第四十三話 水の球場へ愛をこめて(7/7)
バニーズ 1-2 エペタムズ
5回表 攻撃終了
******視点:月出里逢******
「アウト!」
「かおりん、何を(ry」
(ちっくしょ〜、あと1本なのに……!)
5回の裏の攻撃。あと1本ヒットが出れば打率3割ほぼ確定の火織さんだけど、三打席目も凡退。流石にそう上手くはいかないよね。
(普段は目が良くて左相手でも構わず打ってくる厄介な子ですけど、今日に関しては打ち気が見え見えな分、難しい球にも手を出してくれて助かってるのです!)
「2番ショート、月出里。背番号52」
「これでツーアウト、ランナーありません!嵐田、先制点こそ許したものの、1点リードを守り続けます」
二打席続けてツーアウトランナーなしの状況。まぁ当初の予定だったのであろう繋ぎの役割とか気にせずに好きなようにやれるのはありがたいことなんだけどね。
でも、ランナーなしなのはそれはそれで困る。今日は百々(どど)さんに『ヒーローになれ』って言われてるし。それがなくてもプロ初の一軍の試合ですみちゃんも家族も観てるはずなんだから、頑張るしかないんだけどね。
「ストライーク!」
「1球目スライダー、外から入れてきました」
すみちゃんのアドバイスをもらってから二軍での成績がすごく良くなったのは、当然嬉しい。高校からつい最近まで、脇役働きすら危うい立場だったことを考えたら、長打打ったりカットできるようになったんなら上出来すぎるくらい。
でも、たった1つだけ不満を言って良いのなら、ホームランだけはまだ打ててないことがやっぱり心残りではある。正直、プロに入ってホームランよりも先にホームスチールを決めることになるなんて全く思ってなかった。
ランナーなしで自力で点を取るとなると、前みたいにホームスチールっていう方法もあるけど、そんなに簡単にできることじゃない。あれは二軍のバッテリー相手で付け入る隙があったからできたこと。しかもそれがきっかけで注目され始めたところがあるから、余計に狙いづらいってのもある。
そうなってくると、やっぱり大きいのを狙うしかないんだけど……
「ボール!」
(ちょっと外れちゃったけど、許容範囲なのです……!?)
「うぉっ!!?」
「……!!?ふぁ、ファール!」
「ファールボールにご注意ください」
「ヒェッ……何や今の打球……!?」
「死人が出る定期」
(何なのですか、あの非常識な打球速度は……!!?)
速い打球を打つのは好きだし得意。あたしだって人間だからね、こういうのを自慢したくもなる。実際の打撃結果が伴わないから、こういうので少しでも優位に立ちたいっていう下心もあるけど。
「ファール!」
でも、あたしだって速い打球ばかり打ってもしょうがないってことはわかってる。最近フラレボとかバレルがどうのこうのとかって言われてるけど、長いこと若王子さんを追っかけてたあたしだから、ある程度打球を上げないとホームランはなかなか打てないってのくらい理解してる。具体的には『ボールの中心の少し下を叩くべし』っていうのも、もちろん知ってる。
「ファール!」
「まだまだ粘ります月出里!」
「ほんとスイングも打球も速いですねぇ。あんなに小さいのに……」
なのに何故か、芯で捉え過ぎてしまう。おかげで二軍ではバックの守備範囲を抜くのには全く困らなくなったけど、それでも佳子ちゃんみたいにフライを狙って打つのがどうしてもできない。
「……!」
すっかり暗くなった空をふと見上げると、月が浮かんでた。ちょうどセンター方向、バックスクリーンの真上くらい。きっと外の池にも綺麗に映ってる。
「『三日月に向かって、三日月を描くように』……」
「?」
今の今まで忘れてたわけじゃない。振旗コーチが提案してくれた、打つ時の意識付け。
どんな球も地球の重力に従って落ちてくる。その軌道に逆らわず、三日月を描くようにバットを一旦落とし、カチ上げる瞬間に捉える。
(三振は奪れなくても良いから、せめてそろそろ打ち損じてほしいのです……!)
初めて上手くできたのは、前にスティングレイ戦で遠征に行った時の練習。
本来ならバットを一直線に出さずに一旦下ろして上げると加速が連動しないはずなのに、三日月を描くようなイメージで振ると、何故かむしろヘッドが振り下ろした時の勢いそのままに自然にフワッと持ち上がるような感覚がして、いつもくらいの速さで角度もある打球が飛ばせる。
もう中盤の1点差。百々(どど)さんにあんなこと言った以上、狙うなら今しかない……!
「!!?」
「……センター!!!」
「おおっ、これは……!」
「センター騒速、下がって、下がって……!」
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
「捕りました、スリーアウト!」
「あっちゃあ……思ったより伸びんかったなぁ」
「まぁ今のじゃどの球場でも届かんわな」
「そういやちょうちょってあんまりああいうフライとか打たんな」
「ヒットも長打も大体弾丸ライナーやからな」
……やっぱり、こうなっちゃうよね。
あれ以来、練習でならたまにできるんだけど、試合ではまだ一度も上手くいったことがない。今のでもまだ上出来な方。大抵は前までみたいに打球だけは速い凡打になっちゃうから、あたしの今の役割的にも、『アウトになりたくない』って気持ち的にも、常に狙ってるわけじゃない。
いざ狙う時には三日月を描くように意識してる。そういうふうに振れてる感覚もある。なのに、あたし自身もよくわからないんだけど、気付いたら芯で捉え過ぎてることがほとんど。そうでなくても、逆に芯から外れ過ぎてる。『あたしの中のあたし』が何を考えてか邪魔してるような、そんな気がしてならない。
「惜しかったわね、逢ちゃん」
「ど、どうも……」
百々さんにそう言ってもらえたのならまだ救いはある。頑張ったフリだけでも伝わったのなら。
プロに入って以来、色んな人から色んなことを教わって、確実に上手くなった実感はある。高校の時に全然活躍できなかったから、すみちゃんに『"世界一のスラッガー"になれる』とか言われたのも最初は信じきれなくて、プロに入ってもどうせすぐに見限られるんじゃないかって不安もあったんだから、それを考えたら今は恵まれ過ぎてるくらいだと思ってる。クッソ可愛く生まれて野球もプロになれるくらいには上手いなんて、それだけでも贅沢すぎるって自覚してる。
だからこそ、よりによって一番上手くなりたいことだけは全く上手くなれないままなのがもどかしい。同い年で、誕生日もあたしと近い猪戸くんなんて初打席で打ったって言うのに。
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「いったあああああ!!!!!」
「チッヒ!チッヒ!チッヒ!チッヒ!」
「マジかよ……!?」
「天野、第二十七号同点ソロホームラン!最終戦に駆けつけたバニーズファンが待つライトスタンドへ一直線!水の球場へ愛をこめて、嬉しい一発を放ってくれました!」
6回の攻撃、突然だった。
「ウェーイ!ナイバッチ主砲!!」
「ありがとう、みんな!」
「…………」
祝福で沸くチームメイトがベンチで横並びになって、天野さんは1人1人とハイタッチを交わす。あたしも混ざって、何とか笑顔を作って迎える。
「ありがとね、千尋ちゃん。今年最後の試合で負け投手にならなくて済んだわ」
「このくらいお安い御用ですよ!百々さん、今年も1年間お疲れ様でした!」
百々さんは何かしらの記録が絡まない限りは6回までって決まってた。あたしが迷惑をかけた分を、天野さんがギリギリになって補ってくれた形。
だから天野さんからしたら理不尽極まりない話だけど、欲しいものを横取りされた気分になって、どうしてもまっすぐに祝福できない。どうしてこの人ばかりが。どうしてあたしには。前の紅白戦の時も思い出してしまって、そんなことばかり考えてしまう。
佳子ちゃんとかみたいに、相手の良いところを素直に認められたら、自分にとっても周りにとってもどんなに楽か。




