ?予定がなかったら一緒にどこか遊びに行きたいと思ったんだけど……」

「うん、大丈夫!……実は、あたしもそのことで今連絡しようと思ってて……」

「そうだったの?貴女の方から誘いたかった?」

「ううん。それよりもあたしの誕生日、覚えていてくれてた方が嬉しい」

「そう……それだけ喜んでくれるなら何よりだわ」

「えへへ……それとね、実はあたし、もう1つ伝えたいことがあって……」

「ん?何?」

「あたし、開幕一軍だって」

「……!本当に?」

「うん、監督から聞いた。それにスタメンショートにする予定だって」

「思ったより早かったわね」

「いつかはそうなると信じてくれてたんだよね?」

「当然。でもおめでとう」


 当たり前だよね。ずっとそう言い続けてくれたから、今のあたしがあるんだし。でも今は、その当たり前を噛み締めたい。


「一応自主トレはしておきたいから、お昼……12時くらいからで良いかな?」

「真面目ね、良い心がけだわ。そうしましょう」

「ありがとう。待ち合わせはどうする?」

「天王寺駅は行ったことある?」

「うん」

「じゃあ中央改札で良いかしら?」

「うん、大丈夫」

「まずはどこかでお昼食べて、その後は何する?」

「やっぱりカラオケとかゲーセンとか?服も見てみたいかな」

「良いわね。私もたまには思いっきり歌いたいわ」

「すみちゃん、なんか歌上手そうだね」

「あんまり人前で歌ったことないからどうかしらね?逢は?」

「音楽の授業、リコーダーだけは意外と得意だったよ」

「……覚悟しといた方が良いかしら?」

「大丈夫だよ多分。あたし、声も可愛いから」

「言うわねぇ……」


 他愛のない会話。家族以外でこういう話ができる人なんてなかなかいなかった。


「そろそろ寝る時間だっけ?」

「うん。美容のために早寝早起き。もうパジャマ着てるよ」

「私も。お互い、いつまでも綺麗でいたいわね」

「すみちゃんもなかなか言うね」

「……ここだけの話、球団買い取って初年度のアイドルまがいの売り込み、実はそんなに嫌じゃなかったわ」

「あたしもまぁ、息抜き程度なら嫌じゃないよ」

「貴女達選手はできるだけ練習に集中できるようにしていくからね」

「ありがとう。それじゃ、おやすみ」

「おやすみ」


 通話を切って、そのままベッドに寝そべる。歯磨きも済ませておいてよかった。今の心地なら、すぐにぐっすり眠れそう。

 今月に入ってあんなにバタバタしてたのに、ちゃんと覚えててくれたんだね、あたしの誕生日。だからやっぱりあたしって、あの人にとっての"特別"なんだよね?


「ふふっ……」


 人の命なんて、保ってたかだか100年くらい。お母さんを見てるとしばらくは安心できるけど、それでもあたしの可愛さだっていつかは失ってしまう時が来る。人の外は誰のせいなのか、時間を(せわ)しなく進め続けるばかり。

 だから人は誰かの中に居続けたくなる。気になる男の子をもてあそんで頭の中をあたしでいっぱいにしたら満たされるのも、きっとそれもあるから。あたしってば、気取ってるくせに随分な構ってちゃんだよね。

 ……ずるいな、すみちゃん。『気難しくてめんどくさがりだけど野球はできて可愛い』、そんなあたしに酔わせてくれないんだから。お父さんのことを考えたら、地位もお金もあって可愛い上級国民様なんて本当なら心底憎みたくてしょうがないのに、そんな隙も与えてくれない。きっとあの日、ただの打者と投手として勝負できたから、ドラフトの時も『施しなんていらねぇよ』って言わずに済んだんだよね?そうでもなきゃ、あの勝負によってもたらされたのは不幸ばかりになってしまう。


 やっぱりあたしはあの人の"特別"でいたいし、あの人を"特別"だと思いたい。たとえそれも本当は罪悪感を塗りつぶす口実だとしても。

 柳監督(ジジィ)の言う通り、なかなか祝ってもらえない日に生まれちゃったけど、今はそれでよかったと思える。お互いにとって"特別"の証明になるんだから。


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 3月25日、あたしのめでたき19歳のハッピーバースデー。


 此花区と言えば日本でも有数のテーマパークのあるとこだけど、選手寮と二軍球場があるのは、区の西の端っこにある人工島、しかもそのさらに西側のエリア。遊園地のついでに立ち寄るには効率の悪いところだけど、埋立地によるある工場とか物流センターとかだけじゃなく興行施設もある。

 それに、二軍の方では一足早く公式戦が始まってて、しかもオープン戦が終わった後から開幕までのこの期間であればバリバリの一軍の人が試合に出てもおかしくないから、人の往来は普段ならあってもおかしくない。

 でもあいにくと今日は月曜日。例に漏れずプロ野球はお休みの日だし、しかも平日。おまけに工場とかは東側のエリアに集中してるから、そういうお仕事関係の人も普段からこの辺には滅多に来ない。

 そして何よりあたしは朝が早い。長めのウォーミングアップを済ませた後でもスズメのさえずりがよく響いてる。他人と関わらないという点ではこの上なく好条件。球場の中でも別に不便はないけど、こういう日はなんとなくこの人工島を独り占めしてるような気分に浸りたくて、ランニングも外を走るようにしてる。選手寮と二軍球場の周りをぐるぐる回るのが、そういう時の定番のコース。


「よし……」


 軽い跳躍を挟んで走り出す。イヤホンを付けて音楽を聴きながら走る人もいると思うけど、あたしはしない派。デジタルデバイスは新しいもの好きなとこがあるからイヤホンを買うならワイヤレスイヤホンにしたいけど、走ってたらポロポロ外れちゃうし、バッティングで動作の1つ1つに神経を張り巡らせるようになってからは走る時も動作に集中するようになったしね。これも1つのマインドフルネスってことで。

 それに……


「!!?」


 昔色々あって、人を疑うどころか『人がいない』ってことすらも疑うようになったからね。美少女に生まれた以上、こういう苦労はしょうがないと割り切るしかない。

 物陰から突然現れた人影。先端が光る機械を押し当ててくるのをヒラリと躱して距離を取る。


「何で気づいたんや……?」


 食生活も普段の行いも滲み出た顔つきと、それを象徴するような趣味の悪いゴテゴテとした服装。いかにも深夜のコンビニの前でう■こ座りしてそうな感じの男の人。おまけに手にはスタンガン。あらゆる意味であたしの好みじゃないね。


「気配でモロわかりですよ、みなさん」

「「「「……!!!」」」」


 やっぱりね。別の物陰からさらに2人。片方は素手、もう片方は金属バット。揃いも揃って顔も服装も清潔感がなさすぎる。それと多分、あと2人くらいいる。


「で、何の用ですか?」

「ランニング中に悪いけど、お嬢ちゃんと遊びとうてなぁ」

「ランニング中じゃなくてもお断りです。果てしなく好みじゃないんで、生まれ変わって出直してきてください」

「ノリ悪いなぁ、嬢ちゃん。断れる雰囲気でもないやろ?」


 趣味の悪い連中が得物をあたしに向けて構える。


「あんまり抵抗せん方が嬢ちゃんも痛くないし、楽しめて得やで?」

「嬢ちゃんえらいべっぴんやからなぁ。可愛がったるさかい」

「お互い気持ちええ方がええやろ?なぁ?」


 この3人が(じゅん)とラッキースケベさんと山口(やまぐち)さん辺りなら多少は気分が乗るんだけどね。


「みなさんもやめといた方が得ですよ?通報とか面倒だし、今から帰るならなかったことにしてあげますよ?」

「……あんまなめんなやクソガキ」

「無駄足が嫌なら、ペンと色紙下さい。特別にサインしてあげますからお土産にどうぞ」

「減らず口が止まらんなぁ嬢ちゃん。ええ加減しばくど?」

「俺らもガキの使いやないんや。やることやらせてもらうで」

「ってことは、誰かの差金ですか?」

「知らんままならせめて野球は続けられるようにしたるさかい、大人しくしとけや」





「調子こいてんじゃねぇぞクソ野郎どもが」

「「「「「!!?」」」」」


 ほんと、『話せばわかる』って言葉ほどアテにならないものはないね。

 ごめんなさい、お父さん、お母さん。せめて正当防衛にはするから。


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