第六話 あんな古臭い投手が(2/5)
◎2月4日 紅白戦メンバー表
※[投打]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7三 ■■■■[右右]
8二 ■■■■[右左]
9捕 真壁哲三[右右]
投 百々百合花[右右]
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○白組
[先発]
1左 相模畔[右左]
2右 松村桐生[左左]
3指 リリィ・オクスプリング[右両]
4一 天野千尋[右右]
5三 財前明[右右]
6捕 冬島幸貴[右右]
7二 徳田火織[右左]
8遊 桜井鞠[右右]
9中 有川理世[右左]
投 雨田司記[右右]
[中継登板確定]
氷室篤斗[右右]、早乙女千代里[左左]
[控え]
山口恵人[左左]、夏樹神楽[左左]、伊達郁雄[右右]、
月出里逢[右右]、秋崎佳子[右右]、……
******視点:月出里逢******
「雨田くん、大丈夫だよね……?あれだけ球速いんだし……」
「一応まだクリーンヒットは打たれてないしなぁ。向こうの打線も今年初実戦で初見の相手だし、いくら金剛さんでもそうそう打てるもんじゃないと思うけど……」
ベンチから観戦しながら、佳子ちゃんと神楽ちゃんは雨田くんを心配してるけど、楽観的ではある。でも、嫌な予感がする……
「それはどうだろうね?」
「え……?」
あたしの予感を後押しするように、山口さんが口を挟んできた。
「確かに、『球速』は投手の素養の中でも特に重視されやすい要素だね。何せ速ければ速いほど打者の判断時間も短くなって、打ちづらさも増す。故障リスクとか気にならない部分が全くないわけじゃないけど、それでも基本的に球速は速いに越したことはない。まっすぐの球速が速いと、必然的に変化球も速くなるしね」
さらに伊達さんも加わってきた。
「まぁ昔から『球速』だけじゃなく『球質』も重要だとは言われてきたけど、トラッキングシステムとかで球質を詳細に分析できるようになったのはここ最近だし、はっきりと数字が見える球速と違って、まだまだ一般的な価値判断にはなってない。それに、球質が重要だからと言って球速が軽視されるべき理由にはなり得ないしね」
「投手の素養として、『制球』なんかも非常に重要な要素ではあるけど、環境のレベルに比例した一定の『球速』がないと、他がどんなに優れていても生き残るのは非常に困難だ。今の時代は引き付けるバッティングが浸透して、高校でも150km/hのマシンで練習するのは珍しくなくなってるからね」
「だから、同じピッチャーとして、あのルーキーには才能があるってのは認めるよ。だけど……」
そう言って山口さんがマウンドの方へ視線をやると、今まさに雨田くんが金剛さんに第1球を投じようとしていた。
「ふ……ッ!」
投球の勢いはさっきの森本さんの打席と同じ、1球目から力投。だけど……
「な……!」
「うぉっ!?デケェぞ!!」
「ファール」
「ああー、惜しい……!」
金剛さんの一振りから繰り出された打球は、ライト方向場外への特大ファール。
「そんな……いきなりジャストミート……!?」
(やっぱこうなってもうたか……)
雨田くんは目を見開いて、しばらく打球の方向を見つめていた。動揺してるのがはっきりとわかる。自慢の150km/hストレートが簡単に弾き返されたからだろうね。
(ならば……!)
2球目に投じたのはチェンジアップ。
「ボール!」
コースとしては悪くない。もう少し高ければアウトローいっぱいのストライクだった。多分目的としてはストレートを速く見せるためだろうけど、金剛さんはまるで最初から振る気なんてなかったように悠々と見逃してた。
(これで良い。これを見た後なら……!)
3球目、予想通りではあるけど再びストレート。
「ボール!」
「うっ……!?」
今日最速タイの154km/h。高めに外れたとは言え、金剛さんはこれも余裕で見送った。ストレートそのものに反応してグリップがわずかに動いたようには見えたけど、振る振らないの判断で迷った気配はなかった。
「端的に言うとね、あのルーキーは『球種が少ない』んだよ。『ストレート、2種類のスライダー、チェンジアップだけしか投げない』っていう意味じゃなく、『ストライクを取れる球が少ない』んだよ」
「バッティングをちょっと経験すればわかることだけど、投球のコースが違えば同じ球種であってもスイングの仕方やタイミングは違ってくる。『制球』と言うのは単純にストライクゾーンを通すためだけの能力じゃなく、実質的な球種の量を増やすための能力でもある。『コントロール』と『コマンド』の違いがまさにそれだ」
「ところがあのルーキー、基本的に低めじゃストライクがなかなか取れないんだよね。特に全力投球の時は、大体ストレートは高めに浮く。君達気付いてた?」
「……あ!」
確かに、一応低めストレートでもストライクを取ってたけど、それは大体145km/hくらいに抑えてた時だけで、ギアを上げた時とかフィニッシュの全力ストレートはほとんど高めに浮いてた。
「おまけに変化球も大体低めに外れる。だから、あのルーキーの攻略法は単純明快。『真ん中から高めのストレートに狙いを絞って、低めの球は追い込まれるまで無視』。あのストレートは球速だけじゃなく球質も良いけど、投球フォームもテンポも良くも悪くも安定しすぎてて、しかも来るコースも大体決まってて他の球種は無視できるから、プロの一流の打者ならあんな感じで一巡もすれば簡単にアジャストできちゃうんだよ」
「それに、あのストレートとスライダーの威力は恐らくあの計算して練り上げた投球フォームあってのもの。投球スタイル的にチェンジアップは確かに有効な球ではあるんだけど、緩い球だからかフォームに違いが出やすくなってるから意表を突きづらいんだよねぇ……」
倍くらいの年齢の先輩と、年下の先輩によって同期の期待株の弱点がどんどんと紐解かれていく。あれでも雨田くんは高校球界でも五指に入る逸材として世間で取り上げられてた。そう考えると、あの人がいかにすごい投手であったかを改めて実感する。別にそうすることで自分の価値を上げようとは思わないけど。
(……こんなとこで躓いてられないんだよ!ボクは!!)




