第四十七話 永遠の真実をついてくれ(2/3)
宣伝の分の動画はここまで。あとは『HIVE』の具体的な紹介や運用方法について……まぁ俺達開発部としちゃ観る意味がねぇな。まず導入する気もねぇし、もし営業連中に流されて導入する羽目になっても、俺達にゃ絶対に関わらせねぇだろうからな。
と言うか俺達、公表してないだけで『HIVE』よりすげぇもんもう作って使ってるしな。営業連中だってそのことは知ってるんだが……
「……保守派の狙いとしては、『HIVE』を導入してその運用もCODEに委任することで、球団運営に関する我々の影響力をなくすこと……でしょうか?」
「そんなとこだろーねー。『シャークスっていうおもちゃは俺達のもんだから、お前らは前みたいに泥まみれで現場仕事してろ』ってとこじゃねーのー?」
「保守派としては、蜜溜さんという金の成る木を手に入れて、一昨年に2位になった時点で、シャークスという広告塔はもう完成したという認識……なんですね」
「だな。低迷が続いても、リコだからジェネラルズ様のご機嫌取りってことで通すだろうよ。シャークスを買い取ってからここまで漕ぎ着ける中で、負けてても客を呼べるノウハウも蓄積されてるしな」
「そんな……鉄道会社や新聞社が分野外の人件費を抑えるためというなら理屈は通りますが、我が社は元々IT土方の集まりじゃないですか」
「そんな汗臭い頃を知らずにお勉強してきてから入ったのが連中なんだよ。全く、何が『予算の問題じゃない』んだか。開発部を兵糧攻めしたいからってなりふり構わないにも程がある。企業戦士なら他社に従属して恩恵に預かることに必死になるんじゃなく、シェアを奪い取るのに必死になるべきだろうが」
開発部の古株の部下達はよく理解してるってのに、保守派連中ときたら……
一昨年、シャークスはEEGgが経営するようになって初めてリーグ2位にまでのし上がれた。だが、去年は4位でBクラス転落。シャークスは半世紀以上の球団史において2年連続で2位以上になったことは今までたった1回だけしかないが、俺らも同じ轍を踏むことになっちまった。言い換えれば、『去年2位以上なら今年は転落する』っていうジンクスを払拭できなかったってわけだ。
なのに、営業の連中はあの態度。客足が遠のいたわけではないし、ちょっと前の暗黒時代に比べりゃ戦績も遥かにマシ。選手単位で見ても、蜜溜ちゃんの2年連続ノーノーに加え、観星ちゃんのデビュー2試合連続本塁打にハンマーのホームラン王、小森のキャリアハイで、広報で売り出すネタはいくらでもある。それに見事にあぐらをかいてやがる。
「……ま、結局のところ、オーナーを……社長を味方につけた方が勝ちのゲームだ」
「ぶちょー、勝算はあるんですかー?」
「社長がバカだったらEEGgはとっくにどっかの企業に吸収されて終わってただろうよ。それこそCODEの子会社とかになってたかもな。あの『HIVE』とかいうやつ、俺だったらっていう悪用の仕方がいくつか思い当たる。それをダシにして何とか説き伏せてみせるさ」
「大丈夫、ですよね……?」
「あったりめぇだ。シャークスを日本一の球団にするまでは諦められっかよ」
「……何か意外っすね」
「ん?」
「いや、部長ってほんと根っからのデジタルな人っていうか、今時のIT業界の人っていうイメージだったんすけど、球界に参入してからはそういうとこばっか見てるなーって思って……」
「……元から俺はこんなもんだよ。人間ってのは生きてる間に心臓を動かせる回数に限りがあるが、それでも必要以上に血を通わせたがるもんだろ?人間は賢く進化しすぎて、そうでなきゃ生きてる実感を味わえなくなっちまったんだからな。俺は野球にはそういう力があると信じてる。機械や情報技術なんてもんはこれから先どんどん発展していくとしても、それ自体で満たせることなんてたかが知れてる。だから、野球を機械や情報技術でより面白くできるなら、それ以上のイノベーションはありえねぇよ」
「…………」
「ま、結局俺達はどこまで行っても脇役なんだけどな。俺達がどんな画期的なもんを作ろうが、ウチの派閥争いの行方がどうなろうが、実際にプレーする選手達が頑張ってくれんことにはどうしようもねぇ」
歴史を振り返ってみると、野球が流行る時代ってのはそれに比例して経済も潤ってるか、そうでなくとも上向いてるかの時。高度成長期、月島英雄とかが活躍してた時代にしても、普通の人間なら『帝国経済が帝国プロ野球を興隆させた』と振り返るだろうよ。だが、先人らの功績をそんなに安く値踏みして何になる?球界の人間なら、そんな永遠の嘘をつくなと吐き捨てるべきだろうよ。
俺は野球ってやつは昨今の痩せ細っていく日本を復活させることだってできると信じてる。俺が蜜溜ちゃんに希望を抱いてるのも、まさにそれが理由だ。あの子はそういう器だと確信してる。
だが、投手単体じゃどうしても厳しい。投手はこれから先の時代なら尚更、実力の優劣の差が付きづらくなる。短所を長所に変えて差別化できるのは良いことだが、それだけ傑出した存在ってのは生まれにくくなる。そもそも野球ってのは勝利を目指すものなのに、投げてるだけじゃどう頑張っても引き分けるしかできねぇんだからな。今までだって、時代を象徴する選手ってのは大体が野手だ。
蜜溜ちゃんが"現代の日暮咲"であるとするのなら、やはり"現代の月島英雄"が必要。観星ちゃんなんかは良い器だと思うが、同じチームだしな。
よそに候補を求めるなら、案の定逸材だった月出里逢……なんだが、予想に反して守備走塁型の選手になりつつあるからな。月出里逢と同い年で、ウチと同リーグの猪戸とかの方が相応しいのかねぇ?それかこのまま幾重光忠の偉業に縋るか……
ま、誰だって良い。『帝国プロ野球が帝国経済を興隆させた』と、そんな永遠の真実をつける奴がこの日本球界に生まれて欲しいもんだが。
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