第五十一話 ハリボテのヒーロー(5/5)
******視点:花城綾香******
紅白戦2戦目終了後、ホテルの食堂にて。
リリーフにとって連投はむしろ信頼の証……ですが、今回に限っては単なる『補習』。昨日の不甲斐ないピッチングがたまたまだったと証明できる機会を早速本日頂いたわけですが、またしても失点。結果、二軍降格。信頼されてるからこその『補習』だったというのに……
「山口さん、カーブ投げるようになったんすね」
「まだ練習中だけどね。もうちょっとフォームをストレートに近づけたいんだけど、夏樹さんはどうやってるの?」
「そうっすねぇ……」
食事の質にも、食事の摂り方にも、一軍二軍でさしたる違いはなし。とにかく早く平らげる方、会話しながらゆっくり摂る方と様々ですが、わたくしはいつも通り1人で静かにゆっくりと。幼い頃は揚げたパンの耳を夢中で頬張ってましたが、今はこうやってパンを手でちぎってから口へ運ぶ。
そうやって"今のわたくし"を作って、ここ数年はプロとして十分な活躍ができたと自負しておりますが、やはり落ちこぼれのわたくしではこのくらいが限界ということでしょうか?
バニーズは昨年ようやく最下位を脱出した上、若い選手が次々と台頭して上り調子。早乙女さんと相模さんも最近評価を上げてきてるのはわたくしとしても誇らしいことですが、わたくし自身はもはや……
「風刃くぅん♪今日の私のバッティング観てくれたぁ?」
「え?いや、今日の試合、結果しか知らないんすけど……確か桜井さん、タイムリー打ったんでしたっけ?」
「そうそう♪風刃くんも昨日すごかったし、一緒に一軍上がれると良いねぇ♪」
「あ、あはは……そうっすね……」
「ところで風刃くん、バレンタインデーに何やるか知ってる?」
「あ、確か紅白戦の後にイベントやるんでしたっけ?」
「うんうん♪風刃くんならきっといっぱいチョコもらえるよぉ♪」
「そうっすかね……?いやまぁもらえたとしても、基本食べない方が良いんじゃないっすかああいうの……」
「そうだね、市販のやつ以外は食べちゃいけない決まりだよ♪」
「ですよね。もらったとこでおれ、チョコ自体あんまり食べないし……」
「風刃くんは私の、欲しい?」
「あ……はい。まぁ……」
(断れねぇよ……)
「きゃーっ、嬉しい♪ファンの人達にも配る予定なんだけどぉ、球団が用意したやつだし、風刃くんには個人的に用意してあげるね♪」
「ど、どうも……」
一緒に食堂に入ってきた風刃さんと桜井さん。桜井さんの妙に近い距離感のせいか風刃さんが困惑してますが、助け船を出すべきでしょうか?純粋に野球に関することなら迷わずそうするべきでしょうが、一回り以上若い男女の間にしゃしゃり出るような真似は気分的に憚られますね……
「……!おーい風刃、こっちこっち!」
(助かった……)
「あ、すみません!おれ、夏樹さん達と食べる約束なんで……」
(チッ)
「そうなんだぁ……うん、それじゃあまた後でね♪」
夏樹さんが気を利かせてくれましたか。
わたくしが燻ってた頃の二軍は、桜井さんや財前さんのような方々の方がむしろ多数派で、わたくし自身も自分のことでいっぱいいっぱいでしたから、長いものに巻かれる方々を止めたりフォローしたりができませんでしたね。それが今では、高卒2年目の夏樹さんが率先してああいうことができるのですから、感慨深いものです。
……ですがそれでも、世間で英雄視されているプロ野球選手というのも、蓋を開けてみればやはり人間。『結果が全て』『全力プレー』『ストイックな姿勢』『勝負の世界』など綺麗事をモットーにしていても、本音ではやはり楽に流されたくなるし、情にも流されてしまう。異性に溺れすぎて堕ちていくのも珍しくない。実力主義であってもその不平等に折り合いがつけられず、嫉妬の念に駆られたりもする。
そもそもわたくし達は野球においての厳しい競争で生き残った一握りではあるものの、そのために勉学や、ひいては一般的な教養やマナー、協調性など、本来社会人になる前に学ぶべきものを学ぶ機会を犠牲にしてきた一面もあります。その上で、競争に勝ったことでエリート意識ばかりが肥大化しやすいわけですからね。だから、たとえ多少なり活躍した選手でも、引退後の再就職も球界絡みだったり、その水準にさえ満たせず退いた者は事業を興すなどハイリスクな生き方をせざるを得ない場合が多かったり、最悪の場合は反社会的な行為に走ったりそういった方々に加担するようになったりと、俯瞰視すれば英雄どころか一歩間違えるだけで危うい存在であるのも事実。
昔から体育会系は就職で有利とされてきましたが、コンプライアンスが厳しくなった昨今では、ハラスメントの温床としてむしろ煙たがられることも多くなった。球界OB・OGの中には昨今の選手をおとなしくなったと嘆く方もいますが、時代の流れを考えれば仕方のないこと。
かく言うわたくしもまた、早乙女さん達に手を差し伸べたことに対しての後悔の念が心のどこかにほんのわずかでもあるのは確か。真面目にやってるように見えるわたくしも、結局は"ハリボテのヒーロー"でしかない。それどころか、"ハリボテのヒーロー"であり続けるしかできない、というわけですね……
「あ、花城さぁん♪お隣、良いですかぁ?」
「あ、はい。どうぞ」
桜井さんがビュッフェを回り終えたトレーを持って隣へ。
「ここのビュッフェ、なかなか良いの出してますよねぇ♪」
「そうですね。この球団のように比較的女性選手の多いとこだと助かりますね」
不躾を承知で、桜井さんのトレーに少し目をやる。
取り皿の内容はわたくしのそれと似通ってますね。肉類など高カロリーのものもありますが、ヨーグルトやサラダ、スムージーなど、スポーツ選手としてのエネルギー補給も最低限しつつも栄養バランスに重きを置いたチョイス。そして何より盛り付け方が上品。こういうところでは気が合いそうなんですけどね。
「ところで花城さぁん。ちょっと相談があるんですけどぉ……」
「……?何でしょうか?」
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******視点:徳田火織******
「ふぃーっ……」
晩御飯後の自主練を終えて、ホテルのラウンジで一服……と言ってももちろん禁煙パイポ。もうとっくにニコチンは口寂しくなくなったけど、こっちが逆に癖になって良いんだか悪いんだかって感じ。多分こういう柑橘系の風味で上書きしたいっていう強迫観念みたいなのもあるんだろうけど。
晩御飯も練習の邪魔にならない程度にしたけど、練習量は去年までより控えめ。去年、夏くらいに急に成績がガクッと落ちたからね。今年はペース配分を重視する方針。
「……よう」
「あ、どうも……」
野球をしてない時に千代里さんに話しかけられるのは久々。
「今ちょっと良いか?」
「はい……」
缶のブラックコーヒーを1本持って、アタシの隣に。
「……悪かった」
「え……?」
「お前をずっとハブにしてたの。一応お前だって友達だったのに、言い分も聞かずに一方的に……」
「あ、いえ……千代里さんも、ですか?」
「『も』?」
「同じこと、昨日は相模さんに謝られて……」
「……畔、言ってくれりゃ……」
呆れて頭をかく千代里さん。
「あの、どうして今になって……?」
昨日の試合で打ち取って気分が良くて、とかじゃないよね?
「ホントなら去年の内に言うべきだったんだケド……まぁあーし等にも意地があったからね。財前さんと鞠に縁切られたから、ちょうど良いきっかけになった」
「……やっぱりそうだったんですね」
去年の最後の方からそんな感じしてたからね。
「日和ってるみたいでダセェケド」
「野球観てる側からしたら、掌返しなんていつものことじゃないですか」
「……ほんそれ」
「それに、自分にとって悪い方から良い方にだったらむしろ気分良いじゃないですか」
「……そうだね。あーしも去年そういうのを味わえた。"期待はずれ"から元通りになった程度でも悪くないもんだね」
「でしょ?」
「ぷっ……」
お互いに顔を合わせて、久しぶりに少し笑い合う。
「あ、ところでさ。ちょっと1つ頼まれてくれね?」
「何です?」
「休養日中に月出里と話したいことがあってさ、間に立ってくれね?」
「逢ちゃんに……」
「昨日の試合であーし、新しい変化球投げてたっしょ?」
「ああ、あのスライダーっぽいの……」
「アレを一番見破れてたのアイツだったからね。どうやったのか、投げ込み再開するまでに聞いときたい」
「ああ確かに」
それはアタシも知りたい。去年シーズン中に二軍で何があったのか、本当にバッティング良くなったからね。
「陰でとは言え、散々バカにした相手にそういうの聞くのは色々気まずいしねぇ……」
「あ、それ逢ちゃん知ってますよ?」
「え……?」
「遠目からその様子見てて、キレて千代里さん達に殴り込みに行く寸前だったんですよ?」
「何でお前がそれを……?」
「止めたのアタシですから」
「……マジか。悪ィ……」
「逢ちゃん、キレるとほんと何するか想像付かないから、今後は気をつけた方が良いですよ」
「そうするわ。ああ見えて腕っぷしゴリラなんだってね……月出里にも詫び入れとくか」
「その方が良いかもですね」
正直に言えば、今のアタシにとってはあっくんが中心だから、千代里さん達との和解は今更どうでも良いんだけどね。安全が確保できるのは良いことだけど、元々相模さんと千代里さんはあの中じゃ話せばわかる方の人達だったし。面倒なのは他のあの2人だけど、面倒だからこそ和解もしたくないと言うか……
アタシが尻軽だったからって散々アタシとタダでシようと迫ってきた財前さんもさることながら、もっと厄介なのは……




