第四十三話 水の球場へ愛をこめて(3/7)
******視点:天野千尋******
うーん、逢ちゃん色々変わったねぇ。バッティングフォームのぎこちなさがあんまりなくなったのは良いことだけど、あんな脚を絡めるタイプになってるとは。振旗コーチにみっちり教えてもらったんだから、もっとガンガン打つようになったのかなって思ってた。
でも、正直言うとちょっと安心したところはある。ぼくより力のある逢ちゃんだから、同じようなタイプになっちゃうと、もう誰もぼくには期待してくれなくなるんじゃないかって、そんなことを考えてしまう。
……よくない考え方だと思うけど、ドラ1で指名してもらった球団に一度捨てられた身だからね。ぼくにしかできないことでぼくを必要として欲しいって気持ちがどうしてもある。
「ショート!」
(ッ……!高い!)
「ぬおおおおお!!!」
「アウトおおおおお!!!」
「一塁アウト!間に合いませんでした!」
リリィちゃんは高いバウンドのショートゴロ……と言われてるけど……
「おっと、ここで柳監督出てきて……リクエストです!」
だよね。ぼくもあれはアウトとは断言できないもん。
「……セーフ!」
「セーフ!判定覆りました!これでツーアウト一三塁!!」
「っしゃあっ!ナイスダッシュリリィ!!」
「ほんま守備さえ何とかしてくれたらなぁ……」
「地味にOPSチーム1位やしな」
このリクエスト成功は大きいね。ランナーが増えたし、チャンスも残った。
「4番ファースト、天野。背番号32」
「ホームランホームランチッヒ!!!」
「いや、無理そうならシングルだけでも頼んます……」
「バニーズ、一打先制のチャンスでバッターボックスには今日も4番の天野!今シーズンはチーム1位の26本塁打で大躍進!この最終試合でキャリアハイをさらに伸ばせるか!?」
(喜乃にとっては得意ではあるけど一番怖いタイプなのです……良くも悪くも球を選ばないし、当たるとめちゃくちゃ飛ぶし……)
(こうなってしまっては仕方ない。何とか切り抜けるぞ!)
何より、ぼくが打つんだからね……!
「ストライーク!」
「1球目空振り!スローカーブから入ってきました!」
「このカーブが良いんですよねぇ。低め低めに吸い込まれるように決まる」
「百々(どど)も良いカーブを投げますよねぇ」
そうなんだよねぇ……芯を外す球だけじゃなくて、こういうのもあるからやりづらいんだよねぇ。カット系の球ならある程度力任せでどうにかなるんだけど。
「ストライーク!」
「またも低めカーブ!」
「うーん、露骨に嫌がってますねぇ……」
外れることを期待して捨てたんだけど、やっぱりそういうのが通用しないんだよねぇ。球は遅くても、1年目からバリバリ活躍してるだけあって本当に良いピッチャーだよ。
「ファール!」
「3球続けましたが何とか合わせました!」
「こういうタイプはやっぱチッヒやと厳しいなぁ」
「進塁打とかそういうのはせんでもええけど、せめてちょこんと打つのもたまにはできたらなぁ」
春のキャンプの時に振旗コーチにカーブを見極めるコツとして、リリースの違いをよく見るように言われたから、これでもまだマシになったんだけどね。でも嵐田さんはこの辺が本当に上手い。他のピッチャーと比べても違いが小さくて本当に読みづらい。
「ファール!」
「またもカーブ!」
「ええぞええぞ!」
「天野さん!ナイスカット!」
(カーブを嫌がってるのは間違いない。もう1球続けるぞ)
(了解なのです!)
「ボール!」
「ようやく外れましたボール!」
弘法も筆のなんちゃらってやつかな?少しだけ希望が見えてきた。
(甘い……!)
!!!
「ファール!」
「なんと5球続けてカーブ!」
まさかまさかだね……危なかった。
(この扇風機でもとっさに当てられるんだから、流石に慣れてきたか……?だが、カーブが苦手なのは明白。ストレートに見せかけてフォークといきたいとこだが、今年の不調の原因はまさにフォークの精度が不安定だからだし、悩みどころだな)
(……!スライダー、なのですか……)
(入れる必要はない。ある程度速球に見せかけやすいこれで釣って決めよう)
ようやく次の球が決まったみたいだね。こんなふうに悩ませられるくらいになれたのもコーチのおかげだね。
(勝負なのです……!)
……!当たれ!!
「!!!打ち上げました!」
ミスショット……だけど……!
(まずい……!)
「落ちましたセンター前!三塁ランナーホームイン!!天野、今シーズン最後の試合で仕事を果たしましたッ!!!」
「うおおおおおおお!!!!!!!」
「先制じゃあああああ!!!!!」
スライダーがどうにか手の届くところで助かった。不恰好にはなったけど、ぼく以外の普通のバッターならただの内野フライ……と思いたいね。
(カーブを続けすぎたか……!)
(良い時のスライダーが再現しきれなかったのです……)
「5番ライト、松村。背番号4」
「続け続けー!」
「なおもチャンスで打席には松村。今シーズンは規定未到達ながら3割近いアベレージで結果を出しています!」
(……負けないのです!)
ぼくも桐生くんみたいに打てたら……ううん、今のでもホームランにできるようにならないとね。
「アウト!」
「スリーアウトチェンジ!しかし3回の裏、天野のタイムリーでバニーズ先制!1-0でゲームは中盤に突入します!」
「ウェーイ!」
「天野さん!ナイバッチです!」
「ありがとう逢ちゃん!」
ベンチに戻って喜びを分かち合う。ちょっと顔ぶれが違うけど、やっぱりこのメンバーでやるのは楽しいね。
……逢ちゃんや佳子ちゃんがどんなふうにどれだけ振旗コーチの元で頑張ってきたのかは直に見てないからわからないけど、まだまだ負けるつもりはないよ!




