第五十二話 アタシも召し上がれ(3/3)
******視点:有川理世******
「ふんふふーん♪」
今の時代はホテルの部屋の中でも必要十分な作業ができますね。無線LANが通ってるのでPCもいじれますし、冷蔵庫もあるから自販機までの往復も最小限で済みますし。
氷室さんのツーシーム強化、司記ちゃんの平均球速アップ、そして早乙女さんの"フェイク"なる新変化球、さらに恵人ちゃんはカーブを習得。神楽ちゃんも球速が増して真っ向勝負の選択肢も取りやすくなってきましたしねぇ。今年のルーキーにしても、ハニーさんは前評判通り即戦力級のポテンシャルがありますし、何よりあの鋭利ちゃんは可能性の塊のような存在。投手陣のレベルアップが著しくて、データをまとめるのも分析するのも捗りますよぉ、でゅふふ……
「……ん?」
ワイヤレスイヤホンから流れる作業用BGMが中断されて着信。タッチ操作で通話モードに。
「もしも「有川ァ!」
「……真守ちゃん、人の話は最後まで聞いてください」
連絡はあると思ってましたけどね……
「チョコ届いたぞ有川ァ!」
「ああ、やっぱりそれですか」
「……ありがとう。早速一粒食べてみたけど美味しかったよ」
「急に沈静化しましたね……」
まぁ喜んでもらえたのなら何よりです。
「今日の試合は大変だったね」
「しょうがないですよぉ。みなさん不慣れなポジションだったんですから」
「常に多くの役割を求められる有川の価値がわかってもらえれば良いんだけど」
「ワ、ワタクシメは単なる器用貧乏ですから……」
「だけど今年は少し事情が違うかもしれないね」
「……冬島さんのこと、ですか」
「ああ……」
春季キャンプ始まってすぐに怪我をした冬島さん。元々はすぐ復帰できる見込みでしたが、思ったよりも状態が良くなく、開幕にも間に合わないかもしれない……
伊達さんは元よりフル出場はまず無理、真壁さんもここまで不調なので、現状メインでマスクを被る可能性が高いのは土生さんとワタクシメ。
「ですがちょっと申し訳ないというか……」
「競争だろう?きちんと自己管理して怪我を避けていつでも試合に出られるというのはプロとしての立派な強み。胸を張ってこのチャンスを活かせば良い」
「……そうですね。どこまでやれるかわかりませんが、やってみますか」
「……有川」
「はい?」
「キャッチャーは重荷になってないか?」
「何でです?」
「ずっとショートやセンターだった君がキャッチャーになったのは高校に入ってからだろう?」
「ああ、そのことですか……」
ワタクシメと真守ちゃんが通ってた高校はスポーツもそれなりに盛んでしたが、進学校は進学校。強豪校に対抗するためには真守ちゃんのピッチングが必要でしたが、キャッチャーなんてのは強豪校でも層が薄くて困るようなものですからねぇ。だからワタクシメが一肌脱ぐほかありませんでした。ですが……
「全く問題ありません。プロ入りできたのも『キャッチャーができるから』だったんですから。それに、真守ちゃんと勝利の喜びも敗北の悲しみも分かち合えたのも、真守ちゃんとバッテリーを組めたおかげです。今となってはキャッチャーじゃないワタクシメなんて考えられませんよぉ」
「…………」
「ワタクシメ個人のためだけならプロ野球選手でいられれば形には拘りませんけど、やっぱり真守ちゃんの分も頑張るためにも、"梨木真守とバッテリーを組んだ有川理世"としてできるところまではやってみたいって、そう思うんですよ」
「……ありがとう」
「でゅふふ、いえいえ。真守ちゃんも今年から4年生、お互いに勝負の年ですねぇ」
「ああ。そのことだけど、多分大丈夫だよ」
「え……?」
「この前、三条オーナーと話をつけてね。正式な採用じゃないけど、バイト程度の仕事をやらせてもらえることになった」
「ほんとですか!?」
「一種の採用試験らしくてね。結果を出せれば球団入り……それもデジタル方面でそれなりの役職を任せてもらえるかもしれない」
「すごいじゃないですか!おめでとうですね!!」
「卒論やら滑り止め程度に就活をやったりもあるけど、絶好のチャンスだからね。必ずものにして、僕もバニーズの一員になってみせるよ」
「でゅふふ……楽しみにしてますよぉ」
「ありがとう。それじゃおやすみ」
「はい。おやすみなさい」
通話を切って、いつの間にかキータッチが止まってた手を離して、天井を仰ぐ。
……良かった。真守ちゃんもバニーズに……
真守ちゃん、本当にプロ野球選手になりたがってましたからねぇ。本人は『プロでやれるほどのセンスがない』って言ってましたけど、厳しい家で生まれ育った人ですからね。『せめて安定した職に』ってことだと裏方しかないですよね。
それに、チョコも受け取ってもらえましたが……できることならもう少しその感想が欲しかったですねぇ。いくら手作りとかそんなのじゃないとは言え……
やっぱり帝大ともなると、単純に勉強ができる人だけじゃなく、素敵な女性もいっぱいいるんでしょうねぇ。ワタクシメのようなそばかす顔の地味なのよりもよっぽど。そうじゃなくても、よその人達だって真守ちゃんみたいな人を見逃すわけがないですし。それでもなおこうやって応援して連絡も取ってくれてますが、それも単にワタクシメの思い上がり、じゃなければ良いのですが……
……逆に期待通りなら、もう少しその辺考えて欲しいものです。ワタクシメだって一応女なんですから。
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******視点:雨田司記******
「ん……」
明日の登板に向けて、早めにベッドに入るけど、なかなか寝付けない。
一度ベッドを出て、冷蔵庫を開ける。中身は簡素なもので、自販機で買ったミネラルウォーターと、一粒のチョコだけ。秋崎が球団の男性陣に一斉に配ってた義理チョコ。大入りの箱に入ってたほんの一粒。
悔し紛れにできるだけそっちに目をやらないで、ミネラルウォーターを取り出し一口。
まぁ人気者としては正しい対応なんだけどね。ボクも去年に続いてチョコをたくさんもらえたのはまぁ光栄ではあるんだけど、秋崎とは相変わらず。
何もしないままじゃ何も起こらないことくらいはわかってる。ただでさえ人気者だって言うのに、今年は風刃という、そっちの意味でも投手としての枠という意味でも目の上のタンコブが出来上がってしまったんだから、何とかしようとは思ってるけど……
紅白戦一戦目の内容が評価されて、明日もまた先発の切符をもらえた。ローテの枠を争ってる最中でこれはありがたい。外野レギュラーの高齢化や相模さんのサード挑戦、有川さんが今年キャッチャー中心になるかもって見込みで、秋崎にも現状チャンスのある状況。
……氷室さんと徳田さんのようになれたら良いんだけどね。
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******視点:徳田火織******
部屋は程よく涼しくして体温が保ててると睡眠の質が良くなるって言うけど、今なんかまさにそんな状態だと思う。
照明を落とした部屋のベッドの上。もうあっくんは帰っちゃったけど、寂しさなんてない。それくらい、あっくんの感触が今でも身体の外にも中にもこびりついてて離れない。
元々男の人に抱かれるのが好き。身体を中から縦に真っ二つに割かれるようなあの感覚だけでもたまらない。アレを求めて、お金目的を気取りながら、男の人の悦ばせ方を一通り覚えたくらい。
そんなのを散々味わってきたのに、本当に好きな人とするのは格別だって、今更になって知った。思い出すだけでお腹の下の方が、何度も抉ってもらったのにまだ物足りないと言わんばかりに疼く。
自分より大きい身体に乗られて圧されるのは、単純に『重い』とか『暑苦しい』とかそんなのが先に来てた。けど好きな人とだったら、ただ触られるだけでもそこに温度を帯びながら溜まってたドロっとしたものが一瞬で身体中を駆け巡るような快感が走るから、全身の肌の密着も、程よくかかる体重も、ただただ求められてる実感として受け止められる。アタシを逃すまいとする剥き出しの本能を直に見られて、愛されてるという確信を得られる。十分満足できる大きさと形と硬さだったけど、そうじゃなくてもきっとアタシは満たされてた。
……明日スタメンじゃなくて良かった。あんなの、お金も何もかもどうでも良くなるくらい気持ち良いんだから。デキないようにはしたけど、頭にはもうすっかり消えない跡が残っちゃった。




