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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第三十九話 ありがとう(3/5)

●今話に出てくる用語『特異性』について

・描写がある回

→第二十七話 特異性

・簡単な解説

→ストレートの球速や変化球の変化量など、その投手の投球が総合的に見てどれだけその環境の平均からかけ離れているか。

 大きくかけ離れているほど打者が慣れていないので打ちにくいと考えられる。

「まず先に確認しておきたいんだけど、貴女はバッティングをどういうものだと捉えてる?」

「え?えっと……ピッチャーの球を打ち返す……?」

「まぁ要はそういうことなんだけど、貴女なりにはどう解釈してる?本当に抽象的でも良いから、貴女自身がバッティングというものをどういうイメージでやってるかを教えてほしいの」

「……そうですね。お父さんに教えられたことなんですけど、あたしはバッティングは『カウンター』だと思ってます」

「『カウンター』……格闘技とかの?」

「そうです。ピッチャーの呼吸や拍子を読んで、投げる球に対してどう反撃するかってことで……」

「……そう言えば貴女、ご両親が元格闘家だったわね?」

「はい。あたし自身はお父さんとお母さんにちょろっと教えてもらったくらいなんですけど、野球をやる上でも役に立つというか、あたしに合ってるやり方があるから採り入れたりしてます」

「前に大叔母様……振旗(ふりはた)コーチから聞いたんだけど、バッティング自体も日頃から色んな動画を観て参考にしてるのよね?」

「……?はい、それは高校時代の監督から教わって……」

「なるほど……うん、色々合点がいったわ。私が考えてたのとは少しアプローチが違うだけで、結論に違いはなさそうね」

「???」

「要するに、『2+2』でも、『1+3』でも、答えは『4』でしょ?」


 あたしに『世の中は酷いもの』っていう前提があるみたいに、オーナーなりの前提があるってことかな?


「……何となくわかりました」

「まぁそんな感じで、貴女と私じゃ、貴女のバッティングに対する解釈の仕方に違いがあるから、ちょっとわかりづらいとこがあるかもしれないけど、それでも良いかしら?」


 迷わず首を縦に振る。


「それと、予め言っておくけど、全部は教えないわよ?本当に触りの部分だけ。今の段階じゃ全部教えても理解し切るのは難しいと思うし、振旗コーチからの打撃指導も並列してやっていかないと却って混乱する部分が出てくると思うから」


 それにも首を振ると、三条オーナーはタブレットに引っ付いてたスタイラスペンを取って、ホワイトボードアプリに図を(えが)いた。


「まずは私なりの解釈なんだけど……バッティングというものを細かく分解していくと、ピッチャーの球を見て、そこから瞬間的に打ち方を判断してスイングして、打撃結果を導き出すってなるわね?だからバッティングっていうのは、バッターが構築する『関数(ファンクション)』に対する『入出力』であると私は考えてるわ」

「???」


 いきなりわけのわからないことを言う。これだから帝大生は。


「『関数(ファンクション)』っていうのは、要するに何らかの値を受け取ったら、何らかの決まりに従った値を返すものよ。『入出力』っていうのは、この受け取って返すまでの流れ。受け取るのが『入力』、返すのが『出力』。ちょっとここで例題を出すけど、数字の『2』を受け取ったら『4』を返す、『4』を受け取ったら『6』を返す場合、『6』を受け取ったらどんな数字が返ってくると思う?」

「……『8』?」

「正解」


 よかった。数学はめんどくさくて最低限しか勉強しなかったけど、家計の節約の経験で算数は一応自信がある。


「つまりこの場合の『関数(ファンクション)』は、受け取った数字に対して『2』を足して返すっていうものね」

「意外と簡単ですね」

「これくらいはね。『関数(ファンクション)』に入力するために渡す値は『引数(アーギュメント)』。だから、バッターが用いるのは『関数(ファンクション)』なら、ピッチャーが用いるのは『引数(アーギュメント)』」

「ふぁんくしょん……あーぎゅめんと……」


 目が回る……何でこういう高学歴の人は無駄に横文字使いたがるの?絶対この人、『魔女狩りの王』って書いて『イノケンティウス』とかって読むよ……


「何でこんな回りくどい(たと)えをするかって言うと、貴女の打撃の才能をいずれ完全に理解するために必要だから。ところで貴女、タイ・カッブって知ってるかしら?」

「えっと……名前は聞いたことあります。すごい昔のメジャーの人ですね?」

「そう。かのベーブ・ルースと共にメジャーで最初に殿堂入りした選手の内の一人よ。その人物はかつてこう言ったの。『50cm先に転がしたヒットと、50m先に飛ばしたヒット。この両方が同じヒット1本として扱われることは、野球のルールの最も素晴らしい部分である』」

「遠くに飛ばした方がランナーが進みますね」

「まぁそうなんだけどね……でもここで言いたいのはそういうことじゃなくて、『特定の打撃結果を出す手段はいくらでも存在する』ってこと。ヒットは『単打』と『二塁打』と『三塁打』と『本塁打』の4つしか存在しないけど、それぞれその結果を出す方法はいくらでもあるってことね。さっきプレー動画を毎日観てるって言ってたわよね?そういう動画に出てる打者って、たとえばホームランを打つにしても、みんな全く同じ投手に対して全く同じ打ち方してるかしら?」

「してないですね……全員それぞれ自分のやり方で……」

「そう。さっき別の喩えで言ったように、『2+2』でも、『1+3』でも、答えは『4』になる。答えの出し方が違うってだけの話。ここでさっきの『関数(ファンクション)』の話に戻すけど、もし仮に数字の『4』を受け取ったら『16』を返す『関数(ファンクション)』ってどうすればできるかしら?」

「えっと……『12』を足す?」

「うん、合ってる。でも、他にもあるわよね?たとえば『4』をかけても良いし、二乗しても良いし。そこで今度はこの3つの『関数(ファンクション)』に『3』を与えた時に、『12』の数字を返すのはどれかしら?」

「……『4』をかけるやつ?」

「そうね。これだけ『12』になるわね。これで単純に『12』の数字を出せたらヒット、そうじゃなかったらアウトって考えた場合、『4』をかけるやつだけはヒットを打てたってことになるわね」

「あ、なるほど……」

「何となくわかったかしら?バッターは『関数(ファンクション)』によって、ピッチャーによる『引数(アーギュメント)』に対して良い結果になる値を返すのを目指す。それが私の考えるバッティングの本質。もちろん、実際にはさっき言ったものほど単純じゃないけどね。ピッチャーは常に同じ『引数(アーギュメント)』を渡すわけじゃないし、それに対してバッターが単純な『関数(ファンクション)』を組んでるようじゃ、ごく限られた『引数(アーギュメント)』に対してしか望む値を返せない。ストレートだけ打てるバッターが、変化球も混ぜてくるピッチャーを打てないようなもの」

「良いバッターほど色んな数字から好きな数字を返せる……ってことですか?」

「うんうん、そういうこと。さっきの『12』の数字を出すやつに話を戻すと、二乗するやつに『3』を渡す場合『9』になっちゃうから、たとえば『3』以下の数字を受け取った場合、最後に『3』を足すみたいな条件を付けてみれば『12』になるわよね?こんな感じで、たとえば打率の高い打者というのは、こんな感じで許容できる『引数(アーギュメント)』が幅広い『関数(ファンクション)』を有する者。逆にこれは投手の優劣も推し量れるわね。ありきたりな『引数(アーギュメント)』ばかり渡す投手は色んな打者に打たれやすいし、そうでない『引数(アーギュメント)』を渡す投手はなかなか打たれない」

「あ、旋頭(せどう)コーチから教わった『特異性』ってやつですかね?」

「そうそう……ただもう1つ注意してほしいのは、打者が『引数(アーギュメント)』を正しく認識し、適切な『関数(ファンクション)』に入力できるかどうかも重要ってことね。リアルのバッティングに置き換えるなら、ストレートだと思ったらフォークだった、みたいなパターンね。これでたとえばストレートが『3』、フォークが『0』って数字だった場合、さっきの条件付きの二乗するやつに渡すと、本来であれば『12』になるはずなのに『3』になってしまう。でもフォークであると正しく認識した上で『12』を足すやつに渡せば『12』になってヒットになる」

「選球眼とかそういうのですかね?」

「そうね。ただ、球種を見切ったり、コースを見極めたりするだけじゃ、『引数(アーギュメント)』を正しく認識できたとしても必ずしも適切に入出力できるわけじゃないから、ここでは『仕様検証(ヴァリデーション)』って呼ばせてもらうけど」


 ……あたしも大概だけど、やっぱり三条オーナーも天然の厨二病なのかな?


「と言っても、これはあくまで簡略化した上での説明なんだけどね。実際は『引数(アーギュメント)』ってのは投手というクラスから生じる、球速・球質など様々なステータスを内包したオブジェクトで、『関数(ファンクション)』もそこから打球速度・打球角度など複数の値を出力して、バックの守備力や球場の広さ、グラウンドの材質などといった環境依存の係数を加味した上での値が特定の範囲のどこにあたるかで最終的な打撃結果が決定するはずなんだけど……」

「?????」

「……っと、今のはあんまり気にしなくても良いわ。ここまで突き詰めなくても問題はないから」

「はぁ……」


 流石に今のは無理だわ……


「つまり私が貴女に思い描く"史上最強のスラッガー"っていうのは、"誰よりも精密な『仕様検証(ヴァリデーション)』を実現し、あらゆる『引数(アーギュメント)』に対しても最適に出力できる『関数(ファンクション)』を有する打者"」

「あたしが、そんなスラッガーになれるんですか……?」

「なれるわ。そうなれる可能性があるから、貴女の今までとこれからがある。今まで燻ってきたことも、私や妃房蜜溜(きぼうみつる)ばかり打てるのも、全てはそれで説明が付くわ」


 淡々とタブレットに視線を向けてペンを走らせてたのに、急にこっちを向いて自信を持って答えてみせた。


「……まぁ、今教えられるのはここまでね」


 わかったような、わからないような……

 だけど、振旗コーチを通さずに三条オーナー自身の言葉でこうやって色々教えてくれたのって初めてだから、少なくともその分だけあたしのことを信じてくれてるってのは理解できた。

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