第三十八話 再会(2/7)
******視点:三条菫子******
8月10日、神奈川。ジェネラルズの二軍球場である桐凰パーク球場、通称"パーク"にて。
遊園地の敷地内にあって、夏休みの時期で、東京からのアクセスも良く、おまけに球団も人気なもんだから、二軍球場だというのに、特に家族連れを中心にかなりの数のファンが集まってる。大学近くのマンションから球場の関係者用スペースに入るまでは、この時期の紫外線対策も兼ねた身バレ防止用の帽子やらサングラスやらマスクやらで暑くてかなわなかった。ただでさえ意地張って、普段からできるだけ肩を出さないようにしてるから余計にね。
「ふぅ〜〜……」
暑苦しい一式を外して、ハンディファンを顔に近づけて一息つく。つい3ヶ月前に飲めるようになったビールがちょっと恋しいけど、頭が回らなくなっちゃうからね。
本日、我がバニーズ二軍が対戦するのは、帝都桐凰ジェネラルズ。現在の日本プロ野球における最古の球団であり、また、今日に至るまで球界トップクラスの人気球団にして強豪球団。運営母体は全国紙の桐凰新聞を発行しテレビ局も持ってる、日本屈指のメディア・コングロマリット、桐凰グループ。
そして"球界の盟主"として、戦前戦後に危機的だった日本の野球文化を赤字覚悟で支えたり、9年連続日本一を成し遂げたりで、プロ野球を『蔑視の対象』から『国民的興業』にまで成長させた一方で、その権威保持のために強権と資金力を振りかざして有望選手を囲い込んだり他球団から奪ったり、親会社の力も使って不祥事をもみ消したり都合良く報道したりと、功罪共に大きすぎて"日本で一番評価に困る球団"とも言える。2リーグ制にしたってその分け方は、元を辿れば『ジェネラルズとそれに賛同した球団』と、『ジェネラルズに異を唱えた球団』が発端になってるんだしね。
昨今はリプが実力で上回ったり、プロ野球の配信がテレビからネットに移りつつあるせいで親会社のアドバンテージが生かしづらくなったり、時代の流れで大っぴらに横暴を働きづらくなってるせいで、球界全体への影響力に多少の翳りは見えるけど、それでもリコがジェネラルズ中心という実態は今もなお変わらず。特にパンサーズは、全国で人気を二分してて、過去のアレコレとか、関東と関西の軋轢も絡んでるせいで、良い意味でも悪い意味でも切っても切り離せない関係。
まぁウチはパンサーズと同じ関西の球団だけど、一軍の方では別リーグだから、ウチにとっちゃそれほど影響を懸念することはないんだけどね。私自身も大阪の出だけど、元々特定の球団のファンじゃないし、関東への変なコンプレックスとかもないから、ジェネラルズに対しては単純に商売敵程度にしか思ってないし。
「お久しぶりです、三条主将」
「!」
その呼ばれ方は2年ぶりくらい。みんな普通に"キャプテン"とか"先輩"って私を呼ぶのに、貴方だけはそんな大仰な呼び方をするのよね。『自分こそが三条菫子にとって特別なんだ』と言わんばかりに。
「もう"主将"じゃないわよ、九十九」
「……そうですね。失礼しました、三条女史」
九十九旭。高校時代の1つ下の後輩で、共に高校球界最強校の一員として、嚆矢園で暴れた仲間。今ではジェネラルズ期待のドラ1ルーキー。
「プロ入りおめでとう。最近頑張ってるみたいね」
「いえ、小生はまだまだ……」
「ちょっと滑り出しは良くなかったけど、現状二軍でOPS.700超え。大した数字だわ」
「白雪や猪戸には敵いませんけどね。それに……」
「?」
「そんな数字だけでは推し量れない者が、そちらの球団にいるでしょう?」
「……そうね。悪かったわね、指名できなくて」
「そちらには相沢氏がいて、市場には他のポジションの有望株が他にも揃っていたのですから、こればかりはオーナーがどうこうできることではないと認識しております」
「……そう言ってくれると助かるわ」
そこは正直、私も心苦しかったんだけどね。九十九の実力はよく理解してる……と言うよりも、今の九十九自身が私の我儘の産物みたいなものだから、責任を取りたかったってのもあるし……
「そう言えば監督は「あ、オーナー、お疲れ様です!もう来てたんですね!」
「月出里……」
振り返ると月出里逢の姿。普段澄まし顔なのに私の前ではニコニコしてるのはいつも通り……ではあるんだけど、今日はどこか少し違うわね。何というか、ちょっと圧を感じるというか……
「お疲れ。練習も見たかったから早めに来ちゃったわ」
「ありがとうございます!もうすぐビジター側の番ですからね!あ、それと……」
「?何?」
「えっと……もう一つ良いお知らせがあるんですけど、球団に関わる情報ですから、前にオーナーに言いつけられた通り、"よその人"にはちょーっと……」
えらく"よそ"を強調して、月出里逢は九十九の方を向いてあざとく首をかしげる。こんなことする子だったかしら……?
「……失礼した。部外者が他球団の重役をあまり拘束するべきではないな」
「ごめんね、九十九くん。今日は良い試合にしようね、良い試合にね」
何でそこも強調するの?
「そうだな……三条女史、失礼いたします」
「あ、うん……」
いつも通り堅物で事務的で淡々としてるんだけど、どこか気まずそうに九十九は去っていった。
「それで、良い知らせって?」
「はい。今日と明日はあたし、ショートでスタメン出場なんですよ!」
「……え?それだけ?打順は?」
「いつも通り9番です」
まぁ一応オーダー発表前に漏らしちゃいけないことでしょうけど、それでわざわざ……?
「……てっきり上位打線にでも入ったのかと思ったわ」
「それは流石に……」
「でしょうね。ここ最近成績が良いみたいだけど、少し運に助けられてるみたいだからね」
「で……でも、オーナーが観に来てくれた試合では何かしらいつも爪痕を残してこれましたから!今回もがんばります!」
「……そうね。期待させてもらうわ」
それに、ラッキーなヒットが出始めたと言うことは、少しずつだけど『入出力』が制御できてき始めてるとも考えられる。
まだまだ乗り越えるべき関門はいくつもあるけど、そろそろ少し片鱗が見てみたいわね。かつての私や妃房蜜溜みたいな、イレギュラーな『引数』じゃなくてもね。
******視点:月出里逢******
ようやくやってきた。オーナーの目の前で、今度こそ九十九くんに勝つチャンスが。オーナーにとって一番期待通りの存在はやっぱりあたしなんだって証明できるチャンスが。
もちろん、実力がまだ足りてないのはわかってる。オーナーやあの変態と勝負してる時みたいに『伝説の剣』とか"あたしの中のあたし"とか、あと最近の流れの良さとかにも少し頼れたらなぁって気持ちもある。
でも、やってみなくちゃどうしようもない。元々九十九くんのいるジェネラルズは別リーグだし、二軍も来年にはシャッフルで別リーグになるかもしれない。勝負できる機会自体が限られてるんだから、負けっぱなしの喧嘩を負けっぱなしにはしておけない。
……でも、九十九くんには張り合う気持ちがある反面、やっぱり申し訳ないって気持ちもある。こうやってオーナーをむしろ奪い続けてないと、奪った罪悪感に押し潰されそうになる……
だからこそ、こんなめんどくさがりで自分に甘々なあたしが、身を粉にしてでもオーナーに尽くしたいって思えるんだけどね。
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