第四十二話 名前だけでも覚えて帰って下さい(2/6)
「失礼します」
「お疲れ」
「お疲れ様です」
「1、2、3……よし、全員揃ってるわね」
今年最後の二軍戦の後。ミーティングが終わって、あたしを含めて何人かのメンバーが残るように言われて、今日出場しなかった何人かもミーティングルームに入ってきた。
今ミーティングルームにいるのは、旋頭コーチとかのコーチ陣何人か、高卒ルーキーの4人と常光さん、山口さん、それと財前と桜井。どういう集まりなんだろ……?
「よう、久しぶりじゃな。元気にしておったか?」
照明が落ちて、スクリーンに映し出されたのは柳監督。オンラインミーティング用のアプリだから、多分録画とかではなくリアルタイムでの姿。茶目っ気なのか知らないけど、どこぞの組織のボスみたいに、高そうな椅子に足を組んで座って、膝の上にヴォーパルくんのぬいぐるみを乗せて撫でてる。
「早速じゃがワシも明日からの遠征でケツカッチンなんでの、手短に話すぞ。お前達、今年の一軍の動向はちゃんとチェックしておるか?」
「……えっと、今年Bクラス確定で、今4位……とかですか?」
「うむ、その通りじゃ。まだ確定ではないが、我が球団は今年、三条オーナー殿の新体制になって以来の第一目標である『最下位脱出』は達成の見込み。それもこれも選手一同の尽力をはじめ、コーチ陣やスタッフ一同による支えによるものと言えるじゃろう。もちろん、お前達二軍選手の存在も少なからず一軍選手達への刺激となったはず。まずはその点について礼を述べたい」
ちゃんと結果が伴ったからか、春先の横柄な態度からは想像もつかないくらい殊勝なことを言う。これで『また何か企んでるのかこのジジィ』って考えるあたしも大概だけどね。
「じゃが、当然のことながら我々プロは頂点を目指して然るべきもの。『バニーズにしてはよく頑張った』ではなく、『バニーズだからここまでやれた』と周囲に言わせられて初めて、長年の雪辱を果たせたと言えるじゃろう。そこでじゃ。来週の4日木曜日と5日金曜日、一軍ではホームでエペタムズとのカードがあるのは知っておるな?今日集まってもらったお前達二軍メンバーにはこの2戦の内いずれかに出場してもらおうと思う」
「な……!」
「っし!」
「おいおい、聞いたかよ……!」
「やったね逢ちゃん!」
「う、うん……!」
突然のチャンス到来に、みんな色めき立つ。あたしも正直嬉しい。
「わかっとると思うが、目的は『今年二軍で一定以上の成績を残したか、あるいは将来性を感じさせたことに対する褒美』と、『チームに対する将来への投資』じゃ。今回選抜されたからと言って来年以降の待遇まで保証するものではない。来週に試合を経験させても、シーズンオフでまた一定期間空いてしまうから、今後に生かせるかどうかもお前達次第。まぁこれから先一軍レギュラーとして何年も活躍したいと言うのであれば、必死になって生かせるようになることじゃな」
……なるほどね。ネットとかでよく聞く『経験値リセット』とかそういうのを対策できるようにってのも兼ねてるってことかな?
「昇格の公示自体はおそらく試合当日に出すじゃろうが、特に投手陣に対してはなるべく早くどちらの日に出るか伝えられるようにする。長いイニングを投げさせるつもりもない。お前達はおそらく来月8日からの秋季リーグにも選抜されると思うから、計画的に準備を進めておくように」
「「「「「「「「……はい!」」」」」」」」
「うむ。では来週を楽しみにしとるぞ」
照明が戻って、スクリーンの映像も切れた。
「……と言うわけよ。一軍戦のみならず、さっき監督が仰ってたように貴方達は全員秋季リーグにも参加してもらう予定だから、ファーム公式戦が終わったからと言って気を抜かないように。では、解散!」
(ってことは、待遇の良し悪しはともかく、今年の戦力外はないってことだな!)
(ようやく重い腰を上げたわね、あのクソジジィ。私を冷遇してきた無能っぷりを証明してやるわ……!)
いつも通りよからぬことを考えてそうな雰囲気で、いの一番に部屋を出る財前と桜井。
「ようやく一軍で投げれるのか……!」
「頑張ろうね、みんな!」
「先発じゃないんだったらお前には負けねぇからな、雨田!」
あたしの同期3人はまぁ予想通りの反応。常光さんもいつも通り寡黙ではあるけど、どこか嬉しそう。でも、1人だけ意外な反応。
「…………」
山口さんが見た目の可愛さに似合わず無愛想で気難しい表情をしてるのはまぁいつも通りと言えばいつも通りなんだけど、それでも、内心であっても喜んでるようには見えないね。
(こんなの違うよね、やっぱり……)
・
・
・
・
・
・




