第五十話 ぼんやりとした正解(4/7)
(初球フォーク……ん?)
「ストライーク!」
「おっ、低めいっぱいか」
「今の何や?ちょっと沈んだっぽいけど……」
よし、想定通り……!
(何となく回転の仕方でフォークっぽいと思って見逃したのに、思ったほど落ちなかった。今のってもしかして……)
お察しの通り、今のはさっき決め球で使ったフォークじゃなく、握りを浅くすることであえて落差を小さくして、その分制球を重視したカウント用のフォーク。
「ボール!」
カーブは外れたか……しょうがない!
(また来た……!今度は……ッ!?)
「ファール!」
(落差は噛み合ってたから1球目と同じはずなんだけど、さっきと少し球筋が違う……?)
今のもカウント用のフォーク。ただし、少しスライド気味にした1球目とは握りを少し変えて、今度は逆にシュート気味に。
あっしは高校で伸び悩んでる時にあらゆる変化球を試した。でも結局メインで使ってるのはその内のほんの一部、自分に合ってると思ったのだけ。カーブ系はずっと使ってるけど、高校からはフォークもよく使ってる。サウスポーと言えばフォークよりチェンジアップが主流だけど、元々上背はそれなりにあって、一般的なサウスポーと比べてオーバースロー寄りだからか、チェンジアップよりフォークの方があっしには向いてるっぽいんでな。
それに何より、フォークは他の球種と比べて基本的な投げ方はシンプルだから工夫の余地が多い。握りの段階で縫い目のどこに触れるかとか、リリースの瞬間に何を意識するかで簡単に個性が出せる。握力は大したことないからシンプルに強力な魔球は投げれないけど、相手に応じて細かい調整をするのが持ち味のあっしにとっちゃそういう利点はありがたい。
「むっ……!」
「ファール!」
「かろうじて当てたか……」
「あんな大振りやのによう当てるな……」
全くだよ。カウント用のフォークの存在を知った以上、見逃し三振を避けるためにも、追い込まれてても決め球のフォークもスイングしにいかなきゃいけない。そういう状況に追い込んだってのに、当てられちゃ世話ねぇ。
(神楽ちゃん、それでも続けましょう)
有川さんの言う通り、続けるしかないわな。いくらまっすぐも磨いたと言っても、この人相手はちょっと怖すぎる。
「う……!?」
「ボール!」
しまった、叩きつけちまった……!
(フォークは投げ方自体はシンプルですが、強く握った球をタイミング良く抜いて投げるというのは神経使いますからねぇ。ほんのちょっと加減を間違えただけで想定外の軌道へ行ってしまう)
ただ、ボールカウントにはまだ余裕がある。
(徹底あるのみ、ですね)
そうっすね。下手に工夫した上で裏目に出る方が悔いが残る。
******視点:十握三四郎******
うーん。年寄りじみた感想になっちゃうけど、若いのに渋い投球をする。フォーク1つでこれだけ幅のある投球ができるなんて、年下でもやっぱりプロの先輩だね。
「十握ー!ルーキーなんやから背負いすぎんなやー!!」
「落ち着いて繋いでけー!」
「変化球ばっかなんやからコンパクトにコンパクトに!」
……『チビだから』よりは『ルーキーだから』って枕詞の方が気を遣ってくれてる分まだマシだけど、それでもやっぱり侮られたくないって気持ちが湧いてくる。
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小学生の頃からずっと平均以下の背丈のチビだった。それでも、打球を誰よりも遠くに飛ばすのが何よりの楽しみだった。
けどやっぱり、野球に対して悪い意味でのスマートさを求める大人はどこにでもいるもの。
「十握!そんなふうに振れなんて教えてないだろうが!!転がせば良いんだよ転がせば!飛ばしてもフライならその時点で終わりだが、転がせばエラーなりで何かが起こる可能性がある!!」
監督からもしょっちゅう大振りを咎められた。
「三四郎、それで良いんだ。身体の小さいスラッガーなんてプロどころかメジャーにだっていくらでもいる。身の丈に合わせてばかりじゃ、それこそずっと大きくなれないままだぞ」
それでも、父さんの言葉を信じた。今の僕なら『相手の弱さに媚びるような打撃結果なんて何も誇れない』って自分の言葉で反論できるけど、幼かった僕にとっては、とにかく自分の何となくに寄り添ってくれる言葉に縋るしかなかった。
「十握。お前には4番を任せる。ガンガン点を稼いでくれよ」
「はい!ありがとうございます!!」
でも、ある意味皮肉な話だけど、良い方向に転がった。高校入ってすぐにチームの4番を任された。
「うぉっ!?なんやあのチビ!!?」
「スイング速……」
「あれが1年かよ……」
そしてすぐに結果を出せた。
2年までに嚆矢園に2回行けた。『導けた』とまで誇張するつもりはないけど、それでも、力にはなれたつもり。
「ストライク!バッターアウト!!」
「えぇ……どないしたんや三四郎……?」
「ここんとこ全然やなぁ……」
「やっぱチビにはこの辺が限界なんとちゃうか?」
だけど肝心の3年で大スランプ。今までずっと周りを見返し続けられてた分、初めての大きな挫折だった。高校出てすぐプロに行くつもりだったけど、すっかり自信がなくなってしまった。
「ホワッツ!?」
でも、結果的に大学に行って良かった。初めて帝国を代表する立場で世界の舞台で戦えたし、プロと勝負する機会にも恵まれた。
「いやぁ、さすがは尾鷲やなぁ」
「俊足強肩好守強打、ペンギンズとかパンサーズ辺りが狙ってるらしいな」
「やっぱ今の時代は何でもできんとなぁ」
「打つだけのチビとはわけが違うわ」
高校以上のレベルの環境だから選手単位でも僕より活躍した人がいたし、チームも最初はリーグ一部だったのに二部への降格という憂き目に遭った。成功がなかなか掴めない分、反骨心がいつまでも燃え続けて、それを満たすための向上心と探究心を持ち続けられた。
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その結果が『最弱と名高い球団への入団』だけど、その年一番に入団を切望されたという事実に比べればそんなのは瑣末なこと。ましてやスラッガーとして期待してくれてるのなら尚更。
(!!やば……)
ならばありがたく、その期待に応えるまで……!
「「「「「…………」」」」」
グラウンドにいる選手達もギャラリーも静まり返る中、僕だけは結果を淡々と受け容れて、そっとバットを置いて駆け出す。
「「「うおおおおおお!!!!!」」」
「ツーラン……」
「【朗報】兎の主砲、ようやく見つかる」
「あかん優勝してまう」
打球がライトスタンドに突き刺さった事実をようやく頭の中で処理しきったのか、遅れてきた歓声をダイヤモンドの上でいっぱいに浴びる。やっぱりこれだからスラッガーはやめられない。慢心しないって気持ちで常に表情を変えないようにしてるけど、流石にこういう時には思わず頬が緩んじゃうね。
******視点:夏樹神楽******
やっちまった……叩きつけた後だからって、フォークを浮かせすぎた……
去年の最後から今日のツーアウトまでは上手くいきすぎたから、長い夢から醒めた気分だな。
「5番ファースト、財前。背番号46」
(うっしっし。夏樹の奴凹んでるな……この隙に今度こそ……!)
「アウト!スリーアウトチェンジ!!」
「今日の財前はほんま……」
「まぁ運が悪いのもあるんやけどなぁ。この打席に関してはええとこなしやけど」
「『メ■ャー』の薬■寺くんとか大■くんみたいに、最強打者の打順の前後がアウト要員になるのは野球創作あるあるやろ(メタ発言)」
3-2、一応スコア的にはギリギリリードを保てた。本当に最低限だけど、自分の役割はこなせたはず。
冬島さんとリリィさんはもう主力の一角だし、雨田と逢と佳子もそれぞれ方向性は違うけどあっしよりも期待されてるとこがあるから焦る気持ちは正直ある。でもあっしは自分のスタイルを考えたらこれからも多分こういう役回りなんだから、甘んじて受け容れて、改めて気を引き締めていかねぇとな。




