第六話 あんな古臭い投手が(4/5)
「わ、悪い……」
「何やってるんだよ!そんな打球も処理できないのかよ!!?」
県内最高峰の偏差値を誇る博多大附属にも一応野球部はあった。ただやはり、この学校の運動系の部活のほとんどは将来の面接の話題作り程度の存在でしかなかった。中学までのチームメイトはたとえ実力はなくとも最低限誰しもがやる気だけはあったから、その気持ちを汲む程度の余裕はあった。
「ったく、雨田の野郎……ちょっと上手いからって調子に乗りやがって……!」
「どうせ頑張っても、『万年1回戦負け』が『万年2~3回戦負け』になる程度だろ?そんな時間あったら勉強した方がコスパ良いに決まってんじゃん」
「女子ウケ狙いすぎじゃね?ほんとうぜぇわ」
競い合うわけでもなく、多分面倒な当番を押し付けるような感覚で、あっさりと『エースで4番のキャプテン』を入部してすぐくらいに譲られた。好きこそものの何とやらの逆なだけかもしれないけど、それでも打つことは今でも割と好き。だけど、たまに打つホームランも、味方のエラー絡みの失点を補完しきれないことがほとんどで、むなしいばかりだった。
「ふぅ……噂通りの速球派だったけど、何とか勝てたな……」
「ふん、『速球派』な……確かに1年で140km/h出してホームランってのはすげぇけど、勝ったのは3年で130km/hがやっとの俺だよ。ピッチャーってのはチームを勝たせるのが役割なんだよ」
馬鹿馬鹿しい。ピッチャーは周りに振り回されるのが仕事だって言うのか?これだから『勝利投手』『敗戦投手』なんていうシステムは嫌いなんだよ。
「なぜ今どきの投手はワインドアップで投げないのでしょうか?なぜランナーがいなくてもクイックモーションで投げるのでしょうか?全身を使った投球をしないから、肩ばかりに負担ががかって200勝投手がなかなか生まれないのです!」
「ボディビルダーじゃあるまいし、何でウェイトばっかやってるんですかね?ピッチャーなら走り込みですよ走り込み」
「時代によって基準が変わるというのは理解しておりますが、それでも坂村賞受賞資格者が近年あまりにも少な過ぎます。先発投手の勝利数、消化イニング数、完投数、どれもこれも年々減少していくばかりです。先発完投型の投手をもっと育てて、もっとレベルの高い争いをしてもらわないと……」
テレビから流れる、球界OBの古臭い理想論を聞くたびに、祖母の母さんへの小言を思い出す。純粋な実力で競争できない環境に身を置くことになってしまったボクは、いつの間にか周囲への反骨心を原動力にするようになって、むしろ好き好んで不満を追い求めるようになっていた。
『流王さん、初めまして。いつもご活躍を拝見させて頂いております。僕は高校1年で、投手をやってます。現在の球速は142km/hがベストなのですが、もっと上を目指して、流王さんのような世界の舞台で活躍するエースピッチャーになりたいです。球速アップのためのトレーニング方法など、何かアドバイスがあればお願いします』
高校進学以来、身体作りとフォームの調整はほとんどが自己流と動画サイトで得た知識だけど、まともな指導者なんていない環境だから、思い切ってSNSで現役メジャーリーガーの流王フィオナさんにもDMを送ってアドバイスを求めた。家だけじゃ無く、世間に残る古臭い考え方に敏感になってたボクにとって現役選手の流王さんのアドバイスは、実際に成長を伴ったから、ますますその嗅覚を強くさせた。
『福岡に住んでるウチの友達の雨田司記くん。無名校の子やけど、めっちゃ良いまっすぐ投げる。縦スラも間違いなくプロで通用する。動画で見たけど、今年の3年で一番やわ』
流王さんとはネット上だけとはいえあれ以来ずっと交友を持てて、流王さんのSNSで僕の紹介までしてもらった。超が付くほどの弱小校にいたボクがドラフト候補として注目されたのも、きっと流王さんのお陰。
「母さん、良いの……?」
「当たり前じゃない。母さんのことは気にせず、司記のやりたいようにやりなさい。どんな立場に生まれて何をしようとも、司記は司記なんだから」
中学の時の反省を生かして、プロ志望届は母さんに保護者欄を書いてもらった。指名された頃には後の祭り。古臭い理屈はもう通用しない。
家や地元のしがらみとはもう付き合ってられない。そして打つのは割と好きだから、DHのないリコ(リーグ・コンサバー)の球団でも良い。だから福岡とヴァルチャーズ自体には恨みはないけど、ヴァルチャーズ以外の11球団のどこかが拾ってくれればそれで十分だった。結局"最弱"と名高いバニーズに入ることになったけど、それはこの際別に良い。
ボクはボクの力で世界一のエースになって、ついでに古臭い理屈や理論を全部否定してやる。そして、ボクは母さんを……
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******視点:柳道風******
ま、ストレートと縦スラの威力だけはあるから、選手のレベル差の標準偏差が大きい……つまり明確なアウト要員のいる『高校球界』や『昔のプロ球界』であれば、ああいう投球スタイルでも生き残ることは可能じゃろうな。ワシも『昔のプロ球界』に選手として存在してたから、ああいう投手がいたことも知ってる。
じゃが、残念ながらここは『現代のプロ球界』。
投手は平均球速を上げて球種を増やし、打者は下位打線でもエース級から得点を挙げられるようになり、3Aくらいの外国人選手が無双するようなことも少なくなった。投手の過剰な酷使やダウンスイング至上主義など、悪習ゆえの遠回りもあったかもしれんが、それでも日本の野球もまた時代を重ねるごとに確実に進化してきた。
あんな古臭い投手が現代プロ野球で通用するわけがなかろう。
小僧の投じた速球は今日最速の155km/h。しかし、相対するは我が軍の最強打者。
「おっしゃ!右中間フェン直!!」
「さすがは金剛!」
「セーフ!!!」
走者2人生還で紅組2点先制。攻略法ズバリじゃな。
才能は確かにある。それは認めよう。だからこそ、あの流王フィオナに可愛がられて調子に乗ったんじゃろうが、あの雷小僧の今の実力など、あらゆる点で流王の足元にも及ばん。