第五十二話 アタシも召し上がれ(2/3)
******視点:月出里逢******
バレンタインデーのイベントが終わって、他の人はもう粗方ホテルに引き上げたけど、あたしは球場に居残り中。不審に思われないように、たまに居場所を変えながら、手に持った箱をチラッと見たりする。
「……あ」
半分賭けみたいなものだったけど、目当ての人が見つかった。やっぱり片付けで残ってたみたい。
「!!す、月出里さん……!」
「お久しぶりです、らっk……卯花さん!」
球団スタッフだからイベントの日は多分いると思ってたら、本当に見つかった。いつぞやの"ラッキースケベさん"こと卯花優輝さん。
「え、えっと……お疲れ様です」
「お疲れ様です。今日はイベントの準備とかされてたんですか?」
「あ、うん。まぁ一応……試合も観てました」
「観てましたか……すみません、今日はイマイチで」
「そ、そんなことないですよ!埴谷さんのカーブに合わせて右に打ったタイムリー、良かったですよ!」
「ふふっ、ありがとうございます」
うーん……ってことは、朝からずっとこの球場にいたはずだよね?イベント中も列の整理とか警備とかでスタッフの人表に結構いたのに、何で見かけなかったんだろ?下手な選手よりも女の子が群がりそうな見た目してるから裏に引っ込んでたのかな?
ま、良いか。どっちみち無事会えたんだし。
「あの、よろしかったらこちらどうぞ」
「え……?」
手に持った箱を差し出す。言うまでもなく正体はチョコ。
「これ……」
「いつもありがとうございます。他の人には内緒ですよ?」
「ッ……!」
そっと近づいて、耳元で囁くように。予想通り、卯花さんの顔がみるみる赤くなっていく。
「あ、あの……まだ仕事残ってるんで、これで失礼します!」
そしていつも通り逃亡。でもちゃんと受け取ってくれた。
やっぱり男は普段はヘタレなくらいでちょうど良い。肝心な時だけ頑張ってくれたら十分。少なくとも節度のない猿よりはよっぽどマシ。それに、あたしは基本あたし以外信用してないから、あたしを守るのも基本あたしだけで良い。
渡したのはコンビニで買ったラッピングもしてない明らかに義理だとわかるくらいの物。今はそれくらいで十分だし、それくらいの物でも、きっとしばらくはあたしのことで頭がいっぱいになるはず。むしろそんな物で用が足りるから自尊心が満たされる。あたし好みの男に、あたしだけを欲しがらせる。可愛く生まれ育ったあたしの特権。優越感が半端じゃないね。これだから美少女はやめられない。
別にあの人を終着点として決めたわけじゃないし特別執着してるわけでもないけど、まぁ本当にこの人って人が見つかるまでは楽しませてもらうよ。弟も込みでね。
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******視点:徳田火織******
夜、ホテルの一室で一人、何度も鏡を確認。もう鏡を見なくてもヘアピンをいつもの位置にきっちり留められるようになったけど、今日ばかりは抜かれない。遊んでた頃と比べてお化粧も随分薄くなったけど、薄いからこそ誤魔化しが利きづらい。スマホのスリープ画面と鏡の間で、何度も視線を往復させる。シャワーももう浴びて、やり直しは利かない。
「……!」
約束通りの時間に、約束通り3回のノック。
「王様の耳は?」
「……中耳炎」
そして約束通りの合言葉。約束通り、ドアを開ける。
「合言葉、必要だったか……?」
「んふふ……密会感があって良いでしょ?」
部屋を訪れたのはあっくん。中に入れてすぐにドアを閉めて、すかさず抱きつく。
「いきなりだな……」
「嫌?」
「んなこたない」
そう言って、アタシを抱き返す。
「ただ……」
「ただ?」
「抑えが効かなくなるかもしれねぇから、その時は火織のせいにする」
「チェリーくんだと緊張しちゃうよねぇ〜?」
「……うるさい、ほっとけ」
今日散々他の女の子に触れてきた身体。気が済むまでアタシの身体を擦り付けてから、一緒にベットに腰を掛ける。
「はい、これ。ハッピーバレンタイン」
テーブルに置いといた包みをあっくんに差し出す。
「サンキュ、用意してくれたんだな」
「手作りにしたかったんだけど、場所が場所だし時期も時期だからね」
「まぁ職業柄しょうがないよな。開けて良いか?」
「うん、どうぞ」
包みを開けるといかにもな四角い缶。蓋を開けると輝く黒粒が綺麗に並んでる。バリバリの本命だから、手作りできない分、お値段はなかなかの代物。アタシは甘い物は特別好きじゃないけど、流石にこれは美味しそう。
「おお……!」
「早速食べる?」
「そうだな。でも時間が時間だから一つだけにしとくか」
「どれにする?」
「んじゃこれで」
「ん、それじゃあ……あーん」
「……おいおい」
「嫌?」
「んなこたない」
少し頬を赤らめて、それでも素直に開いた口に選んだチョコを運ぶ。
「ん、美味い。火織も食うか?」
「え?良いの?」
「どれにする?」
「えっと、これで……」
「じゃあお返しだな」
「……そういうことね」
今度はアタシが、あっくんが運んできたチョコを頬張る。
「確かに。これは美味しい」
でも、味よりも色々他のことで頭の中がいっぱいいっぱい。
「……ちなみに、ファンの子達からもらったのは?」
「んー、いつも通り。決まり通り市販のやつは確保してるけど、知り合いとか親戚とかにほとんどお裾分けだな。俺も普通に食うけど、流石にあの量全部は無理だ」
「毎年いっぱいもらってるからねぇ……」
「……ん?食べても良いのか?」
「別に?どうせ本命はアタシだし。むしろ去年までよりモヤってないくらいだよ?」
「ああ、やっぱ去年とか気にしてたんだな……」
「……気づいてた?」
「そら確かにお前の言うとおりチェリーだが、お前が思ってるほど俺は鈍感じゃねぇよ」
「つくづくアタシって隠すの下手だったんだね……」
「と言うかウチの球団で気づいてない奴いなかったと思うぞ?」
結構頑張ってたんだけどなぁ……
「まぁその上で待たせちまって悪かったな」
「ううん、しょうがないよ。去年はどっちも一軍で忙しかったんだし」
「誰と付き合うにしても、もうちょっと一軍でしっかり足場固めるまでは保留にするか迷ったんだけどな」
「慎重だねぇ。昔から引く手数多だったんじゃないの?」
「そうなんだが、何と言うか引く手数多すぎて女のドロドロしたもんを散々見てきたからな……下手に想いに応えたら刃傷沙汰になってたんじゃねぇかってことも珍しくなかったから、嫌でも慎重になる」
「今日もそんな感じだったよね。だからずっとチェリーのままで……」
「まぁそういうことだ……」
ほんと、色んな意味であっくんの苦労も知らずに妬んでたんだね、アタシ。
「……ねぇ、あっくん」
「ん?」
「ほんとにアタシで良かったの?」
今年の頭くらいの告白、まさかあんなにあっさり受け容れられるとは思ってなかった。というかまだまだ隠しとくつもりだったのに話の流れでそうなっちゃって、言ってから後悔したくらいだったのに、こんなふうに転ぶとはね。
「……『火織じゃなきゃ』、って言わせたいのか?」
「言わなくても良いよ」
そう言って、あっくんにまた抱きついて、唇を重ねる。
「態度で示すとこじゃん?」
「……経験者は手厳しいな」
「ごめんね、遊んでばっかりで」
「今は違うんだろ?」
「もうあっくんだけだよ」
「じゃあ十分だ」
今度はあっくんの方から。
「まだ煙草臭い?」
「気にしてたんだな」
「おかげで今でも禁煙パイポが手放せない」
「気にならないのか慣れたのかわかんねぇけど、態度で示せてるだろ?」
「そうだね」
わかりきってるあっくんの心臓の高鳴りを直に聞く。そこからもたらされる温度は、お金目当てで突き動かされて生まれたそれなんかとは比べ物にならないくらい、アタシを満たしてくれる。
もう長いこと使ってなかった、煙草とは別の使い慣れた箱をいくつか取り出す。いつどこで誰が相手でも良いように、種類は揃えてたからね。
「シャワー、浴びてきた?」
「ああ」
「良い子」
「茶化すな」
「付け方から教わりたい?」
「……一応頼む」
「ってことは、あっくんもシたいんだね?」
「ここまで持っていってからかうなよ……」
「ふふっ、ごめんね。チョコだけじゃなく、アタシも召し上がれ」
「ん……」
今日は大きな前進。最初はあっくんそっくりの男の子が良いけど、まだまだどっちも我慢。久しぶりにデキるだけでも今は満足。
初めての人は主に顔で選んだけど、次からはお金を優先にした。自分で言うのも何だけど、ただでさえそれなりに見た目が良いのにその上色んな男の人に手を出すから、まぁ女友達なんてのはロクに作れなかった。顔で選んで余計に妬みを買って面倒なことになるよりも、割り切った関係で色んな人に可愛がってもらって金額がそのままアタシの価値に直結する形の方が満たされるって気づいて、トシが近くて下手に顔も良い男はむしろ避けてたくらいだった。
そんなアタシだから、あっくんが好きになったのは内面からだって断言できる。どう考えてもこれから先面倒ごとが起こるのは目に見えてるけど、それでももうあっくんじゃなきゃ嫌だし……
「うん、なかなか立派」
「そ、そうか……」
あっくんのじゃなきゃ嫌、とも言わせてくれそうだしね。
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