第四十二話 名前だけでも覚えて帰って下さい(4/6)
******視点:月出里逢******
「雨田選手、本日プロ初出場の予定とのことですが、状態の方はいかがでしょうか?」
「あ……はい!いいい一応いけると思います!」
10月5日、試合前練習。
一軍の試合では、ホーム側の試合前練習は試合3時間前……つまり今日みたいにいつも通り18:00開始の場合、15:00からが基本。公示が出るのも大体そのくらい。なのにテレビの人達が来てるってことは、球団が前もって知らせたからなのか、それとも昨日の試合で山口さん達が出て察したのか。まぁ前者だろうね。
普段の偉そうな態度とは裏腹に、ちょっと吃り気味な雨田くん。ウチのドラ1だけど高校時代まであんまり実績がなくて取材慣れしてないんだろうし、初対面の人には案外弱いからね。
今日試合をやるのはウチのホーム球場、サンジョーフィールド天王寺。旧名は天王寺大公園球場。その名の通り、すみちゃんの実家の三条財閥が所有する、大阪市天王寺区の野外球場。そして旧名の通り、中に動物園もあるくらい大きな公園の中にある球場。古い割に今の基準でも決して狭くないこの球場を丸ごと浮かばせられるくらい大きな池に囲まれてて、ナイターの日には時々水面に月が浮かんだりと、これまた選手と同じで『見た目だけは綺麗』と評判のとこ。この風景の維持とか諸々の理由で、この池だけは都会の水溜まりながら綺麗に保たれてるから、野球と関係なく貸しボートもデートスポットとして人気がある。
ウチはホーム球場が2つあって、ここの他に準本拠地として同じ大阪市にあるドームもあるけど、あっちは借りてるとこだし、同じ関西のパンサーズも高校野球の日程の都合で割とよく使う。ついでに言うと、ウチに限らず二軍の試合ってのは時々一軍と同じとこを使うから、この球場でプレーするのは初めてじゃない。だから開門前のガラガラな観客席を見ても、まだイマイチ一軍に上がった実感が湧いてこない。
けど、あたしの仕事の内野はとにかく地面の具合に振り回される。ノックを受けて、いつもの二軍球場との違いを、イメージと実際を擦り合わせながら身体に馴染ませていく。
「あの、今お時間よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
ノックを終えて一息ついてると、顔も身なりも綺麗なお姉さんが、カメラを持ったおじさんを率いてあたしの元にも。育ちの良さが滲み出てる。憎たらしいくらいに。最近はあんまりいないけど、ひと昔前は『男性プロ野球選手の結婚相手=女子アナ』とかそういう図式が成り立ってたのが、女のあたしでも納得がいく。
「えっと……月出里選手は今日が一軍戦初出場ですよね?」
「はい」
「いやぁ月出里選手、本当に綺麗ですね。"期待の美少女ルーキー"としてファンの間でも評判だそうで」
「当然です」
「ふふっ……!ユニークなんですね。埼玉出身とのことですが、こちらに来て関西のノリを学ばれたんですか?」
「本音です」
「……あ、そうですか」
どうせ関西のテレビの人なんてパンサーズにしか興味がない。一軍の選手でさえも普段はロクに取り上げないんだから。あたしの名前もパッと出てこなかったんだから、あたしの経歴とか二軍の成績なんてそこまで詳しく知ってるわけがない。だからこんなふうに当たり障りのない切り込み方をする。知らない人の赤ちゃんを見たらとりあえず『女の子ですか?』って聞くみたいに……なんて勘繰る辺り、あたしもロクなもんじゃないけどね。
だから、とりあえずあたしも当たり障りのないように答える。あえていつものファン対応よりも塩辛く、一言二言で。
「えっと……で、では月出里選手、本日はありがとうございました!プレーの方、頑張ってください!」
「ありがとうございます」
質問に窮して逃げるように去っていく女子アナさん達。
あたしは周りの人に、『つまらなそうな時はかまぼこをひっくり返したような冷めた目をしてるからわかりやすい』ってよく言われる。目が大きくて可愛いとこういうとこでも目立ってしまう。けど、さっきは無意識じゃなく、できるだけ意識してた。憧れの若王子さんがホームランを打っても『打ててよかったです』くらいしか言わないのを倣うように。
この仕事をやってる以上、『テレビ関係の人と全く関わる気がない』とは言わないけど、できるだけ関わりたくない。単純にめんどくさいのと、色々思い出して嫌になるから。
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