第五十三話 ひずみ(4/9)
******視点:月出里逢******
3月24日。オープン戦最終戦の日。ホームゲームで、相手はパンサーズ。
「1回の裏、バニーズの攻撃。1番ショート、月出里。背番号52」
「ぶちかませーちょうちょ!」
「今日は負けられへんでー!」
「チヤホヤされてる人気もんどもに目にもの見せたれー!」
いくら最終戦で、昨日負けた相手とはいえ、オープン戦でこの熱量。そりゃそうだよね。ウチにとっては準本拠地で、向こうも利用することが多いドーム球場での開催とは言え一応ホームゲームだって言うのに、観客の数で明らかに負けてるんだしね。
関西松鶴パンサーズ。主に関西の交通インフラに携わってる松鶴グループが経営し、兵庫県尼崎市にある高校野球の聖地・嚆矢園球場を本拠地とする、日本で2番目に歴史の長いプロ球団。しかもジェネラルズと同じリーグ・コンサバーに所属していて、今も昔も野球が盛んな関西の球団だから、その人気は国内でも1、2を争う。それどころか、最近のメジャーはチケット代よりネット配信で稼いでるところがあるから、観客動員数で見れば世界でも屈指の人気球団になってる。
野球という競技自体の人気がすごい関西だから、昔は他にもたくさんプロ球団があった。ヴァルチャーズなんかも実は元を辿れば関西の球団だったって話。それが、野球の人気低迷の影響もあって、今や関西の球団はパンサーズとバニーズのみ。でもファンの数もここ20年くらいの戦績もパンサーズの方が明らかに上。だから、リーグは別だけど、商売上では最大のライバルと言えるところ。
……ま、生まれも育ちも埼玉のあたし個人としては、そういうしがらみは関係のない話ではあるけど……
「ストライーク!」
「おいおいチビ!ビビっとんのか!?」
「でもあのチビかわええな。ウチに来たら速攻で人気者やで」
「雑魚兎にはもったいないよなぁ……」
「振旗もええ加減帰ってきたらええのに……」
すみちゃんに雇われてる身である以上、少しでも多くすみちゃんに稼がせてあげないとね。
「ボール!フォアボール!!」
「ナイセンナイセン!」
「こいついつも歩いてるな」
もちろん、無理のない範囲でだけど……
「!!走ったぞ!」
「くそ……!」
「セーフ!!!」
「こいついつも走ってるな」
「これでオープン戦盗塁王確定か?」
「開幕ちょうちょは固いな(確信)」
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今日のあたしは3打席でお役御免だけど、予定通り。2打数1安打1四球1盗塁でちゃんと結果も出してる。
「……アウト!ゲームセット!!」
「っしゃあああああ!!!」
「勝ちで締めや!」
「あれだけの選手がいてなぜ負けるのか(至言)」
昨日は9回が始まるまで8点差の酷い内容だったけど、今日は4-2で逃げ切り。
「逢!」
ベンチで隣り合って一緒にゲームセットを見届けた神楽ちゃんとハイタッチ。神楽ちゃんもリリーフとして1回をきっちり締めた。勝ち負けはあんまり関係のない試合だけど、その勝ち負けだってあたし達が頑張ったことで生まれた結果だからね。勝てればそれは嬉しいに決まってる。
「ヘイ、スダチサーン!オツカレサーンデース!」
「あ、キャロットさん。お疲れ様です」
今年からの新外国人のデーブ・キャロットにも話しかけられた。なかなかハンサムな中南米系の人。助っ人外国人らしくそれなりにパワーもあるけど、どちらかと言うと内野の守備が売り。
元々サードのポジション争いの相手だったけど、相沢さんの病気であたしがショートのレギュラー候補にシフトしたことで、オープン戦ではよくセカンドとかサードで連携を取り合う関係になった。あの財前がポリにパクられたし、この人も多分開幕一軍は固いはず。
「今日もナイスプレーデーシタ!3打席目なんて最高にクールなスラッギングデーシタ!」
「えらく持ち上げてくれますね。あたし、まだまだ一軍レギュラーとかじゃないんですけど……」
「それでもスダチサーンスゴイデース!一番最初の紅白戦でワターシ、スダチサーンの打球を捕り損ねマーシタ。実にエキサイティングな弾丸ライナーデーシタ!ワターシもスダチサーンのようなマッシブでパワフルなバッターになりたいデース!」
「ど、どうも……」
このオープン戦でも結果は出したけど、相変わらずホームランは全く打ててない。そんなあたしを"守備の人"とか"走塁の人"とかじゃなくこうやって認めてくれるんなら、困惑はしても悪い気はしない。好みじゃないけどなかなかハンサムだしね。
「…………」
桜井は今日も飽きずにあたしを睨んでる。誤魔化し通せてるつもりなんだろうけど、お見通しだよ。そういうのは慣れっこだからね。
「フッ……」
思わず鼻で笑ってしまう。むしろ同じ可愛い女の子に妬まれるのは心地良いくらいだから、お好きにどうぞってね。お仲間だった財前が無事クビコースに突入して、早乙女さんと相模さんも離れていったのに、全く懲りないねぇ。
「よう、月出里」
「監督?」
「ちょいと話がある。帰りがけでええから、監督室来い」
柳監督からの呼び出し。悪いことした覚えはないけど……
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「ようやく来たか」
「女の子には色々準備ってものがあるんですよ」
「年の功を舐めるな。そのくらいわかっとるわい」
人付き合いもめんどくさがりなあたしだから、駄弁りで無駄な時間を使うことはあんまりない。でも試合後のシャワーとスキンケアは絶対に欠かせない。だから柳監督を待たせたのも別に嫌がらせとかじゃない。
「まぁええわ。月出里よ。チーム事情で急遽ショートに移ってもらったが、ようやってくれたの。正直打つ方に影響が出るかもという懸念はあったが、杞憂だったようじゃの」
「そんなヤワじゃないですよ」
そりゃ確かにサードよりショートの方がしんどいけど、ショートもサードも打球が速かったり変なバウンドしたり忙しかったりするおかげで試合中に集中が保ちやすいんだよね。だから守備のミスを引きずるとかならともかく、守備で頑張った反動でバッティングが悪くなるっていうのが逆によくわからない。特に高校なんて守備でレギュラーにしがみついてた身だから余計に。
「去年の二軍戦後半、そして秋季リーグでの活躍に慢心することなく、今年の練習試合でもオープン戦でもしっかり結果を出した。もう言うまでもないかもしれんが、お前の開幕一軍は確定じゃ。開幕戦のスタメンショートもお前で考えとる」
「!!!ありがとうございます……!」
開幕スタメン……あたしが……
「開幕一軍の正式発表は開幕日の直前、つまり今年なら28日の木曜日じゃ。それまではチームメイトにも内緒にしとくんじゃぞ?」
「もちろんわかってますよ」
「……まぁどのみち、ワシより偉い人間には先に話を通すんじゃがの」
「?」
「月出里。プロ野球選手というのは誕生日に試合をやると観客にも祝福されるものじゃ。じゃが当然、公式戦の期間中がそうではない選手はその限りではない。不公平な話じゃの」
「まぁ……そうですね」
「じゃからせめて、お前の口から言ってやれ。あのお嬢様にの」
「……!」
そっか、そういうこと……
「フォッフォッフォッフォッ……ただでさえこの前まで財前の件で手を煩わせてしまって、シーズンに入ったら入ったで大学生活にも逆戻りじゃろ?今のうちにちょっとくらいハメを外さんとのう」
「……あの、ありがとうございます」
「気にせんでもええ。せっかくの機会なんじゃから、お互いに労わり合ってこい」
こういうところでは気が利く……ちょっとは見直した方がいいかな?
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