第四十八話 高み(2/4)
「全く、何なんだあの風刃って奴は。最近の若いのは節操がないと言うか……」
「全くだね。一歩間違えればセクハラだよセクハラ。年頃の男の人って胸ばっかり気にするものなの?」
「……ノーコメントで」
一軍キャンプのグラウンドで、雨田くんと話しながら練習の準備。発言を改めて考え直すとお互いにツッコミどころ満載だけど、まぁ去年の今頃あんなにイキリ散らしてた眼鏡男子とこういう会話ができるくらいに打ち解けたんだなぁって実感する。
「にしても雨田くん、オフにずいぶん鍛えたみたいだね」
「わかるかい?」
「体つきが違うよ」
「氷室さんに触発されてね」
「食べるの大変だったでしょ?」
「去年、キミや秋崎の食の太さには驚かされっぱなしだったからね。負けないように詰め込んださ」
「ピーマンは?」
「……ノーコメントで」
多分、柳監督もその辺を評価してだろうね。
確かにキャンプでの練習もシーズン中の練習も大事だけど、キャンプは元から練習してナンボ、シーズン中もプロなんだから周りの目もあるし、それも含めての仕事だからね。ここまではやって当たり前。だからこそ、オフの過ごし方で差が付く。試合が途中で挟まることを気にせず、ひたすら鍛えるのに専念できるしね。昴さんの受け売りだけど。
そして、それはあたしも同じ。反省点が多くて全部は何とかできなかったけど、昴さんとの練習とかも通じて見えて来たものもある。
今の一軍の内野は二遊間とファーストが盤石だけど、サードなら入り込める余地はある。せっかく一軍から始められるんだから、貪欲に狙っていかないとね。
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「よし!では解散!」
「ふぅ……」
「お疲れ、あっくん」
「おう、サンキューな」
練習が終わって、引き上げぎわに火織さんと氷室さんがお互いを労い合う。心なしか、前までより距離が縮まったような……?
初めての一軍キャンプの1日目だったけど、まぁ正直そこまで二軍との差は感じなかった。確かにスタッフの人の量とか設備の質は断然一軍の方が上だと思うけど、不便は慣れっこだしね。
「月出里、この後どうする?」
「うーん、ご飯食べたらもうちょっとだけバット振ろうかなって。確認程度に」
「相変わらず元気だな……」
「まぁ初めての一軍キャンプだからペース配分がわからないし、ほんとに軽くで済ませるよ。雨田くんは?」
「去年と違って今年は紅白戦が10日目からだからね。ゆっくり調整していくよ」
「あー、去年は4日目からやってたっけ?」
「実はあの時はキャンプが始まる前から『ドラ1としてのお披露目も兼ねて先発を任せる』って言われてたんだよ。でも、今年はどうなるかまだわからない」
「一軍スタートでこのまま順当に開幕一軍なら、リリーフとかもあり得そうだしね」
「そういうことだ。常光さんや今年入団の埴谷さんなんかも一軍スタートだしね。どう転ぶかわからない。というわけで、最初の休養日くらいまでは肩に優しく、基本通り下半身をいじめていく方針でいくよ」
多分プロの人達って大なり小なりピッチャーの経験がある人がほとんどなんだろうけど、あたしは本当に弟とのお遊びとかそのくらいのレベルでしかピッチャーをやったことがないから、調整とかも全くわからない。ま、本業の野手としての調整の仕方だってまだまだ探り探りだけどね。
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宿舎の外、月明かりに頼らなくても電灯が用を足してくれてる。素振りをするだけならこれだけで十分。昴さんは逆に真っ暗な中で素振りをした方が集中できるって言ってたけど、あたしは普通に明るいところでやる。可愛いあたしがそんなことをやるのは不用心すぎるからね。
「……ん?」
気付くと、近くのベンチに男の人。ほら、こういう人がいるから用心はしなきゃなんだよね。
まぁ今回に限って言えば多分大丈夫。十握さんだから。そう思って素振りを再開すると、ほぼ常に半開きの目で口をへの字にした表情のまま、バットを抱えながらあたしの方をじっと見つめてる。
「……鋭いスイングですね」
一息ついてる間に、ポツリと一言。
「あ、どうも」
「でも、どこかぎこちないと言うか……あ、失礼」
「良いですよ。普段からよく言われてますし」
「でも、下手だとは思えないんですよね。不思議」
「それも言われたことあります」
前評判通りバッティングが良いから、見る目もあるってことかな?
「まだ続けますか?」
「はい、もうちょっとだけ。お邪魔ですか?」
「いえ、むしろいてくれた方が助かります。僕って張り切り屋なんですけど、新人なので自分だけ自主練ってのは何となく気分的に憚られて……」
「ああ、わかりますそういうの」
「なので、逆に僕の方がお邪魔じゃないですか?」
「いえ。スペースはあるんですし、ご自由に」
「どうも」
ベンチから立ち上がった十握さん。軽い体操と、フォームを確認するようにゆっくりとしたスイングを何度か繰り返し、やがてピシッと構える。地面は土と雑草だけでボックスなんて描かれてないのに、まるで本当に試合中に左打席に立ってるような臨場感。
「ふっ……!」
癖がなくて、特別力感を覚えない上手く弛緩した構えだからこそ、そこから生み出される緊張がより大きい。ポイントまでの動作はむしろコンパクトなくらいなんだけど、振りの力強さとフォロースルーの大きさによって、まるで小さな身体に不相応なくらい大袈裟にスイングしてるように見える。
「……どうですか?」
何度か振った後に急に振り返って、こちらに一言。
「え?」
「いや、見てたんで」
「あ、はい。右利きの左のスラッガーらしいなって」
「……!」
「利き手がボトムハンドだからスイングの初速を速くしやすくて、人間の身体は右の方が若干重いからフォロースルーをあえて大きめに取ってスイング後の勢いを上手く制御……友枝さんみたいなスイングですね」
「……流石はプロですね」
「いや、まぁ……去年色々仕込まれたので」
去年の今頃は、あたしがここまでバッティングを理論立てて話せるようになるなんて思ってなかった。本当に何となくでやって来たからね。今年は一軍スタートだから、メニュー通りの練習中には振旗コーチから教わる機会がないけど、それでも去年までで基本的なところは一通り抑えられた。
「スイングも鋭いのに、これで守備走塁メインなんて勿体無い」
「あ、もしかしてネットであたしのこと知ったんですか?」
「はい、月出里逢さん」
「あたしもプロ入り前からちょっとだけ知ってましたよ、十握三四郎さん」
「光栄です」
「スラッガーを目指してるんですよね?」
「はい。サーフェスみたいなスラッガーになりたいです」
「サーフェス……キングダムズのターナー・サーフェスですか?」
「左なんでね。華もありますし」
ターナー・サーフェス。メジャーを代表する左のスラッガーの1人。成績的にはもっと上がいるけど、幼い頃から恵まれた体格と才能で注目の的になって、見た目もプレースタイルも華やかで、ビッグマウスのお騒がせ者。でも野球に対する熱意は本物。まさに絵に描いたようなアメリカン・スーパースター。だから向こうでは現役の中じゃ一番の人気選手。
「あたしはウェザニアック派ですね。右ですし」
リンゴ・ウェザニアック。右のスラッガーで、昴さんも憧れてやまない、"今この地球上で一番良い選手"。ルーキーイヤーにトリプルスリーやったり、WARってやつで毎年のように1位になったり、成績だけならどう見てもNo.1なのに、プレースタイルが合理的すぎるせいで見た目にはものすごく地味で、本人も控えめで真面目な人だから目立たなくて、実力の割にはいまいち人気がない。
でもあたしはそういうタイプの方が憧れる。若王子さんもそうだけど、華がどうとかじゃなく結果を淡々と出し続ける方が性に合ってる。あたし自身には華がありまくりだけど、アイドルや芸能人じゃあるまいし、そんなのをプロ野球選手として売りにする気はない。好みの男の人にはチヤホヤされたいけど、そういうのは個人的な話。この前、データなんとかって人達に"プロなんちゃら"って評価してもらったけど、あんな感じで数字中心で追いかけてくれた方が、あたしとしてもファンサービスとか面倒なことにも気を遣わずに済んで楽。
「あ、じゃあ月出里さんも……」
「あたしも目指してるのはスラッガーです」
「……月出里さんもアレコレ言われました?『チビのくせに』とか」
「言われましたけど、あたしはそれ以前にまず打てなかったですから。可愛いからその辺で同性に嫉妬されることの方がずっと多かったですね」
「女の人は女の人で大変ですね」
「十握さんは?」
「おかげで向上心と探究心と反骨心が良い感じに育ちましたよ。チビだろうが、結果を出せればどうでもいいことです」
「全くですね。結果的にチビになっただけで、こっちは小学生の時からずっとスラッガー目指してやって来たんですから」
「僕もです」
そう言って、十握さんは右手を差し出した。
「ポジションが違うとは言え一軍の枠を争ってますけど、似た者同士、お互い頑張りましょう」
「……はい!」
あたしも右手を差し出して握り合う。相変わらず表情は変わらないけど、これで気持ちは十分理解できる。やっぱりこの人とは気が合いそうだね。
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