第四十五話 猪鹿蝶と日月星(7/8)
******視点:九十九旭******
秋季リーグが終わってすぐから同じく宮崎で秋季キャンプ。
シーズンの準備に重きを置く春季キャンプに対し、秋季キャンプは単純に地力の向上に重きを置く。ゆえに練習も基礎的なものが中心。
しかし今日は、同じく例年宮崎で秋季キャンプを行ってるヴァルチャーズとの練習試合。
「3番ショート、九十九。背番号99」
「ストライーク!」
今日の向こうの先発は、小生と同じく高卒ルーキーで、嚆矢園の舞台でも対戦した矢井場鋒。一軍デビューはほろ苦いものとなったが、月出里にも一軍出場で先を越された身としてはそれでも羨ましく思えるもの。
「センター!」
「アウト!」
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「いい投球だった」
「どうも」
「今年はパームを覚えると言ってたが、スプリットも投げるようになったのだな」
「妾も色々試行錯誤中なのですわ」
試合後、矢井場と少しばかりの交流。
「まっすぐとカットボールとカーブだけでねじ伏せていた貴様がそうやって実戦に耐える球種を次々に身に付けられるとは、流石はヴァルチャーズの環境といったところか」
「……ウチに限った話ではなくなるかもしれませんけどね」
「?どういうことだ?」
「近い内にわかると思いますわよ」
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******視点:???******
広さとしては何でもないただの応接室。だが今この一室は、まさに我が帝国の球界を極限まで収縮したものに等しい。
この部屋の主人にして私の雇い主……帝都桐凰ジェネラルズのオーナー・保田報と、それに向かって座る博多CODEヴァルチャーズ会長・梅谷本慈。リーグ・コンサバーとリーグ・プログレッサー、両リーグの事実上の盟主同士の会談。このような雲上人の集まりに立ち会えるのは、私に"会長秘書"という肩書きがある、そのただ一点に過ぎない。
「保田会長、本日はお忙しい中お時間を賜り、誠にありがとうございます」
「……で、梅谷よ。今日は何用じゃ?」
政財界への影響力もさることながら、単純な保有資産においても保田会長より数桁上回る梅谷氏がへりくだるのは、長幼の序に忠実なだけではない。
ファンの間でももはや共通認識となっている通り、"ジェネラルズのオーナー"という立場は単純な一球団のトップであることを示すもののみならず、事実上"球界の王"としてのレガリアでもある。例えば売却され宙ぶらりんになっている球団をたとえどんな意図をもって買収するとしても、保田会長の許しがなければ叶うことは決してない。
本来、球界全体を統括するはずのコミッショナーも、日本球界ではメジャーと比べ『財界人と官界人の天下りのための一枠』という性格が強く、過去の事例を辿っても、特に有事では球団オーナー以上の決定権を持っていないのは明らか。
とは言え、時代も時代。ジェネラルズのオーナーがこれほどまでの強権を有しているのは、保田会長個人に依るところも大きい。その保田会長もすでにご老齢。いずれは盛者必衰と思われるが……
「実は球界に広めたいものがございまして……」
そう言って梅谷氏は書類を保田会長に手渡す。
「……『HIVE』?」
「はい。我が社が開発した新製品です」
「新製品と銘打っているが、『トラッキングシステム』はウチでももう導入しておるぞ?」
「『HIVE』はメジャーのデータ解析ツールを参考に、従来の『トラッキングシステム』に加え、複数のカメラによる画像解析システムを組み合わせることで、データ解析の時間短縮と精度向上が見込めます」
「カメラを複数……単純にカネもモノもヒトも必要じゃの。球場によっては設置だけでも手間取りそうじゃ」
「その点に関しては我が社にお任せください。機材そのものは無料でご提供いたします。技術進歩が目まぐるしい時代ではありますが、機材のアップデートに二の足を踏みたくなるのは同然ですからね。運用に関しても、必要であれば我が社が一括管理という形で請け負わせていただきます。基本的には『トラッキングシステム』の延長線上の技術ですから、すでにほとんどの球団で『トラッキングシステム』を導入している現状であれば、人材も現状のままで十分でしょう」
「具体的な見返りは?」
「我が社で運営しているスポーツ速報アプリの拡充が第一ですね。データ解析の時間短縮が実現できれば、ユーザにもより迅速に、より高品質な情報を発信できるようになります。それに、それぞれの球団の解析データを一括で蓄積することでモデルデータを拡充させ、選手のパフォーマンス向上などの可能性を広げられることが期待できます。今年から導入されたリクエストに関しても、判断材料を増やしてより正確な判定も行えるようになります」
「……コストを抑えられたところで、わざわざ導入する必要があるかのう?日本球界がメジャーの後追いをするのは、あくまで儲けに繋がるからというのが大前提じゃ。プロ野球は客商売で、世間では『最新鋭』ということ自体に価値を見出す者が少なくないからの。単純な技術向上だけが目的なら渋る球団は少なくあるまい」
「そちらの監督さんも、そちらのリーグで指名打者を導入しようにも他球団がなかなか首を縦に振らず苦労されてるようですね」
「ワシとしてはどっちでもいいんじゃがな。ジェネラルズが勝つのなら」
「そこで、ジェネラルズにはいち早く導入していただきたいのです。損はさせません。ジェネラルズ憲章が一つ、『ジェネラルズはアメリカ野球に追いつき、そして追い越せ』。我がヴァルチャーズもまた同じ考えです。日本人メジャーリーガーが活躍するのは大いに結構ですが、それはあくまで日本球界ではなく個人の功績に過ぎません。我がヴァルチャーズが日本球界に属している以上、日本球界全体のレベルを向上させ、その上で頂点に君臨することを目指すべき。自他共栄こそがCODEグループの社是であり、日本に生まれ日本に育まれてきた私の誇りなのですから……イテテテテ……」
梅谷氏がいつも抱えている小さな白い犬。元々あまり懐いてるようには見えないのだが、急に梅谷氏の手を噛んだ。
「フフフ……今日の段階でウチも導入するとは当然言えんな。じゃが、広める分には別に構わん。好きにせい。ただし、あくまでテレビ映像が優先じゃ。広告費も絡むでの」
「ありがとうございます。もちろん、心得ておりますよ」
一体何を企んでいるのやら……
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