第五十話 ぼんやりとした正解(5/7)
******視点:早乙女千代里******
「白組、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、三波に代わりまして、早乙女。ピッチャー、早乙女。背番号17」
「締めはギャル子が投げるんやな」
「先発候補には入っとらんのか」
「まぁ左のリリーフあんまおらんからなぁ」
クローザーかぁ……まぁもしやるとしたら、中途半端な中継ぎよりは良いかな?投げるタイミングがある程度わかりやすくて準備しやすいし。
と言っても、やっぱりピッチャーやってる以上は先発をやりたいと思うのが普通。去年の成績見たらそりゃこっち方面で期待する気持ちはわかるし、そもそも一昨年までの立場考えたら期待してもらえてるだけ遥かにマシだしねぇ。
「9回の表、紅組の攻撃。7番ショート、相沢。背番号3」
やりたいことやるのなら、地道に結果出していくしかない。
「ファール!」
「147……うーん、まぁまぁか?」
「早乙女はスピードもあるけど、左でノビがあるのが強みやからな。このくらいでも十分やろ」
そういうこと。先発やるとするなら、まっすぐのスピードばかりに頼ってられないからね。それに、今日の登板で一番確かめたいのはまっすぐの出来栄えじゃない。
「ボール!」
「ストライーク!」
(曲がりのでかいスライダーをバックドアで、か。これくらいなら何とか対応できるな)
先発やるのなら緩い球が欲しいとこだけど、カーブとチェンジアップは投げれてもストライクにてんで入らないから使い物にならない。このスライダーを変化量重視にしてるのはまっすぐとの緩急をつけるための苦肉の策。
そしてスライダーをカーブ感覚で使ってる以上、他に速くて三振が狙える球が欲しいところ。だから秋のキャンプではスプリットを改めて使えるようにしたかったんだケド、元々投げるの自体得意じゃないし、あんまりスプリット投げてるとまっすぐとスライダー投げる感覚を指が忘れちゃうんだよね。
というわけで、スプリットはやっぱり封印。代わりに……
(ストレート……いや、これは!?)
「ストライク!バッターアウト!!」
「え?何や今の球?」
「スプリット……ちゃうよな?」
「スライダーっぽかったけど……」
いわゆる真っスラ……ってやつかな?あーし自身も実はよくわかってないんだケド。
何せさっきの球は世の中にある色んな球種の中からこれっていうのを選んで習得したわけじゃないんだよね。難しく言えば、『目的』から『手段』を得た……っていうよりは、『手段』から『目的』を導き出したというか……
「8番キャッチャー、有川。背番号0」
(何やら新しい球種を身に付けたようですねぇ。もちろんワタクシメとしては結果を出したいところですが、キャッチャーとして、ファンとしては見極めるのに専念したいですねぇ。でゅふふ)
あーしが求めたのは、『まっすぐやスライダーと同じような感覚で投げられること』と、『できるだけまっすぐと錯覚させて空振りが取れるようにすること』。この2つだけ。
その辺をコーチやトレーナーと相談した結果、行き着いたのはトラッキングシステムってやつの活用。投手からの視点と打者からの視点じゃ全く違う投球の軌道を客観的な視点で測定して、スライダーをまっすぐに似せて投げる方法を模索した。
「ストライーク!」
(まっすぐ……いつもながらキレてますねぇ)
その答えがこれ。直前に投げたまっすぐをそっくりそのまま再現する感覚だケド、投げ方を微妙に変える。
(!!もう1球同じコースにまっすぐ……!?)
「ストライーク!」
「おいおい、どこ振っとんねん……」
軌道だけじゃなくフォームやスピードもまっすぐに近づける。ただひたすらそれだけに特化。一般的な変化球の良し悪しの基準である『変化量』とか『キレ』は二の次。『コントロール』も細かい部分はいらない。ただひたすら、ピッチトンネルに特化。
「ストライク!バッターアウト!!」
(見極められない……!じっくり見てたら、スイングが間に合わない……!!)
「二者連続!」
「やるやんけギャル子!」
騙せればそれで良いわけだから、トンネルポイント……つまり、変化し始めてまっすぐとの軌道の違いが出てくるポイントから先はどう変化しても別に構わない。本当はピッチトンネルの考え方ではトンネルポイントの具体的な位置とか変化量とかも重要らしいけど、できないことよりできることを優先。曲がり方を気にしないって点では、ある意味ナックルを投げてるような気分。
だから、あえて名前を付けるとするなら、"シェイク"をもじって"フェイク"ってとこかな?
「9番サード、月出里。背番号52」
びっくりするほど三振しない奴が来ちゃったケド、むしろ好都合。この"フェイク"が実戦でどれくらい使えるか、お前でも試させてもらうよ。




