第四十三話 水の球場へ愛をこめて(5/7)
バニーズ 1-2 エペタムズ
4回表
「ストライクスリー!バッターアウト!スリーアウトチェンジ!」
「空振り三振スリーアウトチェンジ!しかしこの回、グコランのツーランが飛び出して1-2、エペタムズが逆転しております!」
4回表の守備を終えて、駆け足でベンチに戻りながら……
「百々(どど)さん」
「ん?」
「……すみませんでした」
切り替えた以上、謝るのも臆さない。
「気にしないで。今回はたまたま貴女が間違える番だったのよ」
「え……?」
ベンチに戻って、百々さんが軽く水分補給した後に続けてくれた。
「『ミスは誰でもする』……とはよく言うけど、私はそれに加えて、ミスっていうのはチームという集まり全体で見れば大体一定期間ごとに起こるものだと思ってるわ。その時にその集まりの誰かにいわゆる"戦犯"とかそういう白羽の矢が立つ。そういうものだと私は捉えてるわ」
「…………」
「当然、わざとミスする分にはその限りじゃないけど……違うわよね?」
「も、もちろんです!でもあたし、ちょっと集中しきれなくて……」
「なら、代わりに今日のヒーローを目指しなさい」
「……ヒーローって、お立ち台ですか?」
「そう。プロに限らず、野球ってのはいつだってエースや4番が試合の中で一番活躍するとは限らないでしょ?草野球の数合わせで呼ばれたガリ勉のライパチくんだってヒーローになれることもある。"戦犯"の白羽の矢と同じようにね。もちろん、これも『一生懸命やったら』の話だけど」
「一生懸命の証を立てるため、ですか……?」
「そういうこと。絶対にそうなれってって話じゃなく、目指してくれればそれで十分。まぁさっきのショートゴロきちんと捌いてるの見てたら、言われなくても一生懸命やってるっていうのはわかるけどね」
「はい!絶対にあの分は取り返します!」
「良い返事ね。期待してるわよ」
ベンチに戻ってきても反省を示すように立ったままのあたしを気遣ってか、百々さんは空いてる隣を指さした。それに従って、あたしも座った。
「百々さん」
「ん?」
「あんなことがあっても、どうして落ち着いてられるんですか?」
「んー……私って昔、野球じゃなくソフトボールやってたんだけど、その時に本職がショートだったからかしらね?」
「ショートの気持ちがわかるってことですか?」
「それもあるけど、それ以上に私は最初からピッチャーじゃなかったからってこと。だから私は、ピッチングと守備って、鳥と恐竜みたいに明確な違いはないと信じられるのよね。ピッチャーがキャッチャーミットめがけて投げるまでがピッチングじゃなく、ピッチャー1人が投げてから9人で何とかするまでがピッチングか、あるいは守備なんだって」
「…………」
「だから、その内の誰かがミスをしても、それこそ打球がさっき言った白羽の矢になっただけだって、そう割り切れるのよね。『連帯責任』とかそういうのとはちょっと違って、何と言うか……他の8人も私というピッチャーの一部になってもらうというか……わかるかしら?」
「……ほどよく自分のことと思えるから、他の人を責めようって気にならないってことですか?」
「そんなとこね。答えになったかしら?」
「はい。すごく参考になりました」
「それなら良かったわ」
投手っていうのは本当にプロでもアマチュアでも色んな人がいる。あの変態みたいに打者とひたすらタイマンで戦いたがる人もいるし、実際、実力が伴ってるのならそういう人が一番好ましいのかなーってあたしも思ってる。
でも、結局のところどんな心情でどう投げたとしても、それはより良い結果を出すための手段でしかない。投手が9人で勝つっていう気持ちでいたとしても、それでミスを割り切れて次以降の打者を打ち取れるのなら、それは結果として『投手と打者の勝負』っていう括りにとっても良いこと。
それでもあたしは打つ方では投手に勝つことを目指したいけど、守備では別にその限りじゃない。というかあたしは野手だから、そもそもまずボールを触れるかどうかすら投手と打者次第。だから、守ってる間は投手の一部でも別に構わない。
あの時から打つ時と守る時でちゃんと頭を切り替えられるように意識してきたけど、それって単に片方のことを引きずらないようにっていう漠然としたものだったからね。"打つ時のあたし"と"守る時のあたし"、考え方自体もはっきり分けちゃった方が、案外きっちりと頭の切り替えができるのかもしれない。
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