第三十八話 再会(6/7)
それから小生は、ことあるごとに三条主将からの指導を賜った。
「九十九。ヒッチを入れるのは良いけど、それならもうちょっと早くトップ作った方が良いわね。こんな感じで……」
本来右打ち一本のはずの三条主将だが、左打席に立ち、小生のフォームをほぼそのままコピーし、マシンの球を簡単にライトスタンドまで運んでみせた。
「……先輩はもしや、元々はスイッチだったのですか……?」
「んーん、実戦では普通に右オンリーよ。マシンの球なんてタイミング一つで打てるものだし、それに対してスタンドまで持って行くプロセスからフォームを逆算するわけだから、人間との実戦経験を積んでる右よりも左の方がマシンを打つ上ではやりやすいってだけの話よ」
言ってる意味がわからない……いや、理屈はわからなくはないが、それを本当に実現できる意味がわからなかった。
「あと、守備の時にまだちょっとピッチャーの時の癖が残ってて、反射神経に頼りすぎてる節があるわね。もっと投手の投げる球や打者の振り出しもしっかりよく見て……」
そう言って、ノックで当時のレギュラーショート以上に華麗なショート守備を披露。
嫌と言うほど思い知らされた。三条菫子が、世間で認識されているよりも遥かに上をゆく天才であると。
「……先輩」
「ん?」
「何故、小生のことをここまで気にかけて頂けてるのですか……?」
「そりゃまぁ、野手になれっての、言い出しっぺは私だからね」
「しかし、燻ってる者は他にも大勢……」
「そうね。それはそれで他の連中に申し訳ないわね。でも、私には"エース"って立場があるからね。時間と労力を投資するにしても、どうしても優先度を付けなきゃいけない。だからこそ、貴方はその中で優先されてることに誇りを持って欲しいわ」
「……!」
「私には我儘を言った責任ももちろんあるけど、チームを勝たせる責任もある。だから九十九、できるだけ協力するから、私と一緒に嚆矢園で暴れられるようになりなさい」
そして、三条菫子が世間で認識されているほど冷淡ではなく、勝負に対しての熱意を秘め、エースとして強い責任感を持っていることも知れた。
三条主将のその恐るべき才能と、小生の最優先目標が『嚆矢園で活躍すること』だったが故に、野手である現状を受け容れざるを得ない。最初はその事実を無理矢理飲み込んでいたが……
「ファースト!」
「アウトォォォ!!!」
「九十九、ナイス!」
まずは主にサードで下位打線ながら準レギュラーを勝ち取り、1年夏から嚆矢園制覇の一助となれたことで、投手としての未練よりも、三条主将を勝たせる上でも小生が将来プロになる上でもこのまま野手として経験を積んだ方が良いのではないか、という考えが勝るようになった。
「九十九、秋からはお主にレギュラーショートと主軸を任せるでおじゃる。期待しておるぞ」
「……はい!」
そして、1年秋からの新体制で、天秤が完全に野手の方へ傾いた。三条主将に見劣りしないほどの責任を負うことで並び立てるのがこの上なく誇らしかった。幼少の頃より、高校球児として投打両面において主役を目指していたのが図らずも役に立ったと、そう思えるようになった。
「三条先輩……いえ、三条主将。キャプテン就任おめでとうございます」
「何よ"主将"って……ま、ありがとね。秋季大会も勝っていくわよ、九十九」
「はい!」
三条主将が率いつつ投げ、小生が打って守る大阪桃源。どんなチームであろうと、その中のどんな選手が相手であろうと、負ける気が全くしなかった。3年引退直後であっても自信を持って言える。三条菫子が健在である時点で、あの頃のメンバーこそが、大阪桃源の歴代で最強の体制であったと。
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「水無月高……ですか?」
「うむ。かつては嚆矢園にも進出し、現在も埼玉県内屈指の強豪校でおじゃる。向こうの川越監督はその頃からの顔見知りでな。チーム全体の実力は確かに全国には届かぬが、有望な選手は揃っておると聞く。我が校にとっても決してマイナスにはならなかろう」
小生にとっては2年春、三条主将にとっては3年春のセンバツに向けて、関東へ遠征に向かっていた際に練習相手となった内の1つ。いくら過去の実績が輝かしいものであったとしても、今はただの公立校。その程度の認識だった。
「…………」
「……マジかよ」
故に、あのような"怪物"が潜んでいるなど、想像だにしていなかった。
これまでに対戦した強豪校の強打者達全てを明らかに凌駕するスイングスピードを、無名校の9番打者が繰り出す。それだけでも目を見張るものがあったが……
「ッ……!」
「ファール!」
「速ッ!!?」
「三条、あんな球投げれたのか……!?」
その9番打者からは三振どころか、空振り1つすら奪えず、第一打席はどうにかレフトライナー。そして第二打席では、それまで練習でさえ見たことのないような球威のまっすぐを三条主将は放った。ベンチに戻った後に確認したのだが、その球速は155km/hを計測していた。そしてその球威ですら、あの"怪物"は凌いでみせた。
そして何より、三条主将のあの焦燥を露わにした表情。普段の試合どころか夏の嚆矢園でさえ、猛暑の中で全国の強打者を相手に眉一つ動かさず淡々といつも通りの投球で仕留めていたと言うのに……
遺憾ながら小生は、三条主将を本気にさせられてなかったどころか、本気を出してないという事実すら認識できてなかったことを、あの試合で初めて知った。三条菫子という稀代の天才をいまだに安く見積もっていたと、そう思い知らされた。
「いったあああああ!!!!!」
「よっしゃ!一矢報いてやったぜ!!」
「ナイバッチ月出里!」
「やりゃできるじゃねぇか!!!」
打たれた瞬間、おそらく三条主将も含めて最初はセンターフライと予測したその打球は、振り返ってみると場外に消えて行く最中であった。
小生や全国の強打者が全く引き出せなかった三条菫子の本気をたった1試合で引き出してみせて、その上で勝った"怪物"。それが月出里逢。小生は貴様をそう認識している。
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