第四十五話 猪鹿蝶と日月星(6/8)
******視点:月出里純******
「んーっ……」
チャイムと同時に身体を伸ばす。居眠りしてた隣の奴は突っ伏してた頭を起こす。まぁ荒れてるわけでも地元でバカにされてるわけでもないけど、こういう奴も珍しくない、学費相応って感じの我が校。おれも学力で言ってもそのくらいのレベル。ねーちゃんよりはマシだけど。
でも、ねーちゃんが大学まで行かせてくれるって言うから、染まるわけにはいかない。
「ね、ねぇ純くん。その、放課後なんだけど一緒に「あ、ゴメン。パスで」
女子からのお誘いも、別に興味がないわけじゃないけど、おれもねーちゃんも男が女がどうたらこうたらで散々めんどくさい思いをしたからな。自立するまではそういうのはナシでいきたい。
「純!今日お前んち行っても良いか!?」
「何でだよ」
「宿題だよ宿題!」
「……ほんとにそれだけか?」
「もう、言わせるなよ……ねーちゃん帰ってきてるんだろ?」
「やっぱりな……」
「純のねーちゃんって、バニーズの美少女ルーキーで有名な"ちょうちょちゃん"なんだろ?いやー、ぜひ一目見たくて……な?」
2人揃って絡んでくる男友達。こういうとこがなきゃ普通に良い奴らなんだけどなぁ。どんなに隠してても、狭い界隈で珍しい苗字だからこういうのも簡単にバレる。
「なぁ頼むよぉ〜、見るだけで良いからさぁ〜」
「……サインとかねだらないよな?」
「しないしない!ナマで見てみたいだけだよ!」
「絡んだり、写メとかも撮るなよ?後でシメられるのおれなんだからな」
「おっ、良いのか!?」
「家には上がって良いけど、会えるかどうかはねーちゃん次第だからな?」
「おっしゃ!さすが純!それでこそ男だ!」
……ねーちゃんのことは尊敬してるし、感謝もしてる。でもこういう時に、おれは"ただの月出里純"なんじゃなくて、"月出里逢の弟"なんだと思い知らされるのがどうしても……
そうだよ。おれだって男だよ。力も野球も全然敵わなかったり、借家暮らしになってからねーちゃんに守られっぱなしだとしても。
おれだってねーちゃんに何もかも負けっぱなしでなんかいたくない。とーちゃんとかーちゃんの良いとこを独り占めしたねーちゃんには、せめて別の何かで勝たなきゃダメだと、そう思って何が悪いんだって言いたい。
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自慢にもならない、築何十年の借家。まぁスケベ心丸出しでもこういうのでアレコレ言わない奴等だってのはわかってるから、上げるのは別に良いんだけどな。
「ん、お客さん?いらっしゃい」
「お邪魔します!俺ら高校の……」
「おおっ、マジ美人っすねぇ!髪染めたんすか!?似合ってるっすよ!」
「おい、それかーちゃんだから」
「「……へ?」」
「んっふっふ。やっぱりあたしもまだまだいけるみたいねぇ」
かーちゃん、今日仕事休みかよ……
「……あ、これつまらないものですが、どうぞ……」
「あらあらありがとねぇ。ごゆっくりぃ」
男友達が持ってきた菓子折りを受け取って、かーちゃんは陽気にキッチンの方へ。
「……おい、今の人カーチャンってマジ?」
「そうだよ。四十路のオバハンだよ」
「何ていうか……流石は純と"ちょうちょちゃん"のカーチャンだな……」
まぁ……ねーちゃんがリボン外して髪を紫に染めたら、多分おれでもパッと見じゃ見分けがつかないだろうから、間違えるのも無理はない。
おれ達は2階に上がって、いったんおれの部屋へ。
「っていうか、『絡まない』って約束だろ?」
「わりぃわりぃ、お前のカーチャンほんと綺麗だったからつい、な?」
「なーなー、ねーちゃんの部屋って隣か?早く会わせてくれよー」
「……おれは別に良いけど、ねーちゃんの許可取れたらな」
「オッケーオッケー!早速行こうぜ!」
ねーちゃんの部屋の前。男友達が肩に絡んできて正直暑苦しいけど、とりあえずノック。
「ねーちゃん」
「ん?」
「今友達が来てるんだけどさ、ねーちゃんのファンだって言うから、ちょっとだけ会ってくれない?」
「……まぁ、ちょっとだけなら」
「「っしゃ!」」
「ちょっと待ってて」
やっぱ断らなかったか……いや、断るのすら面倒……なんだよな。
「「!!ちわっす!」」
扉が開くなり、いきなり勢い良く頭を下げる調子の良い男友達。
「……ん、こんにちは」
それに対して、寝癖頭に手櫛をかけながら生返事。朝っぱらから今の今まで動物パジャマの上にはんてんを羽織るという、とりあえず寒さを凌げれば他はどうでも良いと言わんばかりのコーディネート。ブルーライトカットメガネの下はかまぼこをひっくり返したような気だるそうな目で、ゲーム機からいっぱいいっぱい伸ばしたコントローラーを右手で握りながら親指はAボタンを連打中……あ、レベル上がった。
「あの、いつもバニーズ戦観てます!」
「あたし二軍ですけど?」
「い、いや、そっちっすよ……」
「いやぁ、ほんと綺麗ですねぇ……」
「どうも……んじゃ、ごゆっくり」
終始表情を変えないまま、今度は尻の辺りをかきながらモニターの前に戻って座る。ボロボロの攻略本を足で広げながらゲーム再開。
「ドア、閉めといてね」
「あ、うん……」
やっぱり、今のねーちゃんはこんな感じだったか……
何となく気まずい雰囲気で、おれの部屋に戻った。
「さっきのが"ちょうちょちゃん"、なんだよな……?」
「そうだよ」
「いやぁ塩対応とは聞いてたけど、ここまでとは……」
「普段はあそこまででもないんだけどな」
「って言うと?」
「ねーちゃんは何と言うか、ダラける時はとにかくダラけまくるんだよ。野球とかトレーニングの時はめちゃくちゃ集中して身体めちゃくちゃ動かすんだけど……その後は身体だけじゃなくて頭もめちゃくちゃ疲れるらしくて、だから完全オフの日はああやってひたすらゲームやってひたすら寝て過ごすんだよ」
「それであんな古いゲームを……」
「そういやめっちゃレベル上げてたな……はぐ●タまで仲間にしてたし。普通に裏ボス倒せるだろアレ。飽きないのか?」
「何か野球とトレーニングと美容以外では頭使いたくないらしいんだよ。ゲームはねーちゃんにとっては娯楽じゃなくて単なるリフレッシュのためのもんで……」
「パ●プロとかじゃないんだな……」
「野球ゲームはシミュレーション系ならたまに。パ●プロっていうかガチャガチャ動かす系のゲーム自体全然やらなくて、ぬるい難易度のRPGとか作業的なゲームだけひたすらやりこむんだよ」
元々塩対応のめんどくさがりではあるけど、普段は『可愛い』とか言われると鬱陶しいくらい浮かれる程度の感情は持ち合わせてるのに、完全オフの日はそれすらもどうでも良さげなんだよな……
まぁ、そんなんだから昔から野球だけはめちゃくちゃできるんだろうけど。
「し、失礼します。あの、これ……」
結が下から飲み物と菓子とおしぼりを持ってきてくれた。
「おおっ、可愛い!」
「この子が本物の"ちょうちょちゃん"か!?」
「え……?え?『本物』……?」
「いや、さっき本物に会っただろ?妹だよ……」
まぁ現実逃避したくなるのもわかる。ねーちゃんやかーちゃんと違って結は癖がないもんなぁ。
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