第四十三話 水の球場へ愛をこめて(6/7)
バニーズ 1-2 エペタムズ
4回表 攻撃終了
「5回表、エペタムズの攻撃。8番キャッチャー、■■。背番号■■」
裏の攻撃では点を挙げられず、ビハインドのまま。
「アウト!」
「ストライクスリー!バッターアウト!」
とはいえ、向こうも下位打線から。本当に逆転弾なんてどこ吹く風な百々(どど)さんはスイスイとツーアウトまで漕ぎ着けた。
「1番センター、騒速。背番号7」
「きゃあああああああ!!!!!」
「明煌くぅぅぅん!!!」
「ヒューッ♪サンキュー子猫ちゃん達!」
氷室さんがマウンドに上がった時と同じような黄色い声。それに応えながら打席に向かうのは、ナイターなのにグラサンかけてて、派手でチャラめのイケメン。あたしのタイプじゃないけど。
騒速明煌さん。ご覧の通り、向こうきっての人気選手。
「ライトの前……落ちましたヒット!ツーアウトから出塁!」
「明煌くんナイバッチ!」
「2番セカンド、■■。背番号■■」
もちろん、見た目だけでチヤホヤされてるわけじゃ断じてない。打つ方で見れば、打率がちょっと落ちた代わりにホームランが打てる赤猫さん。出塁率も単純な脚の速さもほぼ互角。これだけでも理想的なリードオフヒッター。
そして何より……
「セーフ!」
「一旦一塁へ牽制!」
騒速さんの最大の武器は盗塁。数は赤猫さんの方が上なことが多いけど、それに対して騒速さんは失敗が少ない。
あたしも下で僧頭コーチから走るのを教わった時に、騒速さんの映像は参考にするために何度も観た。前に対戦したアルバトロスの高座さんほどのインパクトはないけど、何というか、盗みどころをすごく理解してるような、そんなタイプ。あたしも打つ方でも走る方でもとにかくアウトになるのが嫌だから、考え方が近いのかもしれない。
(ツーアウト……走る可能性は大いにあるわな)
(まぁ私はクイックは苦手じゃないけど……頼りにさせてもらうわよ)
……確かに、バッテリー以外がボールを触れるかどうかは投手と打者のご機嫌次第。バッテリー以外じゃ一番忙しいと言われてるショートだって、インプレー中に全くボールを触らない試合は起こり得る。
だけど、結果とか統計はともかく、どのポジションも打球が来る可能性は常にゼロじゃない。最近話題になってる守備シフトだって、仮に本当にその方向に打球が来なかったとしても、打者がシフトに引っ掛かることを恐れてバッティングを普段とは違うものに変えることで結果が変わる可能性もある。
ボールを触らなくても、バッテリー以外にも守備でやれることはある。そういうのも含めて、百々さんは投手の一部になるってことを言ってたんだと思う。
だからあたしは思い描く。騒速さんを走らせずにそのままヒッティングの場合、どういうふうに打球が飛んでくるか?騒速さんが走った場合、その時に百々さんがどういう球を投げたら、冬島さんはどんなタイミングとどんな軌道で二塁に送球するのか?そしてあたしは、それに対してどう動くのか?
ある程度共通してる部分を基準にして、あたしがどう動くのかをそれぞれのパターンごとに頭の中で思い描く。この前のミーティングで、最新の機器の勉強ってことで、投手が持ってる球種を同時に全て投げる形で、それぞれの球種のリリースポイントとか軌道とかの違いを再現するシミュレーション映像を見させてもらったけど、それに近いイメージ。
もちろん、プロに入る前からショートだったから打球の予測くらいは前々から普通にやってた。でも、すごく輪郭の見えづらい何となくなイメージしかできなかった。それが、プロに入ってからはあたしの頭の中は随分鮮明になった。でも、代わりにすみちゃんの影響なのか、随分デジタルな世界に様変わりしてしまった。
そのイメージをもとにして、あたしは少しだけ立ち位置を変える。その方が良い結果が出しやすそうな気がするから。
「……!一塁ランナースタート!!」
「ボール!」
(!!やば、送球が低すぎる……!)
二塁の手前でショートバウンドしそうな軌道。そうくるのなら……
「!!?」
あたしはこうすると決めてた……!
「アウトォォォォォ!!!!!」
「二塁タッチアウト!盗塁失敗!!」
(ヒューッ、マジかよ……)
「おっしゃあ!騒速刺したで!!」
「流石や冬島!コウキャノン炸裂や!!」
(……いや、今のは月出里ちゃんに助けられたな)
「スリーアウトチェンジ!」
「ナイスプレー、逢ちゃん」
ベンチに戻ってる間に、今度は百々さんの方から話しかけてきた。
「これで取り返せたとは思ってません」
「あら。じゃあまだ期待させてもらうわね」
キャッチャーはピッチャーとかと比べて頑張りが評価されにくのに不満を持つらしいけど、あのタッチプレーはキャッチャーに対する脇役働き。まぁ今回一番わかってほしかった人に理解してもらえたから別に良いんだけどね。
******視点:鈴鹿智子******
やるわねェあの子。月出里逢……と言ったわねェ?
確かに百々のクイックも冬島の読みと強肩も勝因にはなったけどォ、決定づけたのはあの子のタッチプレー。捕るのだけでも神経を使うショートバウンドの送球だったのにィ、タッチしにいく間にキャッチしたような俊敏で無駄のない動作。まるでああいう送球になることをわかっていたかのようねェ。
最近は盗塁阻止は捕手だけじゃなく投手にも責任があるという考えが浸透してきたけどォ、実際にはベースカバーに入る内野のタッチプレーも、地味ながら決して小さくない要素なのよねェ。
……ただでさえ見た目にも目立つ子だけど、二軍の成績と言い、あのタッチプレーと言い、喜乃から四球と盗塁をもぎ奪ったのと言い、プレーの端々から危険な匂いを漂わせてるわねェ。オープン戦で妃房蜜溜から打った件も、決して偶然で片付けちゃいけなさそうねェ。
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