表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
245/1159

第四十話 いつか貴女と(3/8)

「3回の表、バニーズの攻撃。7番ライト、■■。背番号■■」


 2つ先であたしが打つ番。さっきみたいに、水の流れを意識するようにミネラルウォーターをゆっくり飲む。どのみちいずれあたしの血肉になるのだから、喉を通した時点であたしの一部だと思って、水の視点で自分の身体の中を見通す、そんなイメージ。

 バッティングはただバットを振るだけなのに、全身をくまなく生かす動作。だから、身体全体へ意識を行き渡らせるのが、またこの瞑想をやる目的。


「8番レフト、■■。背番号■■」


 ネクストへ向かう。この辺はまだ新しい試みを思いつけてない。だからいつも通り軽く素振りをして、今度はネクストからの視点で、"打席に立つあたし"をイメージする。実際の打席に立ってるわけじゃないからまだ食い違いはあると思うけど、それでもベンチとネクストの2つの視点で見れば、打席に立つ前でも修正しておける部分はある。


「ストライク!バッターアウト!!」

「おっしゃ!サクサクだな!!」

「ここまでパーフェクト!」

「ツーアウトツーアウト!」

「ナイピー■■!!!」


「9番ショート、月出里(すだち)。背番号52」


「お、あのちょうちょちゃんか」

「打順調整の仕事させてやれよ■■ー!」

「パーフェクトかましてアピールしてけー!」


「よし、トイレ行ってくるわ」

「あ、ついでにビール買ってきてや」

「やっぱ勝負は2巡目からやな」

「今のうちにスマホゲのログボもらっとくか……」


 打席へ向かっていく。観客の声はもう気にしない。だけど不意に、ショートの九十九(つくも)くんの方に視線が向く。


(……面構えが昨日と違うな。何と言うか、滲み出てるのが闘志だけではない……)


 きっとあのポーカーフェイスも、あの人譲りなんだろうね。でも今は、そんなのもどうだって良い。

 ただひたすら、良い結果を残せば良いだけの話なんだから。


「ストライーク!」

「ボール!」

「ストライーク!」


「おいおいおい、ランナーなしなんやから振ってけよ……」

「昨日みたいにゲッツーとかないんやしな」


 イメージしてた球筋と、実際のそれ。ここまでで大体修正はできた。


「ファール!」

「ファール!」

「ボール!」

「ファール!」


「うーん、相変わらず三振はせんのやけどなぁ……」


 あたしは元々他の人よりも三振が少ないけど、それを特別誇りにしてるわけじゃない。あくまでアウトという、打者と投手の勝負にとっての負けになりたくないから、その1つとして避けてるだけ。三振だけを嫌ってるわけじゃない。四球は勝ちの内だと思ってるから、カットのために当てにいってるのは否定しないけどね。

 でも、貧乏になりたての頃は周りに誰も頼れる人がいなかったから、『当てれば何かが起こる』みたいな他力本願な考え方は嫌いだし、あたしが一番尊敬してる打者の若王子(わかおうじ)さんだって、数え切れないほどのホームランを生み出すために数え切れないほどの三振も生み出してる。

 だからこれから先、結果としてちゃんと世界で一番打てるのなら、その代わりに三振なんていくら増えても別に構わないとさえ思ってる。三振もゴロアウトもフライアウトも、結局全部アウトなんだから、負けの内訳なんてどうでも良い。

 だけど、これは自慢でも何でもなく、そういう気持ちでいてもどういうわけか当てられちゃうんだよね。


「ファール!」

「タイム!バット交換させてください」

「わかりました」


「まぁ結果的に打順調整でも、球数稼いでくれるんならまだええやろ」


 あたしはお父さんの『相手の呼吸と拍子を読んでカウンターをかますのがバッティング』っていう考え方に従って、『来る球がどういうものなのか』ってのはずっと気にしてきたけど、『その来る球をどう打つのか』ってのはあまり気にしてこなかった。もちろん、バッティングの本当に基本的なところは野球を始めてすぐに教えてもらったけど、あたしは他人の感覚を耳で聞いて理解するっていうのが苦手だからね。もっと詳しいめんどくさいところは聞き流して、プロとか周りの上手い人の打ち方を見て参考にしつつ、適当にやってた。

 それで中学までは普通に打ててたから、特に誰にも文句は言われなかった。来る球がわかれば、身体が勝手に打ってくれてたから。それが人間にとって当たり前のことだと思ってたし、ますますお父さんの言うことが正しいって思う根拠になってた。


 相手投手の球筋自体だけじゃなく、始動の仕方、息遣い、腕を振る速度と角度、指から球が離れる大体の場所とタイミング……そういう色んなところに目を向けていれば……


「プレイ!」

「ファール!」


 こんな感じで、タイミングとかスイングするポイントとか、そういう『どうやって当てるか』までは見えてくる。

 だけど、『どうやって打つか』が見えてこない……というか、高校に入ってからくらいから、打ちにいく瞬間に『ちゃんと打てた』イメージは浮かんでくる。ほんの一瞬先の結果が先に見えるような、そんな感覚。だけど、ほとんどの場合、そのイメージと結果は食い違ってる。そしてそれも大体が、イメージではヒットとかホームランなんだけど、実際はファールとか守備の届く範囲の打球。打球の速さとか方向とかも全然違ってたりする。

 バットがよく折れるのも多分そのせい。"あたしの中のあたし"はイメージをそっくりそのままなぞってるつもりなんだろうけど、実際は全然違うから、バットで捉えるとこもその分食い違ってるんだと思う。

 それに、その一瞬の間に思い浮かぶイメージっていうのは、野球中継みたいに投手側からの視点ばかりで、あたし視点で見えることはほとんどない。しかも、その打ってる人はほぼほぼあたしじゃない。たまにだけど、若王子さんとか綿津見(わだつみ)さんとかの姿も見えたりする。男の人とか、違う人種の場合だってある。おまけにたとえば顔だけ女の人なのに身体が男の人とか、打ってる人が雑コラみたいになってることもある。


 今までの数少ない例外は、三条(さんじょう)オーナーと、あの変態と勝負した時。それと、ピッチャー返しをわざとやる時。そういう時だけはイメージと結果がほとんど一致してる。あのオープン戦も後で観返したけど、あたしとは思えないくらい綺麗なフォームで打ってた。

 三条オーナーからホームランを打った時も、あの人も九十九くんも多分最初外野フライくらいにしか思ってなかったみたいだし、あたし自身も打球だけ見れば多分そう思ってたはず。でも、『ホームランだ』っていうのは、打球を見なくても打った瞬間に何となくわかった。


 その理由はずっとわからないままだったけど、振旗(ふりはた)コーチに基本からバッティングを教わって、何度も教え直してもらってを繰り返して、『打ち方の正解の1つ』が見えてきたおかげで少し気付けたことがある。


「ボール!」


 今までに見えたイメージをできるだけ思い返してみると、どれも共通して、同じ打席の中でも1球ごとに打ち方が毎回違うし、打ってる人の顔すら違ってることもあるけど、それでも普段のあたしと比べたらすごく綺麗な打ち方をしてる。

 それに対して、この前振旗コーチに言われた通り、スイングの一瞬の間にどんな打ち方をしてるのかをできるだけ細かく認識するようにして、後で身体に尋ねてみると、イメージとは全く違う、身体の連動が上手くいってないフォームばかりが思い出される。それに、これも最近気づいたことなんだけど、実際のスイングのダメな部分ってのも、1球ごとに微妙に違う。

『打ち方の正解の1つ』と比べることで、そこまではなんとなくわかってきた。


 だから、最近はその違いをできるだけ埋め合わせるようにしてきた。もちろん、打ちにいく瞬間に見えたイメージをその場でそっくりなぞるとかは、身体ももう打ち始めてるから無理。だから、その打席の中で球を見送ったり粘ったりしてる間に見えたイメージを思い返して、実際に打つ時に真似するように意識する感じで。そのおかげか、いつものアウトになる方向の打球がたまに少しずれて、ラッキーなヒットが生まれるようになった。

 昨日もせめてそれくらいはやりたかったんだけど、それさえもできなかった。きっと余計なことばっかり考えてたから。あの人への罪悪感とか、九十九くんへの対抗心とか、あたしの可愛さ以外ロクに褒めもしない観客を見返したいとか、そんなので目の前が塞がれてて、あたし自身さえも視えてなかった。


(くそッ、ツーアウトでランナーいないんだからさっさと凡退してろよ……!)

(落ち着け。この小娘ならストライクにさえ投げておけばいずれ自滅してくれる。最悪打たれても、コイツはここまで長打は1本も打ててないんだからな)


 でも、今日のあたしは違う。頭のてっぺんから指先、足の先まで……それどころか、この球場全体にさえもあたしの神経が張り巡らされてるような、そんな感覚。本当の目が顔にあるのは変わらないはずなのに、それでもあたしの身体の中とか、球場の中のいろんなアングルとか、そんなのが不思議と視えてる。

 さすがにそれはイメージの産物で、実際とは少し違ってるんだろうけど、それでも現実、そういうのを参考にすることで、いつも以上に球が視える。

 そして、それだけじゃなく……


(これでいい加減打ち取られろ!!!)


 まるであたしの後ろにもう1人あたしがいるみたいに、構え、トップ作り、体重移動、バットの振り出し……あたしのバッティングの動作の1つ1つが視える。だから、一番良い打ち方はわからないままだとしても、いつものダメな打ち方だけはさせずに済む……!






「!!!!!???」

「ファッ!!?」


 ジャストミート……!!


「おっしゃあああああ!!!!!」

「右中間真っ二つ!」

「ええぞ!走れ!走れ!」


「うおっ……(はや)!!?」

「バックサード!急げ!!」

「三塁行かれるぞ!!!」


 そして、グラウンドの中まで視えてるから……


「セーフ!!!!!」

「いやったあああああああ!!!」

「ちょうちょ初長打やあああああ!!!!!」


 『三塁に間に合う』っていう結果も視えてたんだよね。


「ふぅ……ん?何でちょうちょ三塁おるんや?」

「お前トイレ行ってる間にちょうちょが三塁打打ったで……」

「ファッ!?」


(やってくれる……!)


 そうだよ九十九くん。あたしはもう一度、九十九くんのその顔が見たかった。あの人からホームランを打った時と似たようなその顔を。

 昨日はどうしても見れなかった関係者席の方を向いて、拳を掲げてみせる。


(……よくやったわね)


 こっち側からじゃよく見えないけど、それでも、あの人が喜んでる姿が視える。きっとこれは、イメージと違ってない。そう確信できる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ