第七話 吐いた唾を飲むつもりはありませんから(4/8)
「……柳監督。我々プロは年間三桁に及ぶ試合を実施します。投手の分業が進んだ今でも、先発であっても1人20試合以上は投げます。それに、選手には適材適所というものがあります。起用法を少し変えるだけで化けた選手など、長い歴史の中でいくらでもいます。今回の、明らかな戦力差のある紅白戦の勝敗だけで、選手達個々の能力を推し量るのはいかがなものかと思います」
……あれ?
「ほほ〜う、旋頭二軍監督殿。ワシの人事を批判するつもりかの?」
「いえ、私個人の意見としては、監督の判断に異論などありません。ですが私の立場上、上の言いなりになるしか無い選手達の気持ちを代弁しなければならないと考えたからです。監督のおっしゃる通り、特にルーキー達の実力は取るに足らないものです。それでも、もう少し機会を与えてやるのも選択肢だと思います」
「とは言っても選手全体の出場機会というのにも限りがあるからのう……はっきり言って時間の無駄にしかならんと思うが……」
「その実力を自覚できないのが取るに足らないことの証左です。『今年中にエースになる』などと豪語してた者が先程のような結果でしたからね。もちろん、幾年かプロでやってきた者達がルーキーを援護してやるどころか1点も取れないのは情けない話だとも思いますが」
途端に、机を叩く音。ほぼ同時ではあったけど、音は2つ。その音のあった方を向くと、柳監督と旋頭コーチを睨む雨田くんと月出里くんだった。
「ふ……ふざけるなよ!黙って聞いてれば、『取るに足らない』だの『時間の無駄』だの……!」
ほぼ直接的に後ろ指刺された雨田くんがまず口火を切った。
「あたしは一応最終回に守備固めで出ただけで、プレーは何もしてません!売られてもない喧嘩で『負け』と言われて、誰が納得できるって言うんですか!?だったらせめてこっちからも喧嘩を売らせてください!」
そして続く月出里くん。雨田くんと夏樹くんの諍いの時も冷静に対応してたし、見た目にも可憐な子だから、こんなことを言うとは思わなかった。
「……ッ!そ、そうっすよ!アタシなんてマウンドに上がってすらないんすよ!?育成のための監督達の方便なのかもしんないっすけど、言い方ってもんがあるっしょ!!?」
そして夏樹くんまで……
(……首脳陣に喧嘩売るなんて、あっしにもバカなこたわかるよ。実際に取るに足らないってことも自覚してる。でも、さっき旋頭コーチが直接喧嘩を売ったのは雨田。裏を返せば、あっしは喧嘩を売るのにすら足りないってこと。そんなのを許してちゃ、あっしはアイツの言う"左で投げれるだけ"のままじゃんか。だとすりゃあっしは今まで何のためにピッチャーに拘り抜いたって言うんだ?たとえここでクビ切られたとしても、ずっとアイツより下に見られてるままでいるよりかは遥かにマシだ……!)
「あの……雨田くんが打ち込まれたのは自分にも責任があると思います。ですが自分は捕手としてまだまだ持ってる能力を全部披露できたとは思ってません。どうかもうちょっとだけ様子を見てくれませんか?」
「私も、内野安打一本で一軍にいられるなんて虫の良いことは考えてませんが、今日は対戦相手が全て右投手で、右打席はまだ披露できてません。二軍落ちは甘んじて受けますが、再昇格の機会だけはどうかお願いします」
大卒の冬島くんとオクスプリングくんは切り口を工夫して反論してるね。まだ賢いやり方だ。
「……えっと、わたしは野手になったばっかりですし、だから今年いっぱい二軍でもしょうがないかなぁと思うんですけど、みんな揃ってっていうのは……その、わたしが足を引っ張っちゃってるみたいですし……雨田くんだって、いっぱい打たれたのは4回だけですし、すっごい球投げてたじゃないですか?だから、その……あと1回くらいは、って思うんですけど……」
仲間を立てる体で、秋崎くんも反論。波風を立てたがらない大人しい子なんだろうから、相当勇気を振り絞ったに違いない。
「ほぉ〜……つまり、監督たるワシに口答えするっちゅーことか?」
「ああ!そうだよ!」
柳監督に念押しされても、雨田くんは尚引かない。




