第四十八話 高み(1/4)
******視点:月出里逢******
用具入れと、あまり開ける必要のなかったキャリーケース。物の準備はそんなに億劫じゃない。
問題は飛行機に乗る覚悟。全く無理なわけじゃないけど、やっぱり高いとこだけはどうしても苦手。喧嘩だったらお母さん以外には負ける気がしないけど、そんなあたしでも高いとこから落ちたらどうしようもないからね。
「頑張れよ、ねーちゃん!」
「ありがとね、"もっこりくん"」
「その呼び方もうやめろ!」
純へのセクハラも済ませた。しばらくは戻ってこれないからね。
「お姉ちゃん、酔い止めは持った?」
「うん、大丈夫」
「今年こそレギュラーになりなさいよ?バント王さん」
「お母さんこそ、シワが増えないようにね」
「やかましい。まだピチピチよあたしは」
「逢。開幕一軍、楽しみにしてるぞ」
「うん、ありがと。それじゃ、行ってくるね」
2019年1月31日。明日からついにシーズンが事実上始まる。再び宮崎の地へあたしは向かう。
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春季キャンプ当日。視点は変わったけど、光景自体は同じ。今年からの新戦力が横並びになって、順番に自己紹介を促される。
今年からあたしは聞く側。移籍にでもなったらまた話す側にもなるんだろうけど、よっぽどの事情がない限りあたしはもうすみちゃん以外の元で野球をする気はサラサラない。
「どもです。福井から来ました、ドラ1の十握三四郎って言います。外野手で、僕の名前と憧れのメジャーリーガーにちなんで背番号34をもらいました。バットを振り回すのだけが取り柄ですが、クリーンナップとしてお役に立てればと思います。よろしくです」
「アイツがプロ選抜相手にもホームラン打ったって言う……」
「ほんとチビだな……」
「でも月出里っていう例もあるからなぁ」
ドラフトの時にたまたま指名予想が当たっちゃったドラ1の十握さん。生で見るのは初めてだけど、やっぱり背丈はあたしと同じくらい。眠そうな目をしてるけど、別にそういうキャラじゃないみたいだね。顔も髪型もちょっと幼いけど、筋張った腕を見る限りでも相当鍛えてるのがわかる。あと、キッチリしてるのか知らないけど妙にズボンを上げてる。
「こんにちは!ワタシはドラ2の埴谷貞久!でももうこんな堅苦しい名前はすぐに忘れて"ハニー"って呼んでくださいね♪神奈川出身で、ピッチャーやってます!"ハニー"にちなんで、背番号は21です♪こう見えて速い球を投げるのには自信があるので、1年目からローテに入れるように頑張ります!よろしくお願いしまぁす♪」
「うわぁなんだこいつは、たまげたなぁ……」
「え?埴谷って男って聞いたんだけど……?」
「かわいい(迫真)」
髪型はクセのある赤いセミロングで、一昔前の女児向けアニメで主人公をやってそうな見た目。顔もなかなか可愛いけど、カチューシャにはオスのマーク……なるほど。ウチは確かに男の人でも可愛い系の人結構いるけど、こういうタイプはいなかったね、うん。まぁ大卒なんだから、仮に女の人でも痛いよね……
「おいっす!おれ、ドラ4の風刃鋭利です。岡山出身ですけど、高校はここ宮崎のとこに通ってました。背番号は用意してもらった中から適当に43にしました。こう見えて結構色々投げれるんすけど、まぁぼちぼち頑張っていきます。よろしくっす!」
「あら、なかなか良い男」
「うーん、知らん奴やなぁ……」
「まぁドラ4の高卒だからな、お楽しみ枠だろ」
寝癖のついた金髪で、ちょっと好みの顔立ち。背はプロとしては中の下くらいで、体つきも高卒相応って感じ。でも態度はまるで物怖じしてない。とは言え、それ以外は特に癖のない子。まぁ他ならぬあたしがドラ6なんだから、その辺で値踏みする気は全くないけどね。
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「それじゃ、早速じゃが一軍キャンプと二軍キャンプの振り分けを発表していくかの」
オーダーとかはタブレットを活用することが多いけど、やっぱりこういう大事な振り分けは今でもアナログ。
「……赤猫」
「はい」
もう何人か呼ばれてるけど、一軍に呼ばれる面々は去年とあまり変わらない印象。去年は雨田くん以外の高卒組は二軍スタートだったけど……
「……雨田」
「はい!」
やっぱり雨田くんは選ばれるよね。
「……月出里」
「!!?はい!」
……と思ってたら、あたしも選ばれた。
「一軍キャンプのメンバーは以上じゃ。残りは全員二軍キャンプとする。では解散!」
「すごいね逢ちゃん!一軍スタートだよ!おめでとう!」
「う、うん……ありがと……」
「雨田くんもおめでとう!」
「ああ」
「2人とも、何かネットの変なランキングに載ってたもんなぁ……」
佳子ちゃんと神楽ちゃんは二軍スタートだけど、まぁ予想通り恨み言とかは言われず。
「あの、秋崎さん!」
「へ!?」
キャンプ分けの移動前の同期との会話にいきなり入り込んできたのは、ルーキーの風刃くん。
「突然すんません!おれ、実は去年の秋季リーグでプレー観させてもらったんです!秋崎さん、打って走ってカッコよかったっすよ!」
「あ、うん……ありがと風刃くん」
「早速名前覚えてくれたんですね!ありがとうございます!」
「うん、風刃鋭利くん。一緒に二軍キャンプだよね?よろしくね」
「こちらこそ!あ、もし良かったらキャッチボール組んでもらえませんか!?おれ、結構強めに投げて肩作る方なんで、秋崎さんみたいに肩強い人と組めると助かります!」
「うん、良いよ」
「ありがとうございます!いやぁ、初日から秋崎さんみたいに綺麗で優しい先輩と組めるなんて光栄っすよ!」
「もー風刃くんってば……」
(何だコイツは……!)
(あーあ、この奥手メガネは……)
さすがは佳子ちゃん、いきなりだけどすぐに打ち解けちゃった。いや、どっちかと言うと向こうからか。でもその様子を雨田くんは歯軋りしながら、神楽ちゃんは呆れながら見つめてる。
まぁあたしもちょっとね。年下の、しかも結構可愛い目の男の子があたし以外の女の子に夢中になってるとこ見るのって、ちょっと穏やかじゃいられなくなるんだよね……
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