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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第四十五話 猪鹿蝶と日月星(8/8)

******視点:月出里逢(すだちあい)******


 高校の頃、通学用に使ってた自転車。(じゅん)は学校まで歩いて行けるけど、お父さんとお母さんがたまに買い出しで使うみたいで、まだまだ現役。すれ違うご近所さんに軽く会釈をしつつ、まっすぐに通い慣れた道を進んでいく。

 今日から12月。空気はやっぱり冷たいけど、防寒着を着込んで坂道でも構わず漕いでいれば、自然と身体も温まる。


「……うん、変わってない」


 まぁ当然だよね。卒業して1年も経ってないんだから。

 あたしの母校、埼玉県立水無月高校。相変わらず野球部の強さは中途半端みたいで、最近の秋の大会も県ベスト16。

 守衛さんに許可をもらって、早速校舎へと向かう。


「おお、よう来たな」

「お久しぶりです。本日はありがとうございます」

「そんじゃ早速、グラウンドに行くか」


 野球部の監督も変わらず川越監督(ハゲチャピン)。頭頂で今なお孤軍奮闘の1本毛の長さも高1の時から変わってない。

 そんなことを考えつつ、職員室からグラウンドまでを並んで歩く。


「頑張ってるみたいだな。高校じゃ2割くらいしか打ってなかったお前が、今やプロで注目の若手なんだからな」

「ありがとうございます!監督のおかげですよ!」

「打撃難を直してやれなかったおりがか?」

「あたしが高校の頃に形にできなかっただけですよ」


 プロやメジャーの動画視聴。高校の時は全然生かせなかったけど、今にして思えば、バッティングを見直していく中でその頃に観てたことが参考になって、今に生きてるのがわかる。

 まぁどう生かすのかを教えてくれなかったのは事実だけど、そのおかげですみちゃんに確実に拾ってもらえたところがあるから責める気にはなれない。


「……ところで、バニーズには山口恵人(やまぐちけいと)という奴がいるよな?」

「?はい、いますけど?」

「元気にやってるか?」

「はい。秋季リーグでは実質エースみたいな感じでしたよ。年下とは思えないくらい良い先輩してます」

「……そうか」

「どうかしたんですか?」

「いや、何でもない」


 何だろ?全然接点があるとは思えないんだけど……山口さん、中卒の東京の人だし。まさか、山口さんが可愛いからってそういう目で?……ってことはないか。

 明日も来るつもりだから、5月頃に撮影した山口さんのいかがわしいグラビアが載った雑誌でも持ってこようかな?多分後輩にはウケるだろうし。


「集合!」


 グラウンドに到着して、監督の一声で練習してた子達がみんな集まる。知ってる子は知ってるし、知らない子は1年生なんだっていうのはわかる。


「まぁ知ってるとは思うが、こいつはウチのOGで、今はバニーズでプロとしてやってる月出里逢(すだちあい)だ。このオフシーズンの間、土日の練習に何度か参加する予定だ。プロのプレーを間近で観られる絶好のチャンスだから、存分に生かすように」

「「「「「はい!」」」」」


 秋季キャンプと契約更改の後に帰省して以来、家とかジムとかで自主練はしてたけど、やっぱり野球を仕事にしてる以上は野球をやるところでも練習しなきゃね。


「月出里先輩、お久しぶりっす!」

「あたし信じてましたよ!先輩ならプロになれるって!」

「は、初めまして!おれ、先輩に憧れてこの学校にしたんですけど……」

「せんぱぁい♪後で守備のことでちょっと教えて欲しいんですけどぉ……」

「俺も俺も!」

「先輩!隣高に弟さん通ってるんですよね!?紹介してください!!」

「俺も俺も!」

「あのさぁ……」


 うーん、まぁ弟と妹がいるから、年下の子に頼られたりチヤホヤされるのは好きなんだけどね……

 高校の頃でも、守備だけは間違いなく一番だった。レギュラーを死守できたのも守備のおかげだし。でもこの見た目と性格で、バッティングであたしより打てるのなんて後輩でもいくらでもいたから、男子には大体好かれてたけど、女子には……うん。こうやって親しげに話しかけてくる子の中にも、陰であたしを悪く言ってた子が混じってるしね。

 それがプロになったらって、もはや神様みたいな扱い。体育会系の部活の年功序列なんて元々そんなものだけど、母校で練習するだけでもプロになったからってだけで然るところに電話して書類書かなきゃいけないその手間に見合ってるかと言われれば微妙。


「監督。この学校ってあたし以外にプロになった人っていないんですか?」

「……おりが教えた範囲だと、お前以外は2人。1人はそのままプロ、もう1人は大学と社会人を経て、だな。おりが監督になる前は確か1人……だったかな?まぁその人も含めて、一軍で活躍したもんはまだ1人もいないはずだな」

「やっぱりそううまくいくものじゃないんですね」

「それでも、お前がうまくいかなかったと決まったわけじゃない」

「……監督」

「ん?」

「久々に監督のノックが受けたいです」

「五十路の親父に無理をさせてくれる……アップが終わったらな」


 そんなこと言って、どこか嬉しそう。

 うん、こういうとこなんだよね。公立校の先生が監督なんてタダ働きもいいとこなのに、とことんまで付き合ってくれる。

 ……春のキャンプの時点から、もうその年の競争は始まる。冬の間にもやれることはいくらでもある。来年はただのご褒美なんかじゃなく、ちゃんと実力で一軍に行ってやるんだから。

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