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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
263/1161

第四十二話 名前だけでも覚えて帰って下さい(6/6)

******視点:三条菫子(さんじょうすみれこ)******


「ふぅ……」


 一息ついて、スポーツドリンクを少しずつ飲みながらタブレットとスマホをオン。

 (あい)は2番ショートでスタメン。昨日の二軍選手の待遇を見る限りでもスタメンは十分あり得ると思ってたけど、なかなか良い待遇ね。実際、数字上でも明らかに良くなったし、大叔母様からも『出力のブレがだいぶ小さくなった』ってお墨付き。


『すみちゃん、あたし来週一軍の試合に出られるって!』

『ええ、(やなぎ)監督から聞いたわ。おめでとう』

『それで、えっと……すみちゃん、観にこれそう?』

『ごめん、大学の都合でちょっと厳しそうだわ』

『うーん、残念……』

『でも配信は何とかリアルタイムで観れるようにするわ』

『本当?嬉しい!』


 着信なんてないのに、メッセージアプリを立ち上げて、先週の逢とのやり取りを見直してしまう。流石にもうスマホは見てないと思うけど、一応……


「『頑張ってね』……」


 メッセージを一言だけ。試合が終わった頃には意味がなくなる言葉なのに、私ってば何をやってるのかしらね?ちゃんと観てるってアリバイ作りなのか何なのか……

 何にせよ、あの子はまだほんの一歩先に進んだだけ。あの子の大きすぎる才能のほんの一部を生かせるようになっただけで、大部分はまだまだ祝福(ギフト)ではなく呪縛(ハンデ)のまま。

 もう動画配信を観始めたからこっちに専念するけど、また白球を手に取り、指で弾いて浮かせる。


「まだまだこれからだからね、お互いに」


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******視点:鈴鹿智子(すずかさとこ)******


 柳監督との挨拶を済ませて、ベンチに戻って試合の準備。

 この球場は緑あふれる公園の中、それも綺麗な池に浮かんでるからか、都会の割に夜風が心地良い。函館の方も空気が美味しくて景観も良いけど、ウチのホーム球場はドームだからねェ。現役時代や幼少期を遡ってみても、やっぱり野球は外でやる方が良いと思えるわァ。


「また若手中心の布陣ですね、監督……」

「不満かしらァ、ヘッドコーチ?」

「……まぁエースの胸を借りられるのなら、CSに向けて良い経験になると思いますけどね」

「同感ねェ。それに、こちらとしては野手陣の並びもありがたいものよォ」

「?」

「ただでさえバニーズは"追う者"。そして、三条(さんじょう)財閥という大きな後ろ盾はあるけど、資金繰りには余裕のない状況。向こうからしたら大型補強で強引に順位を上げるっていう選択肢がないんだから、若手の台頭に期待するのが当然。今日の布陣もそれを物語ってるわァ」

「……将来的な脅威を、他の球団よりも先んじて見極められるチャンスでもあると?」

「正解よォ。ウチも経営方針の都合で、ほぼ常に若めの選手が主力を張ってる状況だしねェ。ウチの子達にとっても、そういう相手と直に触れられるのは今後良い経験になると思うわァ」

「なるほど……」


 どうせ順位は決まっちゃってるんだしねェ。今日はお互い勝ち負け以上に有意義な試合にしましょうねぇ、柳監督ゥ?


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******視点:月出里逢(すだちあい)******


 瞑想を済ませて目を開けると、小さい頃に何度も観た光景。

 ビリオンズ戦で若王子(わかおうじ)さんを観るついでにバニーズの一軍の試合はテレビ越しで何度も観たけど、直に観るのも、観られる側に立つのも今日が初めて。やっぱり球場には空席が目立つけど、それでもファンの熱気は二軍の方とは比べものにならない。


「ショートストップ……ナンバー52、アイースダチ!!!」

「うおおお!!!」

「遂にちょうちょ一軍デビューじゃあああ!!!」


 アナウンスとともに、この前撮影した写真を加工してそれっぽくした画像がバックスクリーンに映し出される。ホーム球場だから当然、最初の仕事は守備。いつものグローブを連れて、歓声の海をくぐり抜けて定位置に立つ。

 ベンチの方をふと見ると、雨田(あまた)くんと神楽(かぐら)ちゃん……そして、あたしに向かって手を振るヴォーパルくんの姿。球場にメインのマスコットがいるのも確かに一軍ならではだね。馴れ馴れしさなんて感じず、素直に手を振り返す。

 そう言えば去年の今頃くらい、あたしはプロを諦めかけてて、届は一応出したけど、就活の準備を始めてたっけ?それなりのところで働いて、(じゅん)(ゆい)の学費を稼ぎながら、高収入で顔の良い男を捕まえて、子供を3人くらい育てながらのんびり生きられればそれで良いかなと思ってたもんだから、いくら贖罪も兼ねてとは言ええらいところに就職しちゃったなって、今更ながら実感する。


「おいおい、あの子めっちゃ可愛くね……?」

「あんな子いたんか……」

「お前さてはちょうちょ知らんな?ちびるで」


 球場にまで足を運んでるからって、選手に詳しいわけじゃない。でもそういう人もこうやって来てくれてるのは、すみちゃん的にも嬉しいことのはず。


「プレイボール!」

「1回の表、エペタムズの攻撃。1番センター、騒速(そはや)。背番号7」


「……ショート!」


 いきなりの守備機会……だけど本当に平凡なショートゴロ。騒速さんは俊足だけど、プロのショートならまず誰でも捌ける。


「アウト!」

「よしよし、緊張してへんみたいやな」

相沢(あいざわ)おらんと不安になるんやが……」

「ちょうちょも普通に上手いから大丈夫だって安心しろよ〜」


 せっかくのデビュー戦で、きっと約束通りすみちゃんも家族も観てるんだから、もうちょっと持ち味を活かせる程度の難しい打球にしてほしかった。百々(どど)さんには申し訳ないけどね。


 そんな感じで、あたしはこんなに可愛くても愛想はそんなに良くないし、その他大勢のファンを喜ばせるよりも特定の誰かを喜ばせることを何よりも優先する……はっきり言って、プロ野球選手としては全く模範的とは言えない奴だし、これから先も多分そんなのを目指すつもりもない。

 だけど結果は出す。どこかの監督が言ってた『勝つことが最大のファンサービス』ってのはきちんと実現するつもり。それもまたあの人の望みだからではあるけど、他のファンの人達にだって悪いようにはしないよ。

 だから関西のノリで言えば、『今日は名前だけでも覚えて帰ってください』、ってね。

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