第四十話 いつか貴女と(1/8)
******視点:夏樹神楽******
8月11日、いつもの此花区。
デーゲーム中心の二軍の朝はだいたい早い。遠征に帯同できなくても、そういうスケジュール感を保つためにも、練習は早出するように心がけてる。まだまだ実力も足りてないしな。
今日は逢が遠征に出て、雨田がコンディション不良で休みだから、アップの相方は必然的に佳子。
「…………」
話し上手で聞き上手の佳子だから、こうやって身体をほぐしてる時も普段は会話が絶えないものだけど、ここ最近妙に大人しい。まぁ原因は多分、最近プレーの調子が悪いからだろうけど。
「……ねぇ、神楽ちゃん」
「ん?」
「わたしって、情けないよね?」
「……何がだよ?」
「この前のビリオンズ戦」
「あれがどうしたよ?」
「わたし、西園寺さんの球、避けられなかったでしょ?」
『ぶつけられた』じゃないのが、らしいというか……
「おう……」
「それで雨田くんも逢ちゃんも、多分わざとだと思って色々してくれたけど……でもわたしも本当はわざとなのかもって気持ちもあって、だったらわたしが自分で何とかするべきだったけど、でも怖くて何もできなくて……」
「…………」
「わたし、喧嘩や暴力は見るのもするのも嫌だけど、雨田くんと逢ちゃんがわたしを思って動いてくれた気持ちだけは嬉しくて、そういうのがあって何も言えなかった。それに雨田くんも逢ちゃんもプロになって結果を出さなきゃいけないのに怪我をしたり不調で悩んだり、自分のことだけでも忙しいはずなのに、わたしのために動いてくれた。なのに当のわたしは何もできなかったっていうのが余計に申し訳なくて……」
「……で、最近アイツらのこと避けてたのか」
「うん……勝手だよね。わたしだってプロなんだから、ちゃんと自分でそういうこと解決しなきゃいけないのに……」
「でも仕返しとかはできねーってか?」
「本当にわざとじゃないかもしれないし、わたしが何か怒らせるようなことをしたのかもしれないしね……」
ほんと、優しいというか、甘ちゃんというか……
あっしは小学生の頃から競争率の高い環境にいたし、高校でも入部した時からあっしの過去の実績でかなり妬まれたし、伸び悩んで燻ってた時もそのせいで散々陰口叩かれたから、カネとか地位とか男女のアレコレも絡むプロの世界はもっとエグいとこなんだろうなぁって容易に想像できて、プロになる前から覚悟を決めてた。
そんなあっしからしたら、ただでさえ男受けする見た目してて、しかもそういう性格でファンからもチヤホヤされて、正直、佳子に対しては『いいとこ取りしすぎてるな』って気持ちは正直ある。多分親からも大事にされて、そういう性格で今まで上手くやってこれたんだろうけど、まぁ正直プロには向いてないキャラなんだろうなとも思う。
けど……
「佳子だって、あっしや雨田、逢のためにも普段から色々気を遣ってやってるだろ?」
「わたしの好き勝手に付き合ってもらってるだけだよ……」
「それでも、有り難がってるのは事実。だからアイツらはアイツらなりにそれを返しただけだよ。まぁあの"狂犬コンビ"らしいやり方だとは思うけど……」
「…………」
「最近雨田が怪我をしたのも、昨日逢がせっかくの遠征で散々だったのも、自分のせいかもとか思ってるのか?」
「……うん」
「それはちょっと思い上がりすぎだな。そんなんは自分で拭くべきケツだし、それに……」
脚のストレッチを終えて、立ち上がる。
「雨田も昨日言ってただろ?『月出里がこんなもので終わるはずがない』って。佳子もそう思うだろ?」
「うん」
「あっしもだよ。だったら尚更、佳子のせいじゃねーよ。向こうで何があったのかは動画で観れる範囲のプレーとスコアしかわかんねーけど、何か別のことが巡り巡ってああなっただけだよ」
「…………」
「あのデッドボールのことも、どうすりゃ一番良かったなんて誰にもわかんねーし、今こうやっていつも通り練習できてるんだから、ヘタレかもしれねーけど波風立てずに黙ってやり過ごしたのも間違いじゃなかったんだろうよ。それでいいじゃんかよ」
「……そうなのかな?」
「じゃあ今日は午後からは試合の動画流しながら練習するか?きっと逢なら『そうだ』って示してくれるさ」
「うん……」
まぁあっしも、入った頃の嫌味満載の雨田をどうにかしてくれたおかげでストレス溜まらなくなったし、普段の人付き合いでも佳子のおかげでだいぶ楽をさせてもらってるし、このくらいはな。
だからってわけじゃねーけど、頑張れよ、逢も。
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