第四十九話 伝説になんてさせやしない(6/9)
******視点:風刃鋭利******
「ふぅ……」
4回の守りを終えて、ベンチに戻って水分補給。身体を冷やすのは嫌だから、常温の水をゆっくり、少しずつ染み込ませていく。
「お疲れ様、風刃くん」
「秋崎さん……」
隣に秋崎さんが座る。うーん、良い揺れ。
「いやぁ、うまくいかないもんですね。パーフェクトどころか、点まで取られちゃって……」
「そんなことないよ。風刃くんはよくやってるよ」
「それでも、プロはやっぱり甘くないっすね。そういえば秋崎さん、賭けはおれの負けですけど、罰ゲーム何にするか決めてます?」
「ああうん、もう決めてるよ。フヒッ、フヒヒヒ……!」
「あ、そうっすか……」
いつもの穏やかな雰囲気の秋崎さんに似合わないゲスい顔で不気味な笑い方。一体何させるつもりなんだ……?あと2回投げ抜くよりもよっぽどプレッシャーなんだけど……
「良い球投げるね」
「うわっびっくりした!」
真後ろから声。振り返ってみると、同期のドラ1の十握さん。
「もー、十握さん。近い、近いですよぉ……フヒヒ」
「秋崎さん、何言ってるんですか……?」
このゲス顔になるタイミングがよくわからない……
「悪いね、なかなか打てなくて」
「いや、しょうがないですよ。雨田さん、めっちゃ良いまっすぐ投げてますし」
「うん。そういう意味でも秋崎さんもナイスバッティングでしたよ。迷いがなく力強い、良いスイングでした」
「あ、ありがとうございます……」
この人、ただでさえキャンプが別な上に表情が全然変わらないから何を考えてるのかよくわからないな。
「4回の裏、白組の攻撃。2番ショート、桜井。背番号39」
「まぁ勝敗はあんまり関係のない試合だけど、一緒のチームになった以上、できる限り力にはなるから」
「あ、はい……お願いします」
悪い人ではないと思うけど……
「アウト!」
(クソッタレが……!春先から飛ばしてこっちのペース乱しやがって!!)
あの一見すると可愛い人、やっぱ怖ぇ……
ただ、少しずつだけど前に飛ぶようになってきてはいるな。ファールも含めて。この辺のアジャストはさすがプロってとこか。
「3番ライト、森本。背番号24」
確かこの人は一昨年に3割打った人だな。去年は若干調子を落としたけど、それでもチーム屈指のアベレージヒッター。
「ファール!」
「よしよし!よう粘っとる!!」
「意地見せたれや森本ー!」
追い込まれはしたけど、速球に合わせられてる。ここまでの雨田さんは投球の過半数がストレートのゴリ押し。そろそろ工夫が必要だと思うけど……
「……ッ!」
「スイング!」
「……ストライク!バッターアウト!!」
「あっちゃあ……良いとこ投げ込んだなぁ」
「あれはしゃーないわ」
ギリギリボールゾーンへのチェンジアップをハーフスイング。確かにあれは仕方ない。今日の雨田さんは基本的に変化球の精度がイマイチだからな。
(正直ラッキーな勝ちだったな……まぁ過程はどうあれツーアウトランナーなし)
「4番レフト、十握。背番号34」
(おかげで、今日おそらく一番厄介な打者と安全に勝負できる)
「ファール!」
……やっぱあの人、色んな意味で見かけで騙すタイプだな。
おれが言うのもなんだけど、今時のスラッガーにしては小柄な体格……ってのもあるけど、それ以上にあのスイング。フルスイングのバッターって『長打力と引き換えに当てられる確率を犠牲にしてる』っていう先入観があるし、実際にそういうバッターもいる。でもあの人は違う。確かにインパクトの後の動作は大袈裟すぎるくらいに大きいけど……
「……!!?」
「ライト!!!」
「うぉっ!?すげ……」
「これは……!?」
「回れ回れ!」
「セーフ!」
ポイントまでの動作にはまるで無駄を感じない、むしろそこいらの打者よりもよっぽどコンパクトなスイング。だからあんな感じで雨田さんの速球にも間に合う。そしてライトの頭上を軽く超えるデカい当たりも繰り出せる。
「しゃあああああ!さすがドラ1!!」
「白組も長打出たぞ!」
「ナイバッチ十握!」
(……まいったな。ほぼ全力のまっすぐでもちょっと甘く入っただけでこれか……)
いつもの表情のまま、でもどこか誇らしげに二塁ベース上で右腕を掲げる十握さんと、それに高揚する観客の声。やるなぁ……
「ストライク!バッターアウト!!」
(くそッ……!初実戦でこんなん打てるか!!)
「うーんこの」
「財前、キャンプ前にもうちょっと身体絞れよな……」
「去年よりさらにブヨブヨやんけ……」
振り遅れ……二軍の人だから今までの実績はよく知らないけど、振りは明らかに秋崎さんとかの方が鋭いよなぁ。
「スリーアウトチェンジ!」
「すげぇな今日のメガネ、アホみたいに三振稼いどる」
「今いくつやっけ?」
「8やな……4回でこれっておかしなことやっとる」
ま、十握さんが言ってたように勝ち負けはあんまり関係ないんだし、最低限やってくれりゃ良いさ。
……さて、あと2回。張り切っていきますか。




