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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
317/1162

第五十一話 ハリボテのヒーロー(3/5)

「ファール!」

(よし……!まず初球は凌げましたね!)


 花城(はなしろ)さんは揺さぶりも面倒だが、特に俺みたいな左にとってはこのストレートも地味に厄介なんだよな……球速は130中盤かそれ以下くらいでも、左のサイドスロー。しかも他のピッチャーよりも背中がよく見える構えからトルネード気味のフォームでリリースポイントもギリギリまで隠してくるから、思った以上に球が来る。


「…………」


 そして花城さんは投球テンポが遅め。じっくり間を取ってから投げるタイプ。

 まぁ一般的にはバックが守りやすいとか観てる側の都合とかでテンポは早い方が良いってよく言われるけど、明確な正解はない。絶対的な球の威力よりも駆け引き重視の投球なら、こういうのも武器の一つになり得る。


「ボール!」


「よーし!よう見た!!」

「さすがにあんな高めはなぁ……」


 ただ、今日の花城さんはあんまり制球が良くない。ストレートを2つ続けたのも、どうせ甘く入る危険性があるならまだ球威を確保できた方が良いってとこだろうな。


(さて……次の1球はターニングポイントになりそうですねぇ)


 有川(ありかわ)からのサインがなかなか合わない様子。何度も首を振ってる。


「タイム!」


 一旦打席から離れて軽く素振り。俺としても次の1球は勝負どころだからな。追い込まれるとかなりキツイ。まっすぐか変化球か、どっちもあり得る場面。どっちに絞る……?


「プレイ!」


 ……そもそもどんだけ迷ったって100%の正解が見えるわけじゃねぇ。まだ前に飛ばせてない安牌のまっすぐに絞る!


(かかった……)


 ッ……!


「ファール!」


「あっちゃあ……打ち損じたかぁ……」

(命拾いしましたわね)


 けどまぁ、ストレート待ちが無難だったっぽいな。内に食い込む速いシュート。振り遅れないように早めに振り出したおかげで凡退だけは避けられた。

 しかしまずいな。追い込まれちまった。外流すのは得意だが、内警戒もしつつってのはなかなかしんどい。


「ファール!」


「よしよし!よう粘った!!」

「アヘ単の割にようやっとる」


(……決まりませんでしたわね)


 浮いた分……だな。もう少し低かったらヤバかった。


(カウントには余裕があります。外スラ、外しちゃいましょう)


 !!!曲がった……


「……ボール!」


 あっぶね……どうにかスイング止まった。いや、それより……


「ストップストップ!」


 本塁突入を目論んでた秋崎(あきざき)を止める。さすが有川。あんだけ外れたスライダーでも何とか前で止めた。まぁそんなの振ろうとした俺は大概だけどな……


「あっぶね〜……」

「どっちにとってもな」


(申し訳ございません……)

(良いんですよぉ、花城さん。甘く入るのはNG、今ので正解なんです)


 全く、格好つかねぇぜ。正直、今日の花城さんは明らかに不調。なのにこんだけ手こずって。月出里(すだち)の方が期待されるわけだ。


 俺達から距離を取った徳田(とくだ)と、俺達にバカにされてた月出里(あのチビ)が成り上がっていくストーリー。チープだけどそういうのが世間様の望む展開なんだろうな。これでも俺は一時期、千代里(ちより)以上に世間で騒がれた"嚆矢園のスター"だったのに、今じゃ良く言えば"縁の下の力持ち"、悪く言えば"ピエロ"とか"噛ませ犬"ってとこ。

 ……ま、そんな立場は結局のところ自業自得。それは去年で痛いほど理解した。


 でもよ……


(今度こそ決めてみせますわ……!)


 "噛ませ"には"噛ませ"の意地があるんだよッッッ!!!


「「!!?」」

「ッ……!」


 ストレート待ちの分思いっきり泳いだが、それでも右腕一本、スライダーに届いた!ショートの相沢(あいざわ)さんが跳んだが……


「……しゃっ!」


 ギリギリ届かず、レフトの前に落ちた。走りながらでも思わず声が出た。ガキの頃、樹神(こだま)さんに憧れてアホみたいに流し打ちばっか練習してた俺をなめんなってんだ……!


「セーフ!!!」


「おっぱい帰ってきた!」

「同点!同点!」

「ナイバッチ相模!」

「それでこそ"アヘ単キング"や!」

「このまま逆転したれー!」


 全く、不名誉なあだ名をつけられたもんだぜ。けどこの状況で空気読まずに扇風機決め込むよりはマシだろ?俺は俺の役割を全うした。できれば長打で千代里を勝たせてやりたかったが、半端者らしくこのくらいで満足させてもらうさ。


「2番ショート、桜井。背番号39」


(まり)ちゃーん!」

「お姉様ー!踏ん張れー!!」


 それに、次は鞠なんだしな。


「ボール!」

「ボール!」

「ファール!」

(くっ……!)


 やっぱり鞠にとっちゃ、ああいうタイプはカモだな。左の技巧派にはとことん強い。


(まぁ純粋に打ちにいってもヒットになる確率は十分あると思うけど……)


「ボール!フォアボール!!」


「満塁!満塁!」

「よう繋いだ鞠ちゃん!」


「みんなぁ、ありがとぉ♪」

(どうせ勝ち負け関係のない試合。向こうがボール球ばっかなんだから、より確実に出塁した方が私の役割的にもポイントが稼げるわよねぇ)


 打ちにいかなかったか……鞠らしいと言えば鞠らしい。


「紅組、選手の交代をお知らせします」


 え……?


「ピッチャー、花城に代わりまして、カリウス。ピッチャー、カリウス。背番号47」


「お姉様下げるのかぁ……」

「まぁ本番だったら当然だけどなぁ」


 本来のクローザーのカリウスを出すのか……最後の最後に最悪引き分けでっていう流れにしたのは一軍レギュラー組のプライドを優先したのか、それとも……


「花城さん……」

「大丈夫ですよ有川さん。こうなったのはわたくしが至らなかったためです」


 いずれにせよ、花城さんの立場が危うくなっちまったことは確か。そして俺がそれに加担した側であるということも。純粋にプロとして見れば立派な『恩返し』と言えるのかもしれねぇけど、やっぱりモヤるもんはモヤる。


「3番ライト、森本(もりもと)。背番号24」


「二塁ランナー俊足だぞ!」

「シングルでええんや森本!」

「決めたれー!」


 クローザーとは言え、左相手に左キラーの代わりで右が登板ってのは一見するとおかしく見えるが……


「ッ……!」

「セカンド!」

「……アウト!スリーアウトチェンジ!!」


「ああ……あっさりやられちまったなぁ……」

「まぁカリウスが急に出てきたんならしゃーない」


 左の懐に入り込んでバットを何本もへし折ってきた、カリウスご自慢のカットボール。アレがあるからカリウスは左相手の方がむしろ抑えられてる。


「ゲームセット!!!」

「ご覧頂きました一戦は、3-3で規定により引き分けとなりました。本日のご観戦、誠にありがとうございました」


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