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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
244/1160

第四十話 いつか貴女と(2/8)

******視点:月出里逢(すだちあい)******


「……以上。まぁつまり、昨日と同じメンバーってことね」


 試合前練習のさらに前。昨日オーナーと利用したコワーキングスペースでミーティング、そしてスタメン発表。こういう試合前のミーティングはあんまりしないから、スタメンの発表も普段は球団管理アプリを介してやるのに珍しい。

 旋頭(せどう)コーチは遠征に出る前に、この二連戦は9番ショートで出してくれるって一応言ってたけど、昨日のを見ても特に変わりはないらしい。


(チッ、月出里(あのクソブス)出すにしてもせめてショートは私だろうが。元投手じゃヘタクソの見分けもできねぇのかよ)


 桜井(ぶりっこ)の視線にももう慣れた。こういう視線を送る同性はあたしの可愛さに嫉妬してる。自意識過剰なのは否定しないけど、経験談でもあるから断言できる。


月出里(すだち)、貴女はちょっと残りなさい。他のメンバーは解散」

「……?」


 言われるがまま、あたしと旋頭コーチだけ残った。


「昨日の件、切り替えられたみたいね」

「わかりますか?」

「顔を見ればね。今回の遠征、振旗(ふりはた)コーチは帯同してないから、オーナーがどうにかしてくれたのかしら?」

「……そうです」

「別に後ろめたいことじゃないでしょ?貴女だって、前の紅白戦の時に徳田(とくだ)をフォローしてたじゃない」

「あれは……」

「わかってるわよ。貴女自身も言ってた通り、あくまで勝つためってのが第一だったんでしょ?理由は何だって構わないわ。結果としてチームのためになったんだし。(やなぎ)監督を"クソジジィ"呼ばわりしたのは許さないけど」


 昨日のことで変なプレッシャーをかけられるのかと思ったら、思ったよりもちゃんとしたフォローで少し困惑して、後ろ頭を掻く。


「『失敗を恐れず、失敗を味方に付ける』。貴女の高校時代の恩師の言葉、その通りだと思うわ。二軍の試合は失敗も成功も次の糧にするための舞台。今日だって失敗しても構わない。だけど、"昨日より進歩した今日の貴女"だけは見せて頂戴ね」

「……はい!」


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「……あ」

「おはよ」

「おはようございます……」


 信じてなかったわけじゃないけど、今日も試合前の練習から三条オーナーの姿。

 変にカッコつけたことを先に考えるのは良くないって昨日教えられたばっかりだけど、それでも、これだけは言ってやろうと思ってた。


「……今日こそ、三条オーナーをご飯に誘いますから」

「うん。楽しみにしてるわよ」


 お互いに少し笑い合って、それっきり。

 だけど、それだけで十分。この後、また昨日みたいに九十九(つくも)くんと出会(でくわ)して一緒に話をしてても、それでも構わない。

 そう思えるくらい、三条オーナーとの距離が縮まったように感じるのも、きっと自意識過剰だけじゃないと思う。


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2018ファーム バニーズvsジェネラルズ


○天王寺三条バニーズ

監督:旋頭真希(せどうまき)


[先発]

1中 ■■■■[右左]

2二 桜井鞠(さくらいまり)[右右]

3一 ■■■■[右左]

4指 財前明(ざいぜんあきら)[右右]

5三 グレッグ[右右]

6捕 真壁哲三(まかべてつぞう)[右右]

7右 ■■■■[左左]

8左 ■■■■[右右]

9遊 月出里逢(すだちあい)[右右]


投 ■■■■[右右]



●帝都桐凰ジェネラルズ

監督:■■■■


[先発]

1中 ■■■■[右左]

2右 三木辰郎(みきたつろう)[右左]

3遊 九十九旭(つくもあさひ)[右左]

4左 ■■■■[右右]

5指 ■■■■[右左]

6一 ■■■■[右右]

7三 ■■■■[右右]

8二 ■■■■[右左]

9捕 ■■■■[右右]


投 ■■■■[左左]

------------------------------------


 昨日、あれから考えた試合への入り方。


「バニーズの方は昨日と同じメンツっぽいな」

「あー、昨日散々だったちょうちょの子もそのままなんだな」

「見た目だけはガチで可愛いから俺の■■■■……」


 普段は練習の前後にやる瞑想を、試合の直前にもやってみる。昨日言われた通り、頭の中のいらないものを捨てて、目の前のことに集中するため。

 目を閉じて、お腹を膨らませながら鼻で息を吸って、お腹を凹ませながら口で息を吐く。たったそれだけに専念するために、あるはずのない視線を自分の鼻の辺りに集める。どうせ観客はあたしの微妙な実績と可愛さのことしか言わない。そう割り切ると、さっきまで球場のどこでもはっきり聞こえてた観客の声が、だんだんと喃語(なんご)みたいになっていく。やがてあたしの意識そのものも球場に溶けていくような、そんな感覚になってきた。


「うぉっ、びっくりした……」


 アラームが鳴って、5分間の瞑想終了。他のベンチメンバーを驚かせてしまったけど、時間を測れるものが目覚まし時計しかなかったから仕方ない。スマートウォッチはどっちみち今度買おうと思ってるけど、もしかしたらベンチに持ち込むのはルールに引っ掛かるかもしれないから、クッキングタイマーも買おうかな?


「ん……」


 そして、ペットボトルのミネラルウォーターをゆっくり飲む。水分補給の意味合いもないわけじゃないけど、これも昨日ネットで調べて見つけた1つの瞑想。水が身体の中を通って浸透していく感覚だけに集中することで、『シングルタスク』を実行できるようにするため。それともう1つ目的があるから、あとで打つ準備の時にもやる。


「プレイボール!」

「1回の表、バニーズの攻撃。1番センター■■。背番号■■」


 ベンチから身を乗り出して、ピッチャーのボールに注視する。でも、単に視るだけじゃない。これは元々やってたことだけど、"打席に立つあたし"を頭の中から引っ張り出してくる。実際の視点から視るこの球が、打席にいる時にはどんなふうに視えるのか?どんな呼吸と拍子から、この球を放ってるのか?そういうのを理解するために、自分の身体と意識を切り離すイメージ。少しでもイメージが正確になるように、バットを握ってる時の感覚を出すために、両手の拳を縦に重ねながら。


「アウト!スリーアウトチェンジ!!」


 昨日と違って、初回は三者凡退。

 あくまで自己暗示みたいなものだけど、"打席に立つあたし"はいったん頭の片隅に追いやって、"ショートを守ってるあたし"を呼んでくる。


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