第四十三話 水の球場へ愛をこめて(2/7)
「3回の裏、バニーズの攻撃。9番キャッチャー、冬島。背番号8」
こっちの打線は若手中心、こっちの先発はエースだから試合はまだ動かず。
「アウト!」
(くそっ、手元で動いてくる球は読み打ちしづらいわ……)
「1番セカンド、徳田。背番号36」
あたしが凡退した後にリリィさんがツーベース打ってチャンスを作ったりもしたんだけど、なかなか続かない。余計な四球を出さないタイプだから尚更。
「アウト!」
「あっちゃ〜……」
「かおりん、何を力んでるんや(その目は優しかった)」
「2番ショート、月出里。背番号52」
ツーアウトランナーなしであたしの打席。ちょっと前までは『打順調整の絶好のチャンス』とか言われてたけど……
「ちょうちょー!遠慮せずに打ってけー!」
「走れ走れー!」
「逢ちゃん、ファイトー!」
佳子ちゃん達以外にも期待されるようになった。
そろそろ1つ、何か話題を作りたいね。
「ストライーク!」
「1球目ストライク!139km/h!」
「球は速くなくともキレのある速球でストライク先行。無駄なボール球を投げずにテンポよく投げてくれるのはバックにとってもリズムが作りやすくて良いですね」
(大砲揃いのビリオンズ打線とかならともかく、今日の向こうの打線で一発警戒しなきゃなのはせいぜい天野さんとリリィさんくらい。シングルなんて四球とそんなに変わらないんだから、打たせていった方がアウトになる可能性がある分よっぽど良いのです!)
「ファール!」
「2球目打っていきましたファール!」
(ほんとスイング速いなコイツ……マスク越しでもマジでビビるわ)
うーん、やっぱりファーストスイングで綺麗にフェアゾーンに飛ばすのがまだどうしてもうまくいかない……
(よし、追い込んだのです!)
「ファール!」
(……むぅ……)
でも、これでも前よりは随分マシになった。
前まではカットですらイメージ通りにできなかった。カットしたつもりがフェアゾーンへのボテボテの当たりになったりで、四球を稼ぐのも一苦労だった。
「ボール!」
「ファール!」
「ファール!」
「ボール!」
「7球目ですがまだ粘ります月出里!」
バットを折ってばかりで地球にも財布にも優しくなかったあたしも、カットだけは前よりやりやすくなったおかげで、そういうのも減った。
確かにこの人の投球は一軍のそれだと思う。呼吸と拍子からは直球か変化球かが読みづらいところがあるから打つのは難しいけど、本能で捌けるスピードだから粘れはする。
四球も打者の勝ちの内だとは思うけど、あたしだってこんなみみっちい真似しないで、普通に打って普通に出たい。でもそれが上手くいかないんだから仕方ない。
「ファール!」
「……ボール!」
「際どいとこですが見逃してボール!」
(さっきから何なのですか、この子……喜乃の球を粘れるだけならともかく、滅多に投げないボール球をピンポイントで見極めてくるなんて……!)
(……面白い子ねェ)
『今できる最善を尽くすのがプロの仕事』。前に今日と同じようなメンバーで試合した時に、そんなこと言われて怒られちゃったからね。
「ボール!フォアボール!」
今日はできるだけ大人しくやらせてもらうよ。
「よっしゃ!ナイセンちょうちょ!」
「嵐田から四球もぎ取りおったでアイツ……」
「二軍の時と変わらずアヘアヘお散歩ガールやな」
「月出里、粘って10球目でフォアボール!嵐田、今日初めての四球!」
「ツーアウトからですが、クリーンナップの前にランナー置けたのは大きいですね。それに……」
あれだけコントロールの良いピッチャーなんだから、多分『シングルと四球なんて同じようなもの』ってスタンスなんだろうけど、あたしは違うよ。
「3番指名打者、リリィ。背番号54」
(二軍での研鑽の成果、見せてもらおうかの)
わかってるね柳監督。期待に応えてあげるよ。
(スチールあるぞ!警戒していけ!)
(左の喜乃相手に生意気なのです……!)
「セーフ!」
確かに一軍と二軍じゃ、レベルとかそういうのは全然違うと思う。だけど、プロの一軍とか二軍とか、アマチュアとかも関係なく、野球をやるのは同じ人間。
「セーフ!」
多少の個性を除けば、同じように呼吸して、同じように投げる。
「!!!」
「ランナーいきなりスタート!」
「ストラーイク!」
その多少の個性も、じっくり見させてもらった。
「セーフ!!!」
「セーフ!盗塁成功!ルーキー月出里、何と1球目でプロ初盗塁を決めました!」
「すげぇぇぇぇぇ!!!」
「やっぱちょうちょクッソ速いな……」
「いや、というか度胸ありすぎやろ……」
あたしが背負ってるものを考えたら、このくらいどうってことない。




