第三十七話 筋書き通りなんやから(2/3)
「……西園寺さん。僕は知っての通り、大卒なのに育成指名がやっとくらいの選手です。当然、嚆矢園なんて行けませんでしたし、さっきも言ったように、野球を始めた頃からの落ちこぼれです。そんな僕だから、就職だって当然考えました。だけど僕はそれでもプロ野球を選んだんです。だから今の立場に甘えるつもりはありません。『育成選手なんて大半は簡単にクビを切られるから仕方ない』って、そんなのに甘えるつもりはありません」
「…………」
「失礼を承知で言います。そんな僕に言わせてもらえれば、西園寺さんは周りの声に甘えて、好き勝手して言い訳してるようにしか見えません」
「……育成が知ったような口を「その知ったような口に流されて出来たのが今の西園寺さんじゃないんですか?」
「……ッ!」
これだけは譲れない。立場を天秤にかけても。
「僕も野球に関わってきた人間ですから、西園寺さんが高校の頃、どれだけ活躍してたかは知ってます。嚆矢園での活躍も、テレビで観てました。野球の"エース"というものの定義の仕方は人それぞれ色々あるはずですけど、少なくともその頃の西園寺さんは、その"エース"というものの1つの答えだったと思います。でも、今はそう思えません」
「……何でや?」
「試合の勝ち負けの責任を背負ってるのに、『仕方ない』の言葉に逃げてるからです」
「……!」
「野手からしたら、ピッチングスタイルなんて別に何だって良いんです。まっすぐが速くないとエースになれないなんてルールは存在しないんですから。少々死球が多かったりしても、勝ちに繋げられるなら堂々としてれば良いんです。だけど、勝ち負けが直接付くピッチャー自身がそのスタイルに自信を持てなかったら、勝ち負けでさえ『仕方ない』に逃げてたら、野手は何を信じて戦ったら良いんですか?勝った時にどうやって喜んで、負けた時にどうやって納得すれば良いんですか?」
「…………」
「さっき僕が西園寺さんのシュートを持ち上げたのは、別にご機嫌取りなんかじゃありません。本気で『凄い』って思ってるからです。それに、確かに死球は多いかもしれませんが、内外を投げ分けられる制球力がありますし、試合経験が豊富だからかクイックも牽制も上手い。それに何より、打球がぶつかっても、やり返すまで絶対に諦めない心も持ってます。ピッチャーとしての良いところなんていくらでもあるんです。なのに自信を持てないで周りに流されてばかりじゃもったいないじゃないですか。もう少し頑張るだけで、もっと上なんていくらでも目指せるのに」
「……理想論を」
「キャッチャーはピッチャーに理想を押し付けて実現させるのが仕事です」
「……!」
だから僕は譲らない。育成でも二軍選手でも、僕が自分で望んでなったプロのキャッチャーなんだから。
「西園寺さんが理想を押し付けるに足るピッチャーだから黙ってないんです」
「…………」
西園寺さんはバッグから取り出したアイマスクをつけて、座席にもたれかかった。
「変なことすんなや」
そこから寮に戻るまでは、本当に最低限の会話を除いてずっと黙ったままだった。
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******視点:西園寺雲雀******
「いやぁ、昨日は大変だったねぇ」
「……ん」
「大丈夫?疲れてる?」
「ん、まぁ……」
もはや恒例になってる、登板日翌日のみっくんとのデート。みっくんが運転するクルマの中で楽しく喋りながら美味いもん食いに行って、ホテルでした後に帰るのが基本パターン。
脚も案外大したことなかったし、今日は思いっきり気分転換したい……はずやのに、移動中の会話は弾まへんし、最後のお楽しみをするには腹の下の疼きが足りへん。
高校までとにかく野球野球やったけど、プロに入ってから、癖毛を誤魔化せる髪型にしたり、ニキビを治したりニキビ跡を消したり、どうしてもなとこは化粧で誤魔化して、かなりのカネをはたいて女を取り戻した。
けど、整形とかそういう、西園寺雲雀という女を根本的に変えるようなことはしてへん。
学校に通ってた頃、同じグループの綺麗どころに引き立て役にされてたウチのまま、良い男に抱かれたいから。行為自体よりも、あの見た目だけの底辺女どもじゃ手の届かんような良い男に求められることで優越感を覚えたいから。生まれたままのウチでも、良い男が遺伝子を残したがる女であるという実感が欲しいから。
……せやのに、今はそんな気分にもなれへん。
「ところでひばりん。あの月出里逢ちゃんって子、可愛いよねぇ。秋崎佳子ちゃんってのも抱き心地良さそうだし……何だったら俺が仕返ししてあげようか?まぁ俺のテクだと、仕返しというよりは籠絡になっちゃうかもだけど」
「……おい」
「どうしたのひばりん……?」
「クルマ止めろ。もうお前の顔なんか見たない」
「え……?」
「このクルマならやるからとっとと消えろ。目障りや」
「ちょ、ちょっと、冗談きついよひばりん、どうしちゃったの……?」
「ええから消えろ。何回も言わせんなや、サカり猿」
「……チッ。お高く止まってんじゃねぇぞ、三流ピッチャーのブスが。黙って金ヅルやってりゃ抱いてやってたのによぉ……!?ッああああああああああ!!!!!」
道路脇に止まったのを確認して、もう惜しむこともなく、粗末なモノを思いっきり握りしめる。
「ええか?これはウチの喧嘩なんやから、余計な真似すんなや?どうせお前みたいな素人のヒョロガリが下心出しても、こうなるんやからな」
鍛えてるウチに力じゃ敵わないと、本当はわかってるんやろな。必死で首を縦に振る。
「それと、くれてやったアクセ、質に入れて歯医者行け。口臭いねんお前」
言いたいことを言い終えたから手を離し、クルマを降りた。契約金の一部があっという間に走り去っていったけど、未練なんかまるで湧いてこーへん。
下半身に脳みそ積んだ、顔だけの下衆野郎が。大きなお世話や。
友達付き合いじゃグループの引き立て役にしかなれへんかったウチやけど、野球はそんなウチを"女王様"にしてくれたんや。だからこそ、野球の貸し借りを野球の外でやり取りする気なんかこれっぽっちもあらへん。ウチは汚い真似はしても、ルールブックの上でしか戦わへん。盤外戦なんかクソ喰らえや。
サカり猿、最後に1つだけ感謝したるわ。今のウチがやりたいことがはっきりわかって、決心もできたからな。
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