第四十四話 3人用なんだよ(5/8)
******視点:夏樹神楽******
ベンチが勝利の余韻に浸ってる間に、もうお立ち台の準備が整ってた。
「……良いんですか?」
「いーんだよ。勝ち付いたのはお前なんだし、クリーンナップ3人と勝負したんだから文句なしだろ?」
遠慮がちの雨田に対して、サバサバとした態度の早乙女さん。まぁ今日あっしや雨田が結果出せたのも、擬似的とはいえ『カーテンコール』なんて無茶振りで発破かけてくれたりしてくれたからだと思うしな。
「夏樹……」
「悪いな雨田。あのお立ち台は3人用なんだよ」
「そういうこった」
「……ありがとう」
ヒーロー一丁、出荷完了っと。全く、いつも通りイキリ散らしてりゃ良いのに、こんな時だけ。
「放送席ー、放送席ー、そしてバニーズファンの皆様、お待たせしました!ヒーローインタビューです!今日のヒーローは先制打と同点弾の天野選手、プロ初登板初勝利の雨田選手、そして初出場でサヨナラ犠牲フライを放った秋崎選手です!」
「「「「「うおおおおおおお!!!!!」」」」」
場慣れしてる天野さんと、落ち着かずキョロキョロしてる雨田と、こんな時でもアドリブに強い佳子。まぁ妥当な選出だと思う。
「続いて秋崎選手。最高の場面での犠牲フライで勝利をもたらしてくれました。どんな気持ちで打席に立ってましたか?」
「はい!相模さんが『この回で決めよう』って気合いを入れてくれて良い形を作ってくれたから、とにかく飛ばせるだけ飛ばそうと思いました!」
「……ん?」
頬杖ついてお立ち台の方をボーッと見つめる逢。ウェーブがかかった髪とでかいリボンが夜風に揺れて、星空の中を泳いでいるよう。ほんと、黙ってても華があって絵になる奴だよなぁ。
「よう」
「神楽ちゃん……」
「あっしらだけお留守番喰らっちまったなぁ」
「うん……」
逢の隣に立って、しばらく一緒に黙ってお立ち台の方を見つめる。
「あっしな、中学の頃までは結構有名人だっただろ?」
「うん。同じ埼玉だから、名前くらいは知ってたよ」
「ずっとピッチャーやってきたから、チームが勝って自分だけ持ち上げられるなんてこともしょっちゅうだったけどさ、でも、今考えると『勝ちたい』って気持ちで勝ったことってあんまりなかったなぁって思うんだよな」
「じゃあ何を目指してたの?」
「そりゃもう『負けない』ためだよ。プロでもそうだけど、強いチームってのはどうしても周りに『勝って当然』って思われがちだからな。勝った時の持ち上げよりも負けた時の吊し上げの方がよっぽど心に来る」
「『戦犯にならないために勝ってきた』、ってこと?」
「そんなとこだな。だからこうやって、他の奴がヒーローとして持ち上げられて『羨ましい』って思えたのは今日が初めてかもな」
「神楽ちゃんも頑張ったからね」
「逢もな」
中学の頃から頭打ちだった球速がこの1年で5km/hくらい伸びて、結果も出せた。それでもヒーローになれるかどうかは、たとえ同じくらいかそれ以上の結果を出せたとしても順番や巡り合わせ次第。たとえヒット1本、奪三振1つでも場面場面で重みが違うのはわかってるけど、そういう場面に立ち会えるかどうかがまず運次第。
でも、だからこそ、これからも腐らずにやっていかねぇと、ってことなんだろうな。これから先、同じようにヒーローになれる可能性を帯びた時にも同じように結果が出せるように。それがわかっただけでも、今日投げられたのは儲け物……と思っとくかねぇ。
******視点:早乙女千代里******
「よう。この後合コンじゃなかったの?」
「気が変わった」
「さいですか」
畔の隣に立って、しばらく一緒に黙ってお立ち台の方を見つめる。
「俺ら、徳田と一緒になっちまったな」
「……そう決め付けたのは財前さんと鞠の方じゃね?」
「良い口実だと割り切るしかねぇか……」
「その方が良いんじゃね?次に進むための試練としちゃ、ちょっと無慈悲だし」
「かと言って、俺らが『俺らみてーにゃなるなよ』って言ってもガラじゃねーしな」
「ほんそれ」
昨日の試合、せっかくようやく一緒に一軍でやれたのに、財前さんと鞠は全く口を聞いてくれなかった。顔を見りゃ、何を言いたいのかよくわかった。あの2人の結果がイマイチだったから尚更。
あーしは友達に上とか下とか付けるのは最低だと思ってる。だから、徳田のことは友達とすら思わないようにした。やり方や立場が違っても、財前さんと鞠のことを思ってきたつもりだった。
そんなんだから今は、これからあの2人とどう向き合えば良いのか、徳田とかその友達とどう接して良いのか、正直これって答えが思いつかねー。『同じプロだから』とか『大人だから付き合いで』とか『目的は同じ』とか、思いつくのはそんなありきたりな理由ばかり。
でもやっぱ一番カッコがつく理由は、『花城さんのため』……かねぇ?
花城さんが怪我と不調で離脱して以来、あーしはその代わりを務めるようになった。ただ投げて同じくらいの結果を出すだけじゃなく、花城さんがあーしらを引っ張り上げてくれたように、あーしらも同じように……ってね。
ま、今日みたいに憎まれ口で良いのなら、いくらでも叩いてやるんだけどね。
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