第五十二話 アタシも召し上がれ(1/3)
******視点:徳田火織******
春季キャンプ13日目。休養日明けの1日目。全体練習が終わってから。
千代里さんとの約束通り、一軍キャンプの室内練習場に逢ちゃんを呼んで一緒に自主練。
「「…………」」
練習……というか実験の内容は、マウンドの千代里さんがストレートか例の新しい変化球を投げるから、アタシと逢ちゃんが順番に打席に立ってどちらを投げるかを見抜くこと。わかった時点でストレートなら右手、変化球の方なら左手を挙げるってことなんだけど……
「何でわかるんだ……?」
「んー、何となくです」
左右の打席でも見えやすさに違いはあるとは思うけど、それでもアタシはリリース後のボールのかすかな軌道の違いで見分けてるのに対して、逢ちゃんはリリース前にはもう見抜いてる。
「頼む、もう少しだけ見てくんね?それで本当にちょっとしたことで良いから、違いが何なのかわかったら教えてくれ」
「うーん……じゃあフリーバッティング形式にしてもらっても良いですか?立ってるだけだとあんまり練習にならないですし」
「……悪ィ、徳田。ちょっと休んでてもらって良いか?」
「まぁ良いですけど……」
逢ちゃんの要望通りの形式に変更して仕切り直し。
「ッ……!」
逢ちゃんの見抜きは当てずっぽうじゃないのを証明するように、まっすぐも変化球も両方全部ミート。流石に全部ヒット性ってわけじゃないけど、ここまで10球ほどで空振りはなし。見逃しは全部ボールゾーン。
「……あ、ちょっとわかったかもです」
「何!?何だ!!?」
「腕の振り……ですかね?スライダーがバレないようにっていうのかもしれないですけど、ストレートよりちょっと縦振りな気がします。そこでほぼわかるんですけど、テイクバック?って言うんでしたっけ?腕をこう引く時も微妙に縦になってる気がします」
(ほんとはもっと前から呼吸と拍子の違いで何となくわかるけど)
「……マジで?」
全然わからなかった。何でそんなのわかっちゃうの?
「これでも機械使ってもらってフォームにもかなり気を遣ってたんだケド……」
「別に人間の眼が機械に負けてなきゃいけない理由もないじゃないですか」
「そりゃそうだケドさ……」
機械よりも正確にピッチャーの動きを見抜く眼……か。アタシも直に見なきゃそんなのにわかには信じられなかっただろうね。まぁ逢ちゃんならできてもおかしくない感じはするけど……
「うーん、あーしとしちゃほんとにまっすぐと同じような感覚で投げてるつもりなんだケド、無意識でもやっぱ違いって出るもんなんだね……だからこそ、すぐには直せねーかもだケド……とにかく参考になったよ。ありがとな」
「いえ、あたしも良い練習になりました」
(ちゃんと去年のこと謝ってくれたし、去年の最後の試合で神楽ちゃんとメガネ坊やのフォローをしてたらしいから、まぁこのくらいは良いよね)
「月出里は明日スタメンだっけ?」
「はい、紅組で1番セカンドです。そういう意味でも良い目慣らしになりましたよ」
「なら何より。畔のレギュラー争いも絡んでるから手放しには応援できないケド、頑張りなよ」
アタシは紅組の2番ショート。入れ替わりにはなるけど、久々にまた逢ちゃんと二遊間を組む。どうも明日の紅白戦はレギュラーの不測の事態を想定してるみたいで、アタシ達だけじゃなく大体の人が普段守らないところを守る。
もちろん、ユーティリティ性を示すのもアピールとしては大事なんだけど、明日は正直アタシにとっちゃ試合よりも大事なイベントが控えてるんだよね……
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「ゲームセット!」
「や、やっと終わった……」
次の日の紅白戦。まぁ案の定と言うか、結果は両軍揃ってエラー祭りの馬鹿試合。でもやっぱり基本的にお客さんは点が動いた方が盛り上がる。それに宮崎までわざわざ来てるだけあって、不慣れなポジションでのグダグダもちゃんと理解してくれてたみたいで、ケチをつけられることもあんまりなかった。
「……火織さん、どうやってセカンドとショート守り分けてるんですか?」
「んー、何となく?」
どうも逢ちゃんはセカンドは苦手みたいで、記録に残らないのも含めて2回ほどミス。それに対してアタシは数少ないノーミス組。とは言え相沢さんが健在だから、結局レギュラーやるとしてもセカンドになると思うけどね。
「よし、出場組はお疲れさん。この後イベントがあるから、反省会などは後回しじゃ。すぐ準備するように。では解散!」
そう。今日は2月14日。イベントはバレンタインデー絡み。
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紅白戦をやった球場をそのまま借りて、イベントも開催。シャワー浴びたりお化粧直しをしてる間にスタッフさんが頑張って準備してくれたみたいで、アタシ達選手は席に座って対応するだけ。
「氷室くぅぅぅん!今年は開幕投手目指して頑張ってね!!」
「ありがとうございます!」
他の球団はどうやってるのか知らないからこれがスタンダードなのかはわからないけど、ウチの球団のバレンタインデーイベントはサイン会と握手会を兼ねたような感じ。
男性選手の方は抽選で選ばれたファンの人が直接チョコを渡せて、そのお礼にサインと握手をするっていう形式。もちろん、それとは別で直接ではなくてもプレゼントボックスに入れる形で目当ての選手にチョコを贈ることはできるんだけど……
「ちょっとアンタ。そんなの贈ったら氷室くんに逆に恥をかかせると思わない?アタシが代わりに贈るから、その当たり券、アタシがもらってあげるわ」
「え……?え……?」
「グズグズしてんじゃないわよブス。ほら、早く渡しなさい」
「あ、あの!やめてください!」
「ちょっと!何やってるんですか!?」
「うるさいわね!触るんじゃないわよハゲ!!」
「良いよなぁ氷室は。俺なんてせっかくもらったのにチョコに『氷室くんへ』って書いてたんだぜ……」
「そ、そうなんすか……何かすみません……」
あっくんとこの順番待ちの最後尾の方で揉め事。あっくんくらいの人気者になると、ああいうトラブルは毎年のようにあるんだよねぇ。まぁあっくんのファンってアタシとか綺麗どころの同性選手を目の敵にするくらいエネルギッシュな人も珍しくないから、あれくらいのことはやってもおかしくないよね。
「け、恵人くんからチョコもらえたりはできないんですか!?」
「え……?まぁ一応ホワイトデーもイベントやりますけど……?」
とは言え、ウチはファン自体はあんまり多くないけど"顔だけ枠"なんてのが定着してるように選手は綺麗どころが多いから、このイベントは毎年好評なんだよね。恵人くんのとことか男の人もめっちゃ並んでるし……
「はい、どうぞ」
「うおおおおお!ありがとうかおりん!!」
女性選手の方は球団が用意したチョコの箱にサインを書いて渡す形式。ホワイトデーは男女逆にして、同じようにするのが毎年恒例。
「ちょ、ちょうちょちゃん!開幕レギュラー目指して頑張ってね!!」
「はぁ、どうも……」
隣の逢ちゃんはあまりにも予想通りの塩対応。それでも定員割れしてないのは流石と言うべきか……
「風刃くぅん♪前の紅白戦のピッチング最高だったよぉ♪」
「十握くーん!笑って笑って!!」
「は、ハニー!開幕ローテ入り頑張ってね!」
「きゃーっ!ありがと♪」
ルーキーの子達のとこも盛り上がってる……けど、埴谷くんが女性選手側のスペースで対応してるのは別に良いのかな……?
「たっくん、ヴォーパルくんにお礼は?」
「ありがとー!」
そして向こうでは子供向けにヴォーパルくんが風船配り。
……アタシもやっぱり、最初は男の子が良いな。
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