第三十七話 筋書き通りなんやから(1/3)
******視点:西科京介******
「…………」
「あ、あの……脚、大丈夫でしたか……?」
「ん……」
気まずい。
今回の大阪遠征では1日目スタメン、2日目と3日目はベンチスタートの予定だったけど、元々1日目だけの予定だった西園寺さんが怪我をしたってことで、僕も出場日をスライドして、付き添いも兼ねて一緒に埼玉へ帰ることになった。
いつも自信を滲ませるように涼しげな表情の西園寺さんだけど、今は違う。帰り道、全然顔を合わせてないけど、新幹線の窓を見ると、窓際の席で覇気のない表情をして外をずっと眺めてる西園寺さんの顔が、夜の闇を背景にして鮮明に映し出されてる。
「……悪かったな」
「え……?」
「2打席目で喰らった報復」
「あ!ああ、全然大丈夫ですよ!アレのおかげで出塁率が稼げて支配下にも近づけたと思いますし……」
「育成は色々面倒やな」
「はは……僕の場合、指名されただけでもありがたいですよ……野球始めたての頃は10人だけのチームでベンチだったくらいの落ちこぼれですから……」
「プロに入ってから初めて落ちこぼれるよりかはええやろ」
「…………」
しまった……
「最初はウチも、純粋に球威不足を補うために内角を駆使することを思いついたんや」
「え……?」
「高校まではまっすぐとスライダーだけで大体何とかなってたのが、プロに入ってからは全然やったからな。しかも昔からカーブとかチェンジアップとか、緩い球全然制球できんし。それでまぁ、よくある話やけど、腕をちょっと下げて、それまで試したこともなかったシュートも投げるようになったんや」
「そうだったんですね。でも西園寺さんの、凄く良いシュートじゃないですか。キレがあるし、左からも空振りが取れるし……」
「せやけど、現実は甘ない。ゲームみたいに必要なポイント注ぎ込めばちゃんと曲がって狙い通りのところに投げられる球なんて身に付けられるもんやない。今くらい制球できるようになったんも、練習も試合もそれなりに経験してようやくや」
そう言って、窓に映る西園寺さんの顔が少し呆れたように笑った。
「仮にどんなに制球の良いピッチャーがどんなに調子良い時でも、投げミスの確率は絶対に0にはならへん。リリースのほんのミリメートル、ほんのミリ秒の違いで、『ナイスボール』が『ビーンボール』にすげ変わる。せやのに、散々言われたわ。『ビリオンズのピッチャーはノーコンが相場』『嚆矢園優勝投手が傍若無人に振る舞ってる』とかな」
「…………」
「確かに慣れへんシュートやったけど、ウチなりに配慮はしたんや。それでもそういう球やし、二軍って育成もおるから余計に『過程はともかく結果』なとこやから、向こうもわざと避けんかったりで、それなりの数の死球が嵩んでもうたんや。"ケンカ投法"なんて、ウチは自分から標榜した覚えないのに、いつの間にかそう言われるようになってたんや」
ようやくこっちに振り向いてくれたけど、やっぱり表情は事前報告のまま。
「野球って人間がやることやから、当然、実際には『過程』によって『結果』が生まれるもんやろ?」
「え?ええ……」
「せやけど、表面上は違う。その場その場で選手が何を考えてどうしようが、結局は『結果』からその『過程』が周りに推測される、そういう競技なんや。たとえばバッターが初球打ちした場合、仮に上手くいけば周りは『上手く配球を読んだ』って言うし、上手くいかんかったら『何も考えてないから球数を稼ぐ気もない』って言う。プルヒッターが特に意図せずたまたま右方向に打球が流れたら、周りは『技あり』だとか『広角打法』だとかともてはやす。野球は確率が大きく絡むスポーツやから、『過程』で何をしようが狙った『結果』に結びつかへんなんてザラやし、プレーの1つ1つを認識合わせしてたらキリないから、どうしても『結果』がそれらしい『過程』を後付けしてまうんや」
「…………」
「そしてそれは、そのプレーに関わった選手の色も決めてまう。そいつの預かり知らんとこでな」
「先入観……ってやつですか」
「つまりはそういうことやな。気が付いたら、ビリオンズの二軍に"ピッチャーの面汚し"が1人生まれてたってわけや」
「…………」
「……ウチやって"今時のピッチャー"なんやから、"今時のピッチャー"らしく、本当はまっすぐでカッコよく勝負したいわ。150とか160とかポンポン投げて、『これぞ嚆矢園優勝投手』って言われてみたいわ。でもしゃーないやんか。ウチがプロで生き残るためにはこれしかないんやから……!」
他の乗客はあまりいないけど、それでも遠慮がちに、西園寺さんは涙を浮かべ、表情を歪ませてる。
「でも、しゃーないやんな。筋書き通りなんやから。"ピッチャーの面汚し"なんやから、あんなふうにルーキーにもコケにされるんやんな……」
だけど……




