第四十話 いつか貴女と(6/8)
今回は割り勘だけど、どっちもよく食べる方だから、ウチの宿泊先とは別のホテルのビュッフェ。昨日思いっきり食べるつもりだったのがナシになったから、尚更箸が進む。
「ハムッ!ンフッ!ンッ!」
「貴女がっつきすぎよ」
「三条さんだってリスみたいに頬張って……癖なんですかその食べ方?」
「偉いとこの会食なんて、ぶっちゃけ喋るのがメインになっちゃうからね。チマチマ食べてたら声かけられまくるし、これが一番効率が良いのよ。腹の膨れない食事なんて、私からしたら食事なんかじゃないわ」
「全くその通りですね」
実際はこんなにもはっきりと発音できてない。喋ろうにも美味しいもので常に口が塞がってるからね。マナーもへったくれもない。こんな状態でも会話が成立するあたり、金持ちと貧乏人の生まれの差なんて瑣末なものなのかもしれないわね。
「それにしても、一晩でよくあそこまで変わったものだわ」
「あの後ネットで色々調べたんですよ。集中できる方法とか」
「なるほどね。まぁバッティングならあれくらいはやれると思ってたけど、ホームスチールは流石の私でも驚いたわ。全然気配がなかったから、下手すると私も引っかかってたかも」
「二軍で盗塁練習に力を入れてからずっとやりたいとは思ってたんですけど、なかなかチャンスがなくて」
「それもネットで調べたの?」
「あれも格闘技の応用ですよ。『無拍子』って知ってますか?」
「『無拍子』?確か『予備動作がない』とかそんなんだったかしら?」
「そうです、それです。流石にきちんとした体勢で普通にリード取って走るよりは遅くなりますけど、ホームスチールとかだと隙を付く方が大事かなーって思って」
「……確かにね」
技だけじゃなく、異常なまでの身体能力もあってこそのものってことね。常人の速筋じゃ、あんな瞬発的にあれだけの蹴り出しなんてできないわ。
「名付けて『無拍子盗塁』、です」
ちゃんと口の中のものを片付けて、ドヤ顔で名乗る。
「……ふふっ、そのままじゃない。もうちょっとひねらないの?」
「いや、す……すみちゃんには言われたくないし……」
「……え?」
「いつもよくわかんない横文字ばっかのすみちゃんよりはマシでしょ?」
いつも通り淡々としながらも、顔を少し赤くして反論……は良いんだけど……
「"すみちゃん"……?」
「あ……えっと、ダメでしたか……?」
「いや……別に良いんだけど、何で……?」
「え、えっと……この前言ってたじゃないですか。お互い、当面の目標は『下の名前で呼び捨てにできるようになること』って」
「……あ」
そういうこと……
「でも、元々立場云々以前に年上の人ですから。いきなり呼び捨ては厳しいから、ちょっと何か挟んだ方がいいかなーって思って……」
「……ぷっ。それ、意味あるの?」
「何となくです、何となく」
ますます顔を赤らめて俯く。
「"すみちゃん"で良いわよ、逢」
「……え?」
「だから"すみちゃん"で良いって言ってるの。別にそのまま"菫子"でも構わないし、好きに呼びなさい」
「いや、それよりさっき……」
「?どうしたのよ、逢?」
「やっぱり、その……"逢"って……」
「貴女は嫌なの?」
「そ、そんなことないよ!」
「なら私だけ目標達成ね」
「うう……」
今の貴女は私の希望。私がずっと思い描いてた『奇跡』に限りなく近づける可能性そのもの。
だけど、今日の活躍はまだほんの第一歩。今日あれだけやりたい放題できたのは、周りがまだ月出里逢という存在の大きさを理解してないからこそ。プロの舞台は甘くない。これから先、乗り越えなければならないことなんてまだまだいくらでもあるはず。
それでも私は、そんな困難でさえも、その『奇跡』への軌跡になると信じてる。
そして、いつか貴女と……
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