第五十話 ぼんやりとした正解(7/7)
「……どうすれば良いですかね?」
「そうだなぁ……バッティングの方向性を先に決めとくとか?」
「バッティングの方向性?」
「例えばよくあるのだと、基本はセンター返し、インコースはレフト方向、アウトコースはライト方向とかそんなん。逢はどんなふうに意識してる?」
「……うーん、たまにホームランだけを狙ってみたいなことをしますけど、いつもは相手の球を見極めるのと、ちゃんと練習した通りのスイングを再現するのでいっぱいいっぱいですから、バッティングの方向性とかは視えたイメージ次第……ですね」
「つまりはバッティングを実質0から組み立てるようなもんか。だったら尚更、基本的な方向性は決めといた方がいいかもな」
「昴さんはどんなふうに意識してるんですか?」
「オレは一番尊敬してるウェザ様を参考にしてる」
「ウェザ様……リンゴ・ウェザニアックですか?」
「そうそう。なんせ"世界で一番良い選手"だからな。だからオレはあの人に倣って、外野の間を抜くことを意識して、変化球は左中間めがけて引っ張って、速い球は右中間に流すようなイメージで打ってる。もちろん常にそれを忠実に守れてるわけじゃねーけど、そういう『ぼんやりとした正解』を持ってた方が考えるのも楽じゃねーか?」
「『ぼんやりとした正解』……」
「図工で絵を描く時だってさ、まずは鉛筆で下書き書いたりしただろ?アレみたいなもんだよ。ペンでいきなりバシッと完成した絵を描けたら確かにカッコいいけどさ、別にバッティングで無理にそんなのを求める必要はねーだろ?まずは何となくこういうバッティングをしたいっていう型を作っておいて、そこから相手の球に合わせたり、自分のスイングのダメなとこを修正していく。その方が、動作の1つ1つ細かいとこから組み立てていくより楽だと思うんだよな」
昴さんは普段があんなんだから、世間では良く言えば"天才"、悪く言えば"アホの子"と思われてるけど、やっぱり超一流は超一流。
「……昴さん」
「ん?」
「"メスゴリラ師匠"って呼んでもいいですか?」
「ガハハハハ!"師匠"か!そりゃいい……って誰が"メスゴリラ"やねん!お前の方がよっぽど"メスゴリラ"だろうが!!」
「あたしは可愛いからセーフです」
「ムキーッ!オレだってクールでビューティフルだっちゅーねん!!」
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考えてみれば、その辺も"あたしの中のあたし"に頼っちゃってたよね。視えるイメージをなぞればそれで良いって。その方が考えることが少なくなって、すみちゃんに教えてもらった『シングルタスク』とかそういうのに適ってると思ってた。
でもどうもこっちの方がいいみたい。提案に乗るばかりじゃなく、こっちから提案を出す方が。
今回の早乙女相手の場合は、ストレートは右中間、あの謎球とスライダーは左中間に持っていくイメージ。あたしがそうやって打つ姿を最初から何となく思い浮かべてると、打つ瞬間のイメージもそれに近いものを視せてくれる。おかげで、フォームの良し悪しを前よりは気にしなくても大丈夫になって、その分を相手の見極めに回せるようになった。
(くそっ、あとワンナウトをどこまでも遠くしてくれる……!)
こんな感じで……!
「……レフト!!!」
「しゃあああああ!!!」
「いったあああああ!!!」
イメージ通り、内側に入ってきたあの謎球をレフト寄り左中間に……
「おわっ!?」
「と、十握さん!!?」
背走してた十握さんが、着地したボールを捕る前に転んだ。佳子ちゃんがカバーに入ってるけど、思い切って……
「!!ランナーサード突っ込むぞ!」
「バックサード急げ!!」
(させないよ、逢ちゃん……!)
勝負ッ!!!
(ぐ……ッ!)
「セェェェェェフ!!!」
「「「うおおおおおッ!!!」」」
「ほんま速いなちょうちょ」
「兎の左三キ爆誕やな」
「おっぱいミサイル惜しかったなぁ……」
危なかったけど、相模のタッチがちょっともたついてどうにか間に合った。リクエストなしなんだからちょっと無謀だったかもね。
でも、やってやった。今日は長打2本。しかもセカンドツーベースとかレフトスリーベースとか、何か珍しいのばっか。守備はメガネ坊やが張り切ったからあんまりやってないけど、すみちゃんは満足してくれるかな?




